浅い鍼・軽い刺激の治療

浅い鍼(軽い刺激)の治療の効果とその限界について

 

「優しい鍼」(痛くない鍼)について


議論の前提として、鍼が、コリの「位置」に正確で「深さ」が筋膜・筋肉に到達している(= コリに当たっている)ならば「痛くない(響きのない)」鍼、ということは生理学的に通常は考えにくいことなので、よく言われる「優しい鍼」(痛くない鍼)は、「浅い鍼」もしくは「コリに直接あたっていない鍼」のことを意味すると思われます。

具体的には、通常、筋膜・筋肉に到達するまで1cm弱くらいありますので「浅い鍼」は皮膚組織に留まる1cm未満の刺入です。ご存じのとおり、日本には鍼の流派には様々あります。5mmまでの刺入という流派もあれば、中には1mmの刺入、あるいは刺さないで皮膚上での刺激という流派もあります。

1cm以上の刺入をしていれば身体のほとんどの部位において筋膜・筋肉に到達しています。鍼先が筋膜・筋肉に到達していて、なお「優しい」場合はコリに直接当たっていない事が考えられます。そして、コリに当たっているのになお「優しい」場合はコリの程度が悪性でない事が考えられます。

 

結論としては (一定の集団に対して)浅い鍼は効果があります。

以下にご紹介する「臨床試験」や、「遺伝子に関する研究」、「生理学的な理由」、それらに加えて「状況証拠」として実際の社会(特に日本鍼灸が普及している日本社会)で「優しい鍼」が活躍していることから考えてもいくらなんでもプラセボでこれだけ多くの人が長期にわたり騙され続けているはずはありません。 

 

ご存じの通り、たくさんのサンプルを集めて調べると世の中のほとんどの現象が正規分布を示すのでここでも便宜上それを使って考えてみます。

鍼刺激に対する感受性あるいは反応性という面から調査をして正規分布を示したとして、

鍼やマッサージ治療の効きやすさを示す正規分布図

この図の、真ん中の大きな山の集団を「通常の刺激で効果が出る集団」、それより左側は「軽い刺激で効果が出る集団」、右側は「強い刺激が必要な集団」というように仮定してみます。

実際に鍼の刺激に対する反応の仕方に個人差があることが生理学的研究からも裏付けが得られています(資料3)。

 

F. Mannによると、個々人の、鍼によって引き起こされる刺激に対する反応は広くバラエティに富んでいて、多くの「平均的なリアクター」と、「特に強い反応を示す少数者(strong reactors)」、「特に弱い反応を示す少数者(weak reactors)」がいることが分かっています。(『TRIGGER POINT DRY NEEDLING An Evidence and Clinical-Based Approach』p.197-8)

 

「鍼刺激に対する反応が弱い」とは、鍼刺激による効果を打ち消す作用が強い者(弱い刺激では足りない者)ということになります。

 

逆に、「鍼刺激に対する反応が強い」とは、鍼の効果が強く出るので弱い刺激で十分な者という事になります。

 

Mann.らの調査によれば人口の約半数くらいが「鍼の効果が出やすい」集団と考えられます。(→ 鍼灸治療の科学的思考の先駆者 Felix Mann )

『Medical Acupuncuter』p134~.によれば、このような体質の者にとって必要な鍼刺激は、痛みを訴える場所の皮膚に4mmほど(切皮程度)刺入し、5分程度放置しておくだけで十分で、鎮痛効果が現れるとされています。そしてこの効果は平均12時間ほど持続し、治療の回を重ねていくと数日ほど持続するようになり、数カ月程度の持続を得るためには6,7回の治療が必要と説明されています。

しかし、もし3度の治療でもそのような効果が認められない場合は、その患者様にはこの方法が功を成さないので治療は止めるべきだとも述べています。その方は、strong reactorではないという事です。

 

遺伝子的に、反応の出やすい者には弱い刺激、「優しい鍼」(浅い鍼)で効果が出るという事になります。

P.Baldry はトリガーポイント上の皮下組織のみに刺入する superficial dry needling という手技を提唱しました。彼によれば、太さ0.3mm×30mmを5~10mm刺入し、30秒の置鍼の後、抜鍼する。反応の出やすい者(strong reactors) には基本的にこれで十分で、もし足りなければ置鍼時間を2,3分にする。という方法です。

1983年にロンドンの病院で行われた比較調査では「浅い鍼」がプラセボよりも有意に効果的であったことが明らかにされています。17名の慢性腰痛持ちの患者を被験者にして、一方のグループはトリガーポイントの位置で深さ4mm(この深さですと痩せた方でも筋肉には届きません)まで刺入し、他方のグループには同位置に疑似電極を装着(パッドを付けるが電気は流さず、あたかも電気を流しているようにライトを点滅させたり音を立てた)しただけというものです。被験者数が17名と少ない(それを9人対8人の2つのグループに分けたのでさらに少ない)ですが有意に効果的であったということです。(pdf-1参照)

