鍼鎮痛の機序についての背景と問題の所在

鍼鎮痛の機序についての背景と問題の所在について

 

鍼鎮痛が、どのようなメカニズムで生じるのか、について現在明らかにされていることをご紹介させていただきます。

その前に、鍼鎮痛の機序についての研究の背景・全体像がどのようになっているのかを理解しておくことが有用だと思われますので必要な範囲で触れさせていただきます。

 

背景


鍼刺激や鍼通電刺激によって、鎮痛効果が発現(痛覚閾値が上昇)すること自体は、すでに多くの報告がありよく知られている事実です。

しかし、鍼刺激がどのようなメカニズムにより痛覚閾値の上昇を生じさせるのか、したがってどのような刺激が効果的に鎮痛をもたらすのかという点については、まだ十分明らかになったとは言えません。

 

一般的に人間の場合、鍼感・得気・鍼の響きと呼ばれる特殊な感覚を生じさせ、それを維持することが鎮痛効果を得るために必要とされています。

そしてその鍼感・響きを得る方法として鍼通電法、表面電極法、捻鍼法などが用いられています。

 

鍼の効果を語るときに必ずついて回るのが「プラセボ効果」・「心理効果」疑惑ですが、プラセボ効果を排するために動物実験も多数行われています。(動物はプラセボ効果は生じないとされています。)

 

通電刺激も条件や、選定する刺鍼部位、鍼の刺入法や操作方法などに現在の所、統一的な見解はありません。

比較的低電圧、低頻度(1~3Hz程度)で筋に軽く収縮が起こる程度の通電刺激が、良好な鎮痛効果を生じるとするものから、

高電圧、高頻度(100Hzなど)で筋に強縮が生じる強さにより、鎮痛効果が得られるという報告まで、極めて多様でまだ検討する余地は大きいと言えます。

 

関与する末梢神経線維についても、神経への通電刺激によって得られる鎮痛効果の発現には、Aβ ~Aδ 線維が関与していると考えられますが、それ以外にも、鍼の機械的刺激や通電刺激の結果生じる筋の収縮に伴なって興奮するAδ 線維やC線維が、鍼の鎮痛効果の発現に関与していると考えられます。

 

鍼の効果のメカニズムは、ひとつの理論で解明されるわけではなく複数の機構がからみ合って鍼特有の効果がもたらされるものと考えられるので、どの側面に着目して研究を行うかによって様々な説が幅広く出来てしまうと思われます。

 

鍼麻酔・鍼鎮痛で広く調べると膨大な数の報告・論文が出てきてしまい鍼鎮痛を専門に研究する人間でなければ読み切れる量ではありません。

 

針鎮痛の有効率も約50%程度とする他の研究分野の報告とも一致ないし整合性のあるものから、

有効率85~95%と報告する中国の発表までありますので(この辺りの事情は鍼鎮痛の歴史的経緯と実態をご参照ください)、

日本の信頼できる研究者の研究結果を報告する論文を中心に鍼鎮痛の起こる仕組みや、それを踏まえてどのような刺激を選択するべきか、適用の限界などについて考えてみたいと思います。

 

参考にした主な論文・文献の著者


参考にさせていただいた主な論文・文献の著者は以下のとおりです。具体的な文献名は別記載いたします。

 

武重千冬 昭和大学医学部 第一生理学教室教授

川喜田健司 明治鍼灸大学 生理学教室教授

水村和枝 中部大学 生命健康科学部教授

樫葉均 関西医療大学 保健医療学部教授

市岡正道 東京医科歯科大 名誉教授 感覚生理学

熊澤孝朗 名古屋大学名誉教授 愛知医科大学教学監

 

鍼鎮痛について具体的内容

鍼鎮痛には大きく分けて3種類あります。

 

鍼鎮痛の種類


鍼鎮痛には種々なものがあり、それぞれの発現の機序が異なります。

 

1). 局所疹痛に対する鎮痛、

2). 分節性に現われる鎮痛、

3). 全身性に現われる鎮痛

に分けることが出来ます。

 

1). は筋硬結・痙縮状態に陥った筋肉、つまり「こり」に直接刺鍼するとその筋に由来する疼痛が軽減・除去されるというものです。これはポリモーダル受容器に対する鍼刺激によって軸索反射が誘起され、痙縮筋の血流が改善され鎮痛が現われると考えられます。

肩こりや腰痛を起こしている筋肉の筋硬結を無くすことで血流改善し痛みを無くすというものです。当院にお見えになる患者様に対してメインで行っている鍼灸マッサージの施術はここに該当します。

また、痙縮筋よりも遠隔部への施針によっても同様の現象が現われますが、これは体性一自律反射によって誘起されると考えられます。

体性一自律反射とは、生体の皮膚や筋肉などに加えられた刺激が自律神経系を遠心路とする反射性反応として様々な現象が引き起こされることを言いますが、要するに、皮膚や筋肉に鍼灸やマッサージの刺激が入ると、自律神経が支配する内臓などに反射性の反応が起こり呼吸や胃腸の動き、血管が拡張するなどの変化が起こることです。

 

2). は鍼刺激によっていわゆるゲートコントロール式の機序で現われる鎮痛で、これはニューロン相互の間の抑制現象によって現われる鎮痛。高頻度刺激(100Hzなどの高い周波数での電気刺激)による鎮痛にも関与。

ゲートコントロール理論とは、痛みが伝達する途中にゲート(門)があり、痛みの伝わり方をコントロールしているという理論です。1965年にメルザックとウォールによって発表されました。

痛覚を伝える細い神経繊維と、触覚を伝える太い神経繊維がありますが、複数の刺激が同時に発生すると、感覚を脳に伝える経路の門番である脊髄は、太い神経からのシグナルを優先的に受け取り、後からくる細い神経からのシグナルに対しては門を閉ざすというのもです。

分かりやすさと理論的美しさが相まって多くの分野に広く知れ渡りