鍼先の形状

鍼先の形状について

 

最大手を含む多くの鍼メーカーが鍼先を工夫しています。大変ありがたいことだと思います。

各社の Home Page や パンフレット からご紹介させていただきます。

 

株式会社 いっしん 


「刺入の際の抵抗と体感を考慮し、番手により鍼先の角度を変えています」とのことです。

 

株式会社 山正

NEOディスポ鍼

「 鍼先はスムーズな刺入をたすける松葉型 」とのことです。

 

株式会社 ファロス


「 ”あえて”丸い鍼尖!! 鈍形状の鍼尖は従来の鍼と比較して内出血などのリスクを低くします。こだわりの丸みが、内出血や痛みを軽減するから安心・安全。」とのことです。

 

タフリーインターナショナル株式会社


「麦央型を採用することにより、患者様への負担に配慮した鋭い刺入感と少ない切皮痛を実現。より痛くない鍼を目指したタフリー和鍼ならではの特徴」とのことです。

 

日進医療器株式会社

ユニコディスポ鍼(治療用の鍼について)

「 【鍼先】刺入時に患部の情報を収集しやすく、また切皮痛の軽減を考慮し、松葉形に近いなだらかなカーブ(30〜35度)をユニコ鍼の基準にしています。 」

(美容鍼について特に)

「 【鍼先】皮下出血などのトラブルを避け、施術者に鍼先の感覚が伝わりやすくなる卵形に近い形状。 」

 

セイリン株式会社

「  セイリンのこだわりが「鍼尖の丸い鍼」を生みだしました。

セイリンの技術力だからできた優しい鍼

鍼灸医療現場からの「もっと痛くない鍼を」との声にお応えする為、十数年前から数々の試作を重ね、丸みを帯びた鍼尖「JSP」の開発に成功しました。」

世界で一番優しい鍼を目指して

鍼尖の丸い鍼「JSP」は、モニターとしてご協力いただいた先生方からも「刺入がとてもスムーズ」「やさしい感じがする」「筋細胞を傷つけずに掻き分けられるかも」等、高い評価を多数いただく事ができました。

痛みも少なく、高い臨床効果が期待できる鍼です  」

「 鍼尖が丸いことで「使用感が優しい」、「刺入がスムーズ」などの評価をいただいています。

※使用感には個人差があります。 」  とのことです。

 

 

各社の説明文から「痛み」を軽減したい、という目的でそれぞれ工夫を凝らしていることが読み取れます。

ただし、結果として選ばれた形は必ずしも一致していません。

そもそも、この鍼によって解決したい痛みとは何なのでしょうか? 基本的に鍼治療において問題になる痛みは、1.「切皮痛」、2.「響き」の2つです。あとは 3.「血管に当たってしまった」とか 4.「神経に触れてしまった」とかもまれに起こる避けたい現象です。

 

各社の説明から読み取れる限り、主たる目的は 1.「切皮痛」を減らすことのようですが、いっしんのように「鋭さ」が切皮痛を防ぐと主張する会社もあれば、タフリー、日進医療のように「なだらかさ」が切皮痛を防ぐと考える会社もあります。

相反する考えで作られた鍼先の製品が販売され続けていることからも分かるように、鍼管を使用する日本の鍼治療では切皮痛は実際はそんなに大きな問題ではないかもしれません。

ただし、鍼の不快な痛みと鍼先の不具合でご紹介しましたように、鍼の製造上の技術的な問題により生じる痛みが存在する可能性があります。この点を考えると、各社が理想とする形が切皮痛を実際に減らすかは別として「良い製品を作ろう」というモチベーションを持って、良い意味での競争原理が働いているという点に大変意義があると思います。

 

 

先の丸い鍼は本当に意味があるのでしょうか?

 

ここでこれまでの鍼と異質な「先の丸い」鍼について特に着目して考えてみたいと思います。

常々、見た目は確かに「優しそうで痛くなさそう」ですが、「本当は逆に刺激が強くなるから痛い」のではないか、という疑問を抱いております。

 

ファロスとセイリン、日進医療(美容鍼)がありますが、ファロスと日進医療は 3.「内出血」のリスクを防ぐことを目的として先の丸い鍼を勧めています。血管に当たった場合、先が丸い方が突き破らずに避ける可能性が高くなりそうなので理にかなっています。ワーファリンなどいわゆる血液サラサラのお薬を服用されている患者様などには先の丸い鍼の使用が良いと思います。

しかし、理屈の上ではそうですが、実際にどれだけそういった効果があるのか分かりませんので模型か何かを使用して血管を鍼先が避けて進む実験データでも示せれば、より説得力が出ると思います。

 

それではセイリンの「こだわり」の「鍼尖の丸い鍼」「優しい鍼」はどうでしょうか? これについてはかなり違和感を禁じえません。

「*使用感には個人差があります」と断ったうえで、色々得られたであろう意見の中から「刺入がとてもスムーズ」「やさしい感じがする」「筋細胞を傷つけずに掻き分けられるかも」といった意見を採用しているので会社の意図に合った意見だと考えられます。

しかし、「見た目の優しさ」と「実際」は異なる、ということを冷静に認識する必要があります。

筋細胞云々という意見を並べて紹介していることなどからも分かるようにある程度の深さ以上(皮下組織を超えて筋膜・筋肉)に刺入することを前提にしています。1. 「切皮痛」というよりも 2. 「響き」(内部での痛み)に対して何かをしたいように読み取れます。刺入がスムーズなのは、より抵抗の少ない鍼先のものです。

ある程度刺入した時の痛み(響き)はどこから(どこで)生じるのでしょうか?

鍼の響き(痛み)がどこで生じているかについては筋膜(程度の悪いコリでは筋肉でも)で間違いありません。生理学的に筋膜にはたくさんの侵害受容器がある(*)(筋肉にはあまりありません。「筋肉痛」は基本的に「筋膜」の痛みです。)ことが分かっていますし、鍼先が筋膜に触れた瞬間に響きが出ていることはエコーで簡単に確認できます。

(*)筋膜にはポリモーダル受容器がたくさんあります。凝っていない場合は日本の細い鍼は侵害刺激に当たらないため痛くないどころかほとんど感じませんが、凝っている場合、とてもポリモーダル受容器が敏感になっていますから筋膜に鍼先が触れると響き(痛み)が生じます。また、LTR(Local twitch response)と呼ばれるビクン、という瞬間的な筋収縮も鍼先が筋膜に触れた瞬間に起こります。

そうなると、痛み(響き)が少なく「優しい」と言えるためには、筋膜(筋肉)をどれだけ静かに通過できるかにかかっています。

 

食品保存用ラップを筋膜に見立てて考えてみましょう。(そのラップには受容器がたくさんあり触れると響く・痛いという事にします)

直径が同じ箸でラップを突く、という場合

先の出来るだけシャープな箸で刺すのと、先の丸い箸で刺すのではどちらがラップに対する物理的なストレスがかかるかと言えば丸い箸に決まっています。なかなか破れないのでグーっと押し込むことになるでしょう。ラップは引き延ばされるのでこれがポリモーダル受容器で満たされた筋膜だとしたらかなり強い刺激になるはずです。

むしろ、見た目はシャープで痛そう、ですが、プツっとラップを突き抜けてしまった方が響き(痛み)は少なくなります。

 

理屈の上ではそのようになりますが、実際のところはどうなのか確かめてみました。

食品保存用ラップをコップに貼ります。1枚だと簡単に通過してしまうのでシワにならないようにコップに何枚も重ねていきます。鍼はセイリン製の極細の0.12㎜ × 30mm(Jタイプ、JSPタイプ)を使用しました。

結果1:鍼体がたわみつつも貫通できる枚数は両者とも6枚で変わりませんでした。

 

鍼体がほとんど「たわまずに貫通できる枚数」は両者とも4枚でしたので、この条件でさらに細かく見てみます。具体的には貫通するまでに「ラップがどれだけ押されるか(たわむか)」ということを比べてみました。

結果2:はっきりした差はなく、やや J-タイプの方がラップのたわみがすくなく静かに入っていくように感じましたがこれは私のバイアスのせいかもしれませんので正確に調べるにはそういった器具が必要です。ここでの結果は残念ながら「手の操作で分かるような明確な差はなかった」ということです。

太めの鍼になっていくほどはっきり差が出てくるかもしれません。

あるいはシリコン塗布が両者の差を分かりにくくしている可能性もあります。シリコンを落として実験することも考えましたが、シリコンが塗布された状態で治療に使用するのですからその状態で差が出ないようでは意味がないのでやりませんでした。

 

実際の生体でどうかは厳密に調べるのがとても難しいです。自分で打ってみた限りでは Jタイプ の方が筋膜を抜ける時の抵抗感は静かな感じがしましたがやはりバイアスのせいかもしれませんのではっきりしたことは分かりません。まったく同じ点に打つことは不可能ですし、それができたとしても一度目と二度目では感じ方は全く異なってしまいます。

しかし、サンプルを大量に集められれば統計的に言うことはできます。しかもこれについては二重盲検法が使えます。

鍼の効果は二重盲検法が使えないので薬と同じような形で科学的に証明することができませんが、この鍼先の形状による痛み(響き)の軽重は二重盲検法が使える事柄です。(打つ側も、打たれる側もどちらか分からないで実施ということが全く問題なくできる。)