また、面白い報告もあります。

ドイツで行われた大規模調査です。シャム鍼(偽鍼)として使用されたのが日本で治療として行われているような「優しい鍼」(浅い鍼)で、これが効果が出たのです。実験デザインとしては完全に失敗ですが、逆に実験者の意図に反して「浅い鍼」の有効性が認められてしまったというわけです。

(1)コントロール群(鍼治療なしの群)、(2)しっかり刺す鍼治療(響きを出す)を受けた群、(3)偽の鍼(プラセボ鍼、シャム鍼)(=浅い鍼)による治療を受けた群

(2),(3)の群の効果が(1)の群に対する効果よりも有意に高かった。結局、この実験から分かったのは「しっかり刺す鍼治療(2)」と、「日本で普及しているような浅い鍼の治療(3)」はいずれも、「鍼治療をしない群(1)」よりも効果が高い、ということです。(pdf-2参照)

サンプル数も十分ですので出た結果に対しては文句のつけようがありません。さらに面白いのがsham鍼として浅く打つこととされたグループは「浅い」だけでなく「ツボから外して打つ」ことにしていたという事ですから、「浅く」て、しかも「ツボでなく」ても効果が出た、ということです。鍼刺激に対する脳の反応の研究からも同様の報告がなされており、ツボの正当性・存在意義が疑われる事例です。(→ fMRIを使用した脳の反応と鍼刺激について)

神経生理学的に考えても、皮膚組織だけに留まる浅い鍼も様々な感覚器・侵害受容器が興奮しています。仮に皮膚内に刺入せず皮膚上を押すだけであっても皮膚にあるポリモーダル受容器が興奮することは証明されています。本来、シャム鍼というのは生理学的に不活性、つまり、生体に「何の効果も及ぼさない」という意図で設定されるものですので、このドイツでの実験の設定はおかしいです。

 

さて、後者の「弱い反応を示す者」、鍼の効果の出にくいもの(weak reactor)というのは遺伝的に、エンドルフィン拮抗物質(antagonist)を大量に分泌する能力がある者です。

エンドルフィンは鍼刺激によって分泌される内在性オピオイドであり、モルヒネ同様の作用を示す内在性鎮痛系にかかわる、いわゆる「脳内麻薬」の一種です。

拮抗物質(アンタゴニスト:antagonist)とは、生体内の受容体分子に働いて神経伝達物質やホルモンなどの働きを阻害する物質です。

つまり、「エンドルフィン拮抗物質」とは脳内麻薬の効果を打ち消す物質という事になります。

鍼刺激によって生理学的な事実として「エンドルフィン(脳内麻薬)」が出ますが、「弱い反応を示す者」の場合、同時に「拮抗物質」も多く出るので結果として鍼の鎮痛効果が打ち消されるということになります。(*資料1,2、3)

欧米での研究で人口の3分の1の集団は、「鍼に対する反応が良くない」ことが報告されています(*資料4)

 

ここまでの議論から言えるのは

一定数、浅い鍼(弱い刺激)で効果の現れる集団がいるということです。

 

* ただし、鍼鎮痛(鍼麻酔)についての生理学的研究からは皮膚・皮下組織内での鍼刺激ではこの鎮痛効果は確認されておらず、筋肉への刺鍼が必要という結果になっています。(詳しくは鍼鎮痛に関するコンテンツをご参照ください)ここではその点については踏み込まず、臨床上、浅い鍼で鎮痛効果が得られる集団が現実に存在するということで進めてまいります。

 

鍼の「効果」の意味


このように弱い刺激で効果が出る集団がいる訳ですが、
実は、ここで一つ明らかにしないといけないのは、今までの議論で問題にしてきた鍼の「効果」とはいったい何を指していたのか?という事です。

 

脳内麻薬・鍼鎮痛(鍼麻酔)などの話から明らかなように、要するに「鎮痛効果」、「痛みを軽減する効果」についての話が続いていたわけです。痛みを抑えるということについては、反応の出やすい集団に対しては浅い鍼も効果的ですよ、ということです。

肩こりや首こりなどの「コリ」がほぐれて筋肉が柔らかくなる(それによる鎮痛)効果についての話ではありませんでした。

遺伝的に鍼の鎮痛効果が出にくい者がいる一方で、浅い優しい鍼で鎮痛効果が出る者がいる。しかし、浅い鍼で鎮痛効果が出る者であっても必ずしも「コリ」そのものが取れて痛みが楽になっている訳ではないということです。鍼の鎮痛効果は施術後、数時間~数日持続すると言われています。

つまり、「一時的な鎮痛効果(痛みをいったん切ることは慢性痛への移行を防ぐためにもとても大事な効果です)」を超えて、「コリを取る(ことで痛みを無くす)」ということはまた別に考えなければならない、という事です。

例えば、「3層目の筋肉のコリ」が「痛み」を引き起こしているという場合、果たして表皮・皮下組織の刺激で、「3層目のコリ」が取れるのでしょうか?

この点について肯定する治療師さんもいるでしょうが、残念ながらその根拠を示すことはできないと思います。

出来て間もないコリや、程度の軽いコリであれば、温めたり、電気をかけたり、ストレッチ、(伸張性収縮を含まないような)適度な運動で解けることもありますが、慢性的なコリや、急性でも程度の悪いコリについてはそのような処置では全く足りず直接アプローチをする必要があります。

当院にお見えになる患者様の中で長年にわたって他で鍼治療をお受けになってこられた患者様たちがいらっしゃいます(中には、都内の3代続く有名な鍼灸院で数十年定期的に治療を受けてこられた方もいらっしゃいます)が、どの方にもコリはしっかりありましたから、五臓六腑に対する効果を狙う鍼と、コリそのものを取る鍼は、良い悪いということではなく事実として別物だということが言えます。

 

コリを取るには直接アプローチする必要がありますが、他述の通りコリの部位のポリモーダル受容器は過敏になっているので基本的に当たれば響き(痛み)が出ます。響き(痛み)を感じている時(=神経ペプチドが脊髄・脳の方向に向かい痛みの伝達に使われた)、同時に反対方向の末端では痛みの伝達に使われるよりも多量の神経ペプチドが放出されています。それによって神経性炎症 → コリの解消 → 痛みの緩和・除去 に至ります。

 

欧米での研究で人口の3分の1の集団は、「鍼に対する反応が良くない」ことが報告されています。この場合の「反応」は鎮痛効果についてですから、ポリモーダル受容器にアプローチして、神経ペプチド → 神経性炎症 → コリの解消 → 痛みの緩和・除去 というルートを使えば良いということになります。

また、浅い鍼で痛みが一時的に軽減している人であっても、コリを取ったうえで痛みを無くしたいと希望される場合も同様にコリに直接アプローチして治療する必要があります。

 

要するに、遺伝的に、浅い鍼で一時的な鎮痛効果が出やすい・出にくいということ関係なくポリモーダル受容器を刺激して「コリ」を取ることで「痛みを軽減・除去」するのが万人に対する確実な方法です。

 

まとめ

以上をまとめると下の表のようになります。

浅い鍼で期待できる効果
  鎮痛 凝りを取る

効きやすい人

効きにくい人

 

 

 

 

資料 1

CXBK mice deficient in opiate receptors show poor electroacupuncture analgesia : M. PEETS & B. POMERANZ. 

Nature.  volume 273, pages675–676(1978)

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資料 2

Progress in Brain Research: Volume 105, 1995, Pages 263-271:Chapter 25 Cholecystokinin octapeptide (CCK-8): a negative feedback control mechanism for opioid analgesia : Sheng Han

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資料 3 『鍼麻酔 と鍼鎮痛発現の機序 について』昭 医 会 誌 第52巻 第3号 〔241-255頁,1992〕昭和大学医学部第一生理学教室 武重 千冬

要約: 鍼鎮痛の有効性には個体差がある。その個体差はメチオニンエンケファリンの分解酵素の酵素活性の違いに起因する。
鍼鎮痛と腹腔内投与0.5mg/kgの モルヒネ鎮痛の有効性の個体差は並行し、両鎮痛の間には高い相関関係がある。有効群と無効群の比は168匹 で3.6対1だった。すなわち、鍼が効く個体はモルヒネも効く。鍼が効かない個体はモルヒネも効かない。

脊髄に有効性の個体差の原因がある。脊髄にあるオピオイドのメチオニンエンケファリンにその原因が求められる。メチオニンエンケファリンはaminopeptidaseとcarboxydipeptidylpeptidaseによって分解される。これらの酵素の働きを阻害するのがD-phenylalanineである。
有効性の個体差は、メチオニンエンケファリンを分解する酔素の酵素活性の違いに起因する。すなわち、酵素活性が強ければ、メチオニンエンケファリンの量が少なくなり無効群となり、酵素活性が弱いとメチオニンエンケファリンの量が多くなり有効群となる。

資料4 『Medical Acupuncture A Western Scientific Approach』Jacqueline Filshie 他)

 

pdf-1) :

『Superficial acupuncture in the relief of chronic low back pain』; A J R MACDONALD et al. Annals of the Royal College of Surgeons of England (1983) vol. 65

superficial_acupuncture

 

pdf-2: 

『 Acupuncture for patients with migraine: a randomized controlled trial 』JAMA. 2005 May 4;293(17):2118-25. :Linde K, Streng A. et al.
 
Acupuncture_for_Patients_With_Migraine_A_Randomize_2