腰痛の治療

腰痛の治療について

様々なところで説明されているように腰痛を引き起こす原因は多くあります。

ここでは一般的な説明ではなく、以下の3点に絞ってみていきます。

特に、3.の「原因不明の腰痛」が腰痛全体の大多数を占めると言われている現状は何を意味しているかというと、それだけ治療効果が出せていないことの裏返しでもありますので、この点についてしっかり考えてみたいと思います。おそらく本当の「原因不明の腰痛」はずっと少ないはずです。

 

1.  心因性の腰痛 :近年、認知度が上がりました。

2. 気象によるもの :日々の臨床経験からかなり大きな影響があることが分かります。

3. 原因不明の腰痛 :7割とも8割とも言われますが、1.痛みの原因についての概念の設定が間違っていたことと、2.技術的な問題として単に悪い部分にしっかりアプローチし切れていなかっただけで、本当に原因不明な腰痛はずっと少ないと思われます。

 

心因性の腰痛について

腰痛でお悩みの方は大変多くいらっしゃいます。

内臓の異常から生じるものもあるので最初の鑑別は慎重に行わなければなりませんが、最近ではストレス・心因性の腰痛が一般の方々の間でも広く認知されるようになり治療する側にいる者として、コミュニケーションが大変楽になりました。

心因性の腰痛の認知度を上げることに一躍買った夏樹静子さんの『椅子が怖い』には心因性の腰痛という概念を受容するまでの葛藤、そこに至るまでの心療内科の医師とのやり取り(最初は「たかがストレスでこんなに(自殺を考えるほど)痛いはずがない」、⇔「いや、心が作り出すからこそ、どんな強い痛みも作り出せるのです」…等々)が夏樹静子さんの上手な文章で分かりやすく書かれており参考になります。

腰痛を感じていない成人を対象に腰部のMRIを取ると7割くらいの人に、画像上はヘルニア様の所見が確認されるという研究もあります。そして実際に腰痛になるかならないかのカギを握っているのがストレスであるという報告もあります。

ストレス時における脳状態(脳内の痛みを打ち消す機能が働かなくなる)についての研究や、慢性痛患者の脳の研究(デフォルト・モードネットワークなど)などからも客観的な証拠も蓄積されつつあります。

 

気象によるもの

当院で把握している限りでは、腰痛のうち、ぎっくり腰はある時期に患者様からのご依頼が集中します。

普段ほとんどゼロであるのが、季節の変わり目による急な気温の変化、台風や雨など気圧の変化などによる気候的な要因が引き金になるようで、ある数日の内に集中して何人かご依頼をいただくというようなことがあります。

客観的な数値として把握しているわけではありませんが、この世界に入ってから毎年、偶然にしてはあまりに重なりすぎる現象です。

気象病という概念も認知度を上げており喘息やてんかん発作(他に、病気ではありませんが、夫婦喧嘩や交通事故なども)などが有名ですがが、ぎっくり腰もその中に入る気がいたします。

 

原因不明の腰痛  –  おそらくその多くは原因不明ではありません。

近年、原因不明の腰痛が7割~8割を占めるなどと言われることもあり、この点についても社会において広く知られるようになっておりますが、この点については筋筋膜性疼痛(MPS)治療の最前線から全く異なる話が出てきています

従来、痛みはこのような3つの要因から成り立つと理解されてきました。

侵害受容性疼痛:末梢神経の自由神経終末が侵害刺激を受けることで生じる痛み

神経障害性疼痛:神経線維が障害されて生じる痛み

心因性疼痛:精神的ストレスなどから生じる痛み

 

従来の痛みの分類

痛みはこの3つのどれかに因ると考えている訳ですから、どれにも該当しないものは「原因不明の腰痛」となります。

これに対して、近年、様々な知見の蓄積から「軟部組織の痛み」という概念が提唱されています。

新しい痛みの分類

(図.  『Fasciaリリースの基本と臨床』参照)

 