実際にどのような差が生じるのか型か何かを使用して実験データでも示せれば、より説得力が出ると思います。

 

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以下は完全に脱線ですが、

ある大手の鍼灸用具販売の HP 内におけるセイリンの鍼の広告には不可解な文章が続きます。

[ 鍼灸の専門学校の教員養成科の講師、S 治療院の院長、公立病院の鍼灸室の元臨床指導担当 ] 

という肩書を持つ S 先生の言葉として

 

「 鍼灸治療においては、ツボや経絡に沿って鍼を刺すことが基本となっています。

JSPタイプは鍼先が丸みをおびた形状になっているので、ツボや経絡に沿って障害物を自動的にかわしながら刺入でき、目標に正確に到達することができます。

それ故に、JSPタイプは痛みも少なく高い臨床効果が期待できる鍼です。

イメージとしてツボは筒の形状をしております。ツボに刺入してからは、鍼先が丸みを帯びているため、鍼先がツボの筒の内面をひっかけることなく、ツボの中をかき分けながら刺入していきます。よって経絡に流れている気に鍼先を命中させやすい。(得気が得られやすい。)

この鍼は、得気を得やすいので、痛みが少なく、臨床効果を出しやすい優れた鍼です。

臨床の現場では刺入した際に100発100中狙い通りにはいかないことも当然出てきますが、鍼先が滑らかで丸みをおびているのでツボの筒や経絡の溝から脱線してしまった時の不快感の度合いが従来の鍼とはまったく違う画期的な鍼です。

はっきり言いますと、多少値段は高いですが良い治療効果を出すことができ、患者様が増えれば、コストをかける価値は十分にあります。

どの鍼よりも1番の臨床効果が出せ、なおかつ痛くない。

現在、“鍼灸治療が痛い”という先入観が強いのが現状ですがそんなイメージを振り払ってくれる。

また今後の鍼灸を広めていく上でも役立つ鍼だと思っており、日頃愛用しております。

※個人の感想です。 」 

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ほとんどファンタジーの世界です。

抜粋はフェアではないので全文引用させていただきましたが「個人の感想」で本当に良かったと思いました。

S 先生個人を批判するつもりはありませんが鍼に限らず代替医療の悪い面が出てしまっているように思います(*)。個人の頭の中だけで完結してしまっているので一方的な伝達だけで、コミュニケーションも確かめることもできません。ただでさえプラセボ疑惑が色濃く存在する中、鍼の素晴らしさを広く知っていただくこと、正しい知識や再現性のある技術がしっかり伝わっていくように真剣に考えなければならないと思います。別に西洋科学に則る必要はない(T.クーンのように西洋科学も一つのパラダイムに過ぎないという見解も成り立ちます)と思いますが、現代においてはファンタジーでは通用しないと思います。

(*)このページで記述してきましたように各社とも鍼先の形状に対するこだわりを持って製作していますが、本当に各社が訴えるようにその形で切皮痛が少ないのか、内出血のリスクを減らすのか、納得できる証拠を示しているメーカーは一つもなく、ただ感覚に訴える、ということだけです。いわゆる「代替医療」(鍼灸マッサージ・整体などに限らずサプリメント業界やダイエット産業など)はそういった傾向の強い世界なので冷静に話を聞く必要があります。

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上記の簡単な実験ではセイリンの広告通りの感触が得られるのか調べるためにセイリン製の鍼を購入・使用しましたが、治療においては当院ではずっとファロス製の鍼を使用しています。

個人的には いっしん さんの シンプルな「肌に”すッ”と入る独自の鋭い鍼尖・切皮痛が少なく患者様の負担が軽減」というのが一番正解なのではないかという印象を持っています。しかし、切皮痛に関しては実際そこまで鍼先の形状による差が無いと思われることもあり、鍼先の形状よりも当院での刺鍼技術上「できるだけ細い鍼管」という要請の方が大きいのでファロス製の鍼を愛用しています。

あくまでの私の個人的な感想としましては、メーカーの思惑とは逆になるかと思いますが、鍼先は通常タイプ(=丸くない)の方が刺入時の抵抗が小さく、患者様から受けるフィードバックからしても響き(痛み)が小さい印象です。

ですので、響き(痛み)をなるべく抑えたい、あるいは逆に、より響きを出したい、筋線維にストレッチをかけたい、低周波鍼通電(これは鍼先の形というよりもシリコン塗布の有無の関係で)に使用する場合、など状況により使い分けています。