マッサージ後の筋肉痛について – 血中ミオグロビンの増加についての研究から
鍼・マッサージ治療後の筋肉痛では、1.悪い部分のポリモーダル受容器が刺激されることで神経性炎症(筋肉痛)を引き起こし、治癒の過程がスタートするということ、2.筋損傷による筋肉痛も基本的に悪いものではない(と欧米の研究者は考えている)、ということをご紹介いたしました。
この点では鍼もマッサージも同じですが、
ここでは特にマッサージに関することとして血中ミオグロビン値(ミオグロビン尿症)についての研究をご紹介いたします。
以下でご紹介する論文は「コリや痛みに対するマッサージの効果」を調べることを目的としており、「マッサージの後の筋肉痛」そのものについての調査ではありませんが、施術により筋細胞に損傷が生じているなら当然、多少の筋肉痛も出ていると考えられます。
ミオグロビンとは?
ミオグロビン( myoglobin)は、筋肉中に存在する色素タンパク質です。血中の酸素を筋肉組織内に運搬し、必要な時まで貯蔵する機能を持っています。
ミオグロビンは健常人の血中にも存在しますが、筋細胞の崩壊時には高値になります。
分子量が小さいため、筋肉損傷後、数時間で血中に逸脱し、尿中に排泄されるので筋肉損傷の早期診断指標として使用されます。
心筋梗塞、心臓手術後、心筋炎などの心筋障害や筋ジストロフィー症、皮膚筋炎、多発性筋炎などの骨格筋疾患で高値になりますが、このような病気以外でも、激しい運動(高値の度合いには個人差があり,普段運動をしていない人では著明に上昇することがあります)や筋肉注射の後では、骨格筋から流出したミオグロビンの影響を受け損傷した筋肉量に比例して高値になります。
基準値(ng/mL)
男:154.9 以下
女:106.0 以下
マッサージとミオグロビン値についての研究
B Danneskiold-Samsøe,ら. 1983.の論文
実験内容: 筋肉の凝りと痛みの症状を訴える13人の(すべて女性)被験者を対象に、マッサージの前後での血液中のミオグロビンの値を測定
結果: マッサージ開始の3時間後に最大値となった(中央値133㎍/L)
筋緊張の度合いと血清ミオグロビン値の増加具合には正の相関がみられた。つまり、筋緊張が高い人ほどミオグロビンの値が大きく増加している傾向があったという事です。
マッサージ治療を繰り返して(計10回の治療)いくうちに、マッサージ後のミオグロビンの値の増加の仕方が、治療の効果と同期する形で緩やかになっていきました。
最後の治療(症状が取り除かれ圧痛や硬結がなくなった)ではミオグロビンの増加はほとんど起こらなかった。
これに反して、同様のマッサージをコリと痛みのない筋肉に対して行ったところ、ミオグロビンのレベルは変化がみられませんでした。
*こららのことから、著者は、「観測されたマッサージ後の血液中のミオグロビン増加は、凝って痛みのある筋肉(筋線維)の異常性と関連し、そのような筋肉繊維からマッサージによって漏出したことを示す」と結論しています。
赤い柱:マッサージ後のミオグロビンの増加量
黒い点:治療前との比較した筋肉の硬さ
一番左の柱:コリや痛みのない筋肉へのマッサージ(Control群)
B Danneskiold-Samsøe,ら. 1986.の論文
実験内容: 筋・筋膜痛を有する26人の被験者を対象にマッサージ治療を行い、その前後での血液中のミオグロビン量を測定
結果: 21人に、治療の効果と血液中のミオグロビン量の増加(初回のマッサージ後、2時間に最大値を観測)が見られました。
筋肉の硬さと痛みと、ミオグロビンの増加量には正の相関がみられました。
マッサージ治療を継続しているうちに治療後のミオグロビンの増加量が小さくなり、それとともに筋肉の硬さと痛みの減少が見られました。
5人の被験者は、治療の効果およびミオグロビンの増加が生じませんでした。痛みと筋肉の硬さは依然として残る。
観測されたマッサージ治療後のミオグロビンの増加は21人の被験者の筋肉繊維から漏出されたことを示し、彼らの痛み症状は筋線維の異常と関連があると考えられる。
・コリに対するマッサージとミオグロビン反応はコリの解消具合との関連で説明できる。
・コリに対するマッサージは一時的な血中ミオグロビン値の上昇を引き起こす。これは正常な筋肉に対する同様のマッサージでは起こらない。
・ミオグロビン反応のレベル、コリの程度、その痛さは治療の回を追うごとに減少していく。
・コリを成す筋線維(サルコメア)は、正常な筋線維よりも、機械刺激(圧力)に対してより敏感で弱く損壊されやすいことがうかがえる。
J Travell, D Simons は「マッサージにより筋細胞・サルコメアからミオグロビンが漏出され、(および神経筋接合部・運動終板)を破壊することになり、これが筋線維(サルコメア)の短縮・筋組織のエネルギー危機を解消する。マッサージ施術による効果の理由の一つと考えられる」
としています。
まとめ
冒頭で述べましたように、マッサージ後の筋肉痛そのものについての研究ではないので被験者がこれらの施術後に筋肉痛がどうであったかは報告されておらず不明ですが、筋細胞の損傷(=ミオグロビンの漏出)という事からすれば、特に治療開始初期のころは施術後に筋肉痛が出ていた可能性が高いです。そしてこのような現象は正常な筋肉では生じず、異常な筋肉で起こり、治療回数を重ねるごとにコリの解消とともに起こりにくくなっていく、という事が示されています。
したがって、これらのことから素直に考えると、マッサージ後の筋肉痛は基本的に悪いとは言えないという結論になります。トレーニング後の超回復に至る過程と似た現象かも知れません。
ただし、コリのない正常な筋肉に筋肉痛(筋細胞の損傷)が出るようなものであったら、それは刺激過多であり、不適切な施術と言えそうです。(深いところにあるコリを取ろうと強い刺激を入れたところ、表面の筋肉には強すぎる刺激となってしまった、という場合などが考えられます。)
参考文献)
Regional Muscle Tension and Pain (“Fibrositis”). Effect of Massage on Myoglobin in Plasma: B Danneskiold-Samsøe, E Christiansen, B Lund, R B Andersen., Scand J Rehabil Med.,1983;15(1):17-20.
Myofascial Pain and the Role of Myoglobin., B Danneskiold-Samsøe, E Christiansen, R Bach Andersen , Scand J Rheumatol., 1986;15(2):174-8.
Travell & Simons’ Myofascial Pain and Dysfunction The Trigger Point Manual; D Simons., J Travell., 2e,1999,p.72-142 Wolters Kluwer.