これによって、従来は痛みの原因として筋肉、筋膜などのfascia(ファシア) が想定されてこなかったことによる説明の漏れを解消できると考えられます。

ファシアとは線維性結合組織の総称で、具体的には皮膚、皮下組織、筋膜、腱、靭帯、脂肪、骨膜などの組織を含みます。

要するに、ファシア組織に注目していなかったから上記の3つのどれにも分類できず原因不明とされていただけではないか?ということです。

当院でも全く同じ印象を抱いております。

以上は概念設定の誤りとしての話ですが、当院ではさらに治療技術的な話として、

悪い部位に正確にアプローチできていなかった(=位置の問題)、

あるいはアプローチできていてもツボのように「点」で効くと考える治療では、実際には一定の「面積」ないし「体積」を持っている痛みの発生源を十分に不活性化しきれずにいたと考えています。(=量・範囲の問題)

鍼と言うと、ツボというある「点」に鍼を打って治すというイメージがあると思います。実際、多くの場合、そういう方法で治療がなされていると思います。

腰部と背部の経穴

(図 背部兪穴等 『経絡経穴概論』: 医道の日本社.より)

腰痛に限らず、これらのツボに打つことでコリを取ったり痛みを治そう、という発想です。(もっとも純粋に東洋医学を貫く立場はむしろ腰にではなく手や足に刺鍼します。経絡 ≒ 鍼鎮痛的な発想についての議論はここでは省略します。詳しくは☞ 鍼鎮痛についてのコンテンツをご参照ください)

しかし、先入観無しに腰痛患者さんのお身体を診ると実際には痛みを発する原因となっているコリがツボと完全一致することはあまりありませんし、一致していたとしても体表にあるとされるツボはどの方向にどの深さでに刺鍼するかを指示しません。何よりツボの位置・方向・深さがすべて一致したとしても患部は一定の「体積」を、それを覆っている筋膜は「面積」を持っています。

ここが一番問題で、ツボ的な発想でここまでがすべてうまく合致したとしても1点打って「はい、お終い」という訳にはいかないのです。ここに腰痛治療の難しさ(筋肉の容量が大きい)があります。

腰痛の筋肉

(↑ 脊柱起立筋)

 

腰痛治療の筋肉

(↑ 腰部の深層筋 : 多裂筋など)

取り残した部分からは相変わらず痛み信号を出し続けます。

ポリモーダル受容器の受容野が文献によって多少異なりますが、数平方ミリ、というのが正しければ本当に悪い部位ではその最低でも間隔で刺鍼して不活性化していく根気のいる作業が必要になります。場合によっては一番奥の深さ4、5センチの所にある的を1、2ミリずつずらしながら当てていくという細かい作業になります。

腰背部は筋肉の量が膨大です。深さもありますし、腰椎は複雑な形をしていて周囲には細かい筋肉、じん帯などの痛みの候補となりそうな軟部組織がたくさんあります。

腰痛は肩こりと複雑さのレベルが違い難易度が高いのは確かですが、おおよその当たりを付けながらこれらを丁寧に治療をしていくとほとんどの慢性腰痛の方でとても良くなりますので、原因不明とされていたかなりの部分は単に悪い部位を取り切れていなかった可能性が高いと感じています。

 

*もちろん、痛みの原因が腰椎の前部の方の線維輪や椎間板そのもの、前や脊柱管内を覆う靭帯などに起因しているものであれば(そういった痛みがどのくらいの割合であるのか分かりませんが)鍼でもアプローチ不可ですので治療はかなり難しいですが、臨床現場での印象としては、深い部位まで含めて細かく治療していけば、神経が障害を受けてしまったようなものでなければ、ほとんど良くなっていますので「原因不明」の腰痛は、実は一般に言われているよりも相当少ないと思われます。

*まずは上記の通り、軟部組織を細かく丁寧に見ていき、腰部のコリと痛みを取ることを第一の目標とします。そして腰痛を根本的に治していくには、それより下位の部位、つまり臀部や下肢の治療が欠かせません。

 

参考)

『腰痛放浪記- 椅子が怖い』, 夏樹静子, 新潮文庫.

『経絡経穴概論』,教科書執筆小委員会, 医道の日本社.

『Netter 解剖学アトラス』, F.H.Netter, 訳 相磯貞和,  南江堂.

『Fascia リリースの基本と臨床 – 筋膜リリースからFasciaリリースへ』, 木村裕明ほか, 文光堂.