鍼刺激と脳反応-2-( fMRI )

fMRIを使用した脳の反応と鍼刺激について

 

fMRIについて簡単にご紹介した後、fMRIを使用して鍼の刺激と脳の反応について調べた得られた知見をいくつかご紹介いたします。

2012年に発表された、これまでの過去の論文をレビュー、メタ解析した論文の内容は、鍼刺激とfMRI脳イメージングのレビュー論文の方でご紹介しております。

 

 

fMRIについての一般的説明

 

最も一般的な方法で機能的神経イメージに適用されます。血流動態変化を視覚化する方法で最近のニューロイメージングの中でも最も発達した手法の一つです。

現在、MRIを使用して鍼について評価する論文は軽く100を超えています。

血流動態変化(BOLD:Blood oxygenation level dependent)とは、要するに、一般的な用語に置き換えると「血行」のことです。

基本原理は、酸素と結合したオキシヘモグロビン酸素を放出したデオキシヘモグロビンの比率によってMRIの信号強度が変化することを利用して血流の変化(酸化―還元ヘモグロビンの比率を反映)を観測します。

 

脳血流動態を測る意味: 

本来、脳という神経細胞の集団の働きを知るためには、神経細胞の活動そのものを見るのが一番根本的ですが、fMRIは血流の変化(血流動態)というものを見ることで脳の活動を知ろうとするものです。この前提となるのは以下の考えがあります。

100年以上前から、「脳の血流」や「酸素化の程度」と「神経活動」には密接な関係があることが知られていました。「神経細胞(脳細胞)」が活動するとき、局所の毛細血管の赤血球のヘモグロビンによって運ばれた酸素がエネルギーとして消費されます。酸素利用の局所の反応に伴いエネルギー補充のため血流増加(血液量と血流量)が起きます。その結果、 毛細血管内で酸素交換が起こり、酸化ヘモグロビンが酸素を組織に渡すことで、一時的に脱酸化ヘモグロビンが増加する。さらに時間的に遅延して(1〜5秒程度)脳血流が増加することで、酸化ヘモグロビンが増加し脱酸化ヘモグロビンが減少する。この一連の反応には秒単位の時間がかかります。一般に5秒程度で最大となると考えられています。

 

fMRIの利点


大脳新皮質
などの脳の浅い部分だけではなく、大脳辺縁系から
脳幹まで含めて深い部分まで神経活動を調べることが出来ます。 

 

場所を細かく特定できる能力を空間解析能と言いますが、

fMRIの大きな特徴の一つは空間解析能の高さです。一般的に1~3立法mm程度の精度と言われていますが、高テスラ(高出力)のMRIでは1mm未満の精度があるという話もあります。

それから侵襲性もとても低いことも挙げられます。イオン化放射線の危険性が無いという意味で被ばくがまったくありません。

 

fMRIの欠点

しかし難点は時間解析能の低さです。(この点が時間解析能が抜群のEEG(脳波)・MEGと決定的に異なる点です。)

先にご紹介しましたように、

血流動態反応の広がりに時間がかかるので 神経活動が生じてから数秒経過してピークとなるという数秒間のズレがあるので素早い脳の反応の時間的な変動(情報のやり取りの方向・順序など)を正確に知ることができません。

また、神経細胞(脳活動)そのものを直接観測しているわけではない、という点も注意が必要です。(神経活動のなごりとしての血流の変化をもって、脳の活動とみなしています)

また、これは脳波でも同様ですが、事象に関連したMRI反応(event related fMRI)を調べる場合、何度も同じ刺激を与え平均化する作業が必要になります。例えば、ツボと非ツボでの鍼反応の違いを調べる場合、ツボでの反応を見るために数十回程度、刺激を繰り返してデータを取ります。次に非ツボでの反応を見るためにやはり数十回程度、刺激を繰り返してデータを取ります。このように条件ごとに何度も繰り返して刺激を与える必要があるので、全く同じ場所に何度も刺せるのかという技術的な問題があることと、またそれが可でも最初と終わりの方では反応が異なってくる可能性がある(単純な感覚誘発反応ではなく認知成分を調べたい場合などは特に)という限界もあります。

 

fMRIを使用した実験・研究

 

東洋医学の伝統的理論において、ツボ(経穴)は特別な意味を持つ中核的概念です。鍼においてはそれぞれのツボにはそのツボ特有の意味があるとされています。

ツボには皮膚上にあるとされていますので皮膚からの情報を受けとる一次体性感覚皮質において、それぞれの部位に刺して反応は異なるのだろうか、ということはまず最初に浮かぶ疑問です。

しかし、fMRIの空間解析能力(1~3㎜という精度でも)をもってしても個々のツボの正確な評価は不可能なようです。言い換えれば、fMRIは「背中」と「手」の触刺激への反応を区別できますし、あるいは「隣り合った指」を識別できますが、残念ながらツボの「合谷」と「三間」を識別することはできません。これは技術的な制限といえます。

 

肩こりに対するマッサージや鍼治療で用いられる合谷などのツボ

 

ツボの本質に迫る内容のfMRIの研究としては、「視覚に関連するツボ(目に効くといわれているツボ)」に刺鍼した時、「視覚処理をする領域である後頭葉」において、何らかの特別な反応があるのかについて調べた結果、そのような反応は見られていません。

健常者成人を対象にしたツボと非ツボ(ツボではない部位に刺鍼)の比較では、ツボ・非ツボのいずれにおいても鍼刺激後の視床・前帯状回、前運動皮質におけるのfMRI信号の減弱が示されています。

また、これまで行われてきているfMRIを用いた34の研究を対象にメタ・アナリシスを行った結果によれば、鍼の刺激に対する脳の反応には、共通した活発化・不活発化のパターンが見られています。異なるツボに鍼の刺激を行っても反応は複数の領域(例えば大脳新皮質大脳辺縁系脳幹など)で重なり合って生じています。つまり、あるツボを刺したことによるそのツボ特有の脳反応というものは確認されていません。どのツボに打つかということや、ツボかツボでない場所に打つかという違いよりも、響き(de qi )の感覚が有るか無いかによる反応の違いの方が大きいようです。

 

鍼への反応として全体的な辺縁系システムの下方制御が生じる。これは特に鍼の「響き」の感覚が誘発されている時に顕著に表れる。fMRIのBOLD信号が、鍼刺激に反応して辺縁系システムにおいて減弱することが報告されています。

鍼の「響き」やマッサージの際の「痛いのに気持ちいい・痛いのに不快でない(俗にいう、いた気持ちいい)」という複雑な感覚は、単に刺激が感覚皮質で生じているだけではなく、情動的な脳活動なども含んだものであろうことは体感的にも納得できます。

 

マッサージや鍼灸で反応する大脳辺縁系の図

(出典:Wikipedia – 大脳辺縁系)

 

マッサージや鍼での響き・いた気持ちいい時の脳反応

(The integrated response of the human cerebro-cerebellar and limbic systems to acupuncture stimulation at ST 36 as evidenced by fMRI: Hui KK, Liu J, Marina O, et al.; The integrated response of the Neuroimage 2005;27:479–496. Fig3より)

刺鍼中の被験者の主観とそれに対応する脳の変化をfMRIで記録。青は信号の減少、黄色から赤は信号の増強を表す。(左)鍼の「響き」(deqi)を感じている時:腹内側前頭前野、前頭極、帯状回、視床下部、網様体、小脳虫部の信号が減少。(中)鍼の「響き」とそれに加えて鋭い痛みを感じている時:前頭極、前・中・後帯状回で信号増加。(右)コントロール群:前頭極、後帯状回、視床、小脳虫部で信号増強。

 

大脳辺縁系: 大脳の奥深くにある尾状核、被殻からなる大脳基底核の外側を取り巻く部位 ( 視床下部、偏桃体、帯状回、海馬などを含む )。情動の表出、本能行動、意欲、記憶や生命維持、自律神経活動に関与する。

海馬と偏桃体は学習と記憶に関わると考えられ、偏桃体はまた気分・情動の発現に重要な役割を果たす。両者とも脳幹や視床下部に直接連絡を持ち、神経性内分泌、恒常性維持機能に関係が深い領域です。

偏桃体―海馬―視床下部の協調は覚醒と動機・やる気に影響します。

 

健常者を対象としたfMRIによる神経イメージ研究によると鍼により視床下部が大きな反応を示す(この鍼刺激に対する視床下部の反応と鍼の自律神経系への調節作用との具体的な関係については更なる検証が必要)。

 

多くの研究で、鍼により前・後前頭前野が影響を受けることが示されています。

は内臓痛の感覚識別に関与しており、鍼治療において重要な役割を果たしていると考えられています。

島と帯状回は、鍼への局所的な自律神経反応に関係することが示されています。

島皮質の働きは多く、他にも嫌悪、自尊心、欲望などの感情、自己意識などにおいても重要な役割を果たします。

 

本物鍼と偽の鍼との比較では、本物の鍼への反応において島と中帯状回の活動増加と偏桃体の活動の抑制が報告されています。

 

腰痛に効く鍼とマッサージで反応する脳領域

赤丸 = 背内側前頭前野(出典:Wikipedia – Dorsomedial prefrontal cortex)

前頭前野は辺縁系システムと複数の連絡路を持っており、予測される痛みについての処理に重要な役割を果たすと考えられています。

背内側前頭前皮質は特に「響き」の感覚と関係が深いと考えられています。

 

健常者を対象とした研究において、「予期・期待」は鍼鎮痛の脳回路に影響することが示されています。

本物の鍼と偽の鍼の比較において、どちらも高い期待が似た程度の鎮痛効果(被験者が主観的に感じた鎮痛効果)を引き起こしますが、本物の鍼は痛み関連脳領域に大きなfMRI信号減弱(客観的な脳の変化)を引き起こしていました。つまり、被験者本人の主観的感覚としてはどちらのグループにおいても鎮痛効果を実感しているが、実際に生じている脳の反応は異なっていたということです。

健常者成人を対象としたfMRI研究は、ツボに打った場合も、非ツボに打った場合も、視床、前帯状回、前運動皮質において鍼刺激後に、痛み刺激に対するBOLD信号の減弱を示していたことが報告されています。

 

鍼刺激と脳のデフォルト・モード・ネットワーク の所でもご紹介しましたが、fMRIを使用した研究で、

鍼はデフォルト・モード・ネットワークの結合に影響を与えることが報告されています。これまでの研究からデフォルト・モード・ネットワークは慢性痛に関係することが分かっているので、鍼は慢性痛の治療に良い効果が期待できる根拠となります。

偽の鍼との比較では、本物の鍼の場合にのみ、鍼治療直後にデフォルト・モード・ネットワークの結合が増加が見られました。

また、鍼刺激の最中だけではなく、鍼刺激の後もその効果が続くという事が示されています。

* デフォルト・モード・ネットワーク : 安静時の脳の活動パターン。脳の正常な働き、シナプス結合のメンテナンスなどにとても重要な役割を果たしていると考えられます。

デフォルト・モード・ネットワークを構成する後帯状回、下頭頂葉、内側前頭前皮質は慢性痛と関連が深い(慢性痛患者においてデフォルト・モード・ネットワークの働きが健常者と異なる)ことが分かっているので、鍼によるデフォルト・モード・ネットワーク結合への影響は効果的な鎮痛反応のメカニズムを暗示するものとして臨床上、重要な意味を持っていると考えられます。

 

神経イメージングのデータでは、内因性の侵害刺激抑制系の複数の領域が、鍼により調整をされることを示している。

例えば、偏桃体の活動減少は痛みの減少と関連する。経皮電気鍼ツボ刺激のfMRI研究では、鍼に高い反応を示す人は低い反応を示す人よりも辺縁系の活動減少をしていることを示していました。

 

鍼治療の長期的効果を追った研究として手根管症候群の患者を対象にしたものがあります。手根管症候群の患者は痛みと知覚異常の症状を示し、fMRIを使用して調べると感覚運動野の過剰活動と、一次体性感覚野において隣の指の領域と重なり合う、あるいはぼやけた表象がなされていました。

5週間の鍼治療により、臨床上の改善が見られ、部分的な過剰活動からの解放、身体感覚的に分離した指の表象が見られるようになりました。

 

線維筋痛症患者を対象にした研究 : まず、線維筋痛症患者においてはデフォルトモードネットワークと島の間の結合がより強くなっていることが確認されました。この領域は鍼刺激で脳活動が活発になることが知られています。さらに、fMRIで観測中に強い自発痛が出ていた患者ほどデフォルトモードネットワークと島の結合の度合いが大きいことが観測されました。これらの患者に長期的に鍼治療を行ったところ、痛みの減少とデフォルトモードネットワークと島の結合の減弱が見られました。

線維筋痛症患者において鍼刺激をする前と、鍼刺激をした後の痛み刺激に対する反応の違いについて本物鍼とシャム鍼での比較をした研究(fMRI)によると、鍼刺激の後には、本物鍼の場合も偽の鍼の場合も、ともに視床と島において痛み反応の減少を示したことが報告されています。多くのfMRIを用いた研究が、鍼刺激の最中の脳の反応を調べていますが、この研究は鍼刺激により脳の反応がどのように変化するかについて刺激の前後を比較しています。

 

慢性腰痛患者においても同様の結果が得られています。

 

脳卒中後遺症患者を対象にした研究 :  (10週間にわたる治療) fMRI研究で通常の鍼刺激と最小刺激の鍼(皮膚内に刺入しない皮膚上でのみの刺激)の後、患側上肢の機能( 痙縮と関節可動域を測度とした )改善と脳の運動皮質活動に変化が生じたことが報告されています。最小刺激の鍼と通常の鍼を比較すると、通常の鍼の方が運動皮質での活動が大きい傾向がありました。

 

参考:

Neuroimaging acupuncture effects in the human brain : Dhond RP1, Kettner N, Napadow V., J Altern Complement Med. 2007 Jul-Aug;13(6):603-16.

Medical Acupuncture – A Western Scientific Approach : J.Filshie., et al., ELSEVIER,2016.

The integrated response of the human cerebro-cerebellar and limbic systems to acupuncture stimulation at ST 36 as evidenced by fMRI: Hui KK, Liu J, Marina O, et al.; The integrated response of the Neuroimage 2005;27:479–496.