肩こりの一番の原因筋について

「 肩こり 」の一番の原因となっている筋肉について

 

内容

1.肩こりの原因・メカニズム

     他の部位のコリと同様、長時間の筋緊張(特に腕の重さを支えること)により発生します。

2.日本における肩こりの地位

     肩こりは、男女問わず、腰痛と並んで常に1位、2位を占めています。

3.深部(運動器)の異常と表面の異常の違い

     深部の異常は表在での異常よりもダメージが大きいです。

4.肩こりの一番の原因となっている筋肉について

     僧帽筋という一般に言われている説明は誤りで、肩甲挙筋の方がはるかに寄与度が大きいです。

 

 

肩こりは日本において確固たる「国民病」の地位を得ている症状です。

今や成人にとどまらず小学生の子供達でも「肩こり」や「首こり」を訴えると聞きます。もっとも当院にお見えになっている80代の患者様(女性)は「子供のころから肩こりで母親に揉んでもらっていた」とおっしゃっていますから、現代の小学生だからということでもないようです。

昔から年齢性別問わず普遍的な有訴症状だったと思えてしまいますが、肩こりの言葉自体は夏目漱石が「門」の中で肩の筋肉が「石のように凝っている」と表現したのが始まりだという有名な話がありますので、文化人類学でいう文化結合症候群のような、あるいはF.ソシュールの言う分節化と言語の拘束性(学術的に正確ではないですが簡単に言うと、肩こりという言葉がある [言葉が作られた] から、人は肩こりになる)のような現象なのかもしれません。

脱線次いでですが、マッサージの修業時代に、ごくたまに諸外国人の方がいらっしゃることがあり、「肩こり」の治療を希望されていた方(ニュージーランド出身の白人・中年・男性・サラリーマン・割とがっちりした体格の方)がいらしたので、いつから肩こりになられたかお聞きしたら「日本に来てから(肩こりを知ってから)」と笑っておっしゃっていました。記号論や構造主義、社会構築主義…といった類の事柄を肌で感じた出来事です。

 

1.肩こりの原因・メカニズム

当院にも肩こりでお悩みの方が多くお見えになります。

原因やメカニズムについてはあちこちで似たような事が書かれ尽くされており、ほとんどその通りだと思われますのでここで改めて詳述する必要はないと思われます。

病気(狭心症など)のサインとしての肩こりは別ですが、筋・筋膜性の肩こりであれば、筋肉の疲労(過労)を引き起こすような長時間のデスクワーク、運動不足、冷え、眼精疲労やストレスが原因となります。これらは肩こりに限らず同じ状況(筋緊張が長時間続く状況)に置かれれば筋線維が虚血(酸欠・栄養不足)に陥りますので、どの筋肉でもコリ(筋硬結)を引き起こします。詳しくはコリとは何か?をご参照ください。

腕や頭の重みを絶えず支えていることで筋肉疲労が蓄積しやすいという事が言われます。細かいことですが、腕の重みについてはその通りですが、頭については(首こりの原因にはなりますが)直接肩こりの原因にはなりません。もっとも肩コリと首コリを区別する意味はほとんどないので大した話ではありませんが、もし、首は全く大丈夫で肩こりだけで困っていらっしゃるという方がいらした場合、腕の重みを上手く逃がしてあげる姿勢で過ごせれば今以上の悪化は防げることになります。

例)デスクワークなどの場合、机に前腕(肘から先)を乗せて腕の重みを完全に机に預けるようにすれば肩の筋肉の負担はかなり減ります。10kg程度軽くなるので(肩だけでなく)腰の負担も減りますので腰痛の方にも楽な姿勢です。

 

以下、日本における肩こりの現状を厚生労働省国民生活基礎調査の結果をもとに概観したのち、肩こりの原因筋について考えてみたいと思います。

 

2.日本における「肩こり」の地位

厚生労働省が毎年行っている国民生活基礎調査ですが、3年に1度「健康」「介護」「貯蓄」に関する大規模な調査を実施しています。

 

一番直近の大規模調査は2016年(平成28年)のものですのでまず、それを見てみます。

症状別にみると、

男性では「腰痛」(91.8%)での有訴者率が最も高く、次いで「肩こり」(57.0%)、「せきやたんが出る(50.5%)」、

女性では「肩こり」(117.5%)が最も高く、次いで「腰痛」(115.5%)、「手足の関節が痛む」(70.2%)となっています。

平成28年

平成28年度の性別ごとの有訴症状(肩こり・腰痛)

男性 : 1位 : 腰痛、2位 : 肩こり、3位 : 咳・痰

女性 : 1位 : 肩こり、2位 : 腰痛、3位 : 手足の関節痛

 

興味深いので追えるだけ追ってみたいと思います。

 

平成25年

平成25年度の性別ごとの有訴症状(肩こり・腰痛)

男性 : 1位 : 腰痛、2位 : 肩こり、3位 : 鼻が出る

女性 : 1位 : 肩こり、2位 : 腰痛、3位 : 手足の関節痛

 

平成22年

平成22年度の性別ごとの有訴症状(肩こり・腰痛)・厚生労働省調べ

男性 : 1位 : 腰痛、2位 : 肩こり、3位 : 鼻が出る

女性 : 1位 : 肩こり、2位 : 腰痛、3位 : 手足の関節痛

 

平成19年

厚生労働省調べ・平成19年度の性別ごとの有訴症状(肩こり・腰痛)

男性 : 1位 : 腰痛、2位 : 肩こり、3位 : 咳・痰

女性 : 1位 : 肩こり、2位 : 腰痛、3位 : 手足の関節痛

 

平成16年

平成16年度の男性の有訴症状(肩こり・腰痛)・厚生労働省調べ

平成16年度の女性の有訴症状(肩こり・腰痛)・厚生労働省調べ

男性 : 1位 : 腰痛、2位 : 肩こり、3位 : 咳・痰

女性 : 1位 : 肩こり、2位 : 腰痛、3位 : 手足の関節痛

 

平成13年

平成13年度の男性の肩こり・腰痛_厚生労働省調べ

 

平成13年度の女性の肩こり・腰痛_厚生労働省調べ

男性 : 1位 : 腰痛、2位 : 咳・痰、3位 : 肩こり

女性 : 1位 : 肩こり、2位 : 腰痛、3位 : 手足の関節痛

 

以下、平成10年平成7年平成4年と同様の傾向が続きます

結果

大変興味深いことに

1位~3位がほとんど変化がありません。

常に、男性は 1腰痛、2肩こり、3咳・痰、 に悩まされ、

女性は1肩こり、2腰痛、3手足の関節が痛む

という結果になっています。

 

3.運動器(深部)の異常と表面の異常の違い

身体には様々な組織がある中、「肩こり」・「腰痛」・「関節の痛み」が、身体の異常の訴えの徹底して上位を占めるというのが驚きです。運動器の痛みは皮膚などの表面の痛みよりも脊髄(中枢神経)に与える影響が大きいという研究結果があります(下図)

( 出典 : MUSCLE BUT NOT CUTANEOUS C-AFFERENT INPUT PRODUCES PROLONGED INCREASES IN THE EXCITABILITY OF THE FLEXION REFLEX IN THE RAT BY PATRICK D. WALL AND CLIFFORD J. WOOLF J. Physiol. (1984), 356, pp. 443-458 の fig.8)

左が「皮膚」に連絡する神経、右が「筋肉」に連絡する神経についてのグラフで、同じ強さで電気刺激を加え(グラフ内の↑の時点)、脊髄内での興奮の変化を調べたものです。皮膚神経への刺激はすぐ興奮(10分程度)が収まりますが、筋肉神経への刺激は長く(最長90分続いたとのこと)興奮が続き、それだけ脊髄(中枢神経)に大きな影響を与えていることが分かります。深部(筋肉)の異常は大きな痛みや不快感を引き起こすことの一例です。

 

治療対象としての深部(運動器)と表面(皮膚)の違い

 

しかし、このことを逆に、「皮膚」と「筋肉」を治療対象として考えてみた場合、

鍼やマッサージ治療を行う上では皮膚(浅い)のツボへの刺激よりも、筋肉内(深い)への刺激の方が、より中枢神経への影響が大きいということの根拠にもなります。程度の悪いコリや慢性痛を治療しようとした場合、皮膚だけの浅くて優しい鍼では効果を見ない患者様が出てしまう一つの科学的な根拠とも考えられます。

実際、首こりや腰痛などで深層の筋肉のコリを鍼(マッサージでは刺激は全く届きません)で丁寧に治療すると、響きはかなり強いですが、コリや痛みが劇的な取れ方をしますし、筋肉や筋膜のツッパリ感が消えて可動域が一気に広がったり、動かしたときの(コキコキ、あるいはゴリゴリといった)異音が消えたりするので患者様は大変驚かれます。

いわゆる鍼麻酔、正確には鍼鎮痛の研究でも、皮膚への鍼刺激では鎮痛効果は出ないこと、鎮痛効果を得るには筋肉への鍼刺激が必要であることが繰り返し確認されています。(『鍼麻酔と鍼鎮痛発現の機序について』- 昭医会誌第52巻第3号〔241-255頁,1992〕, 昭和大学医学部第一生理学教室, 武重千冬. など)

 

4.肩こりの一番の原因となっている筋肉について

このように多くの日本国民が悩まされていて関心が高いはずの「肩こり」についてですが、常々不思議に思っていること(誰しもその属していらっしゃる業界には明らかに変な「常識」があるのではないかと思いますが)の一つは、

肩こりの最大の原因筋が「僧帽筋」である、という風説です。

TV(健康番組)や雑誌、インターネット上でも医療系のHPまでも含めて判で押したように肩こりの原因の筆頭として僧帽筋が挙げられています。国家資格を有しないリラクゼーション系の施術者や整体師のような方が主張しているだけならまだしも、そうでない場面でも必ず僧帽筋が主たる原因筋として当然のように説明されていることが不思議でなりません。

「このコリ、本当に僧帽筋?」…これはこの世界に入って、一つ一つ主だった筋肉を触りながら手で覚えていった初期のころ以来ずっと抱き続けている疑問です。当院での臨床経験においては僧帽筋が主たる原因の肩こりの患者様は今まで(ほとんど)診たことがありません。

どう考えても(首や上背部の筋肉のことは別にして)肩こりの一番のメインの筋肉は肩甲挙筋です。それ以上言いようがないほど触って確実なのですが、どういうわけか肩こり(の原因のメイン)は僧帽筋という風説がいまだに流布しています。触った指の感触からも明らかですが、エコーで見て確認しても尚更、一番の原因筋は肩甲挙筋以外ありえません(下図参照)。

 

僧帽筋

僧帽筋の図

一般に肩こりの一番の原因であるとされる僧帽筋の図

 

肩甲挙筋

肩甲挙筋の図

肩こりの一番の原因筋の肩甲挙筋の図

 

僧帽筋・肩甲挙筋、および鍼先のエコー画像

(僧帽筋・肩甲挙筋・鍼先のエコー画像)

 

肩甲挙筋のコリの感触を僧帽筋だと思い込んでいて、実際には肩甲挙筋を治療しているならば肩こりは良くなるでしょう。(臨床家としては少し恥ずかしいですが出すべき結果は出せているということになります。)

しかし、

もし僧帽筋が悪いのだと思って本当に僧帽筋を治療しているのでしたら肩こりはほとんど楽にならないでしょう。この場合何かほかに理屈(骨盤のゆがみや、肩から離れた他の部位が本当の原因など)をつけてストレッチや運動など動きを伴う何かを行い代替的に血行を良くすることで痛みを軽減させたり、一時的なスッキリ感を演出させるしか患者様に納得してもらえないはずです。

肩こりは腰痛と違って(腰痛は筋肉自体も大きくて深いだけでなく、椎間関節、椎間板、靭帯、神経など構造的に複雑であることに加え、心因性や内臓系からの痛みも出やすいので困難さの度合いが大きい)仕組みとしてはかなり単純なので、普通に治療しているのに「こり」が改善されない(*1)ということは理解しがたいです。

もしこれを読んでくださっている方の中に、ある程度継続して治療を受けているのに筋・筋膜性の肩コリが取れていない方がいらっしゃるとしたら肩甲挙筋にしっかりアプローチがなされていないことが考えられます。身体の歪みや姿勢のせいにする前に、まずコリそのものに正確にアプローチして痛みを生み出している筋硬結を解消することが必須です。

上記のごとく、「肩こり」は常に日本人の1,2位であり続けほとんど国民病といってもいいくらいの症状であるのに、未だにあまりに初歩的・基本的な所で誤りが流布していることが大変不思議です。

(*1)痛み(いわゆる慢性痛)について で述べたように肩こりによる「痛み」が質の悪い慢性痛である場合は「痛み」が改善されない、という状況はありうると思いますが、少なくとも「こり」が取れない、「筋硬結」が柔らかくならない、というのは考えにくいことです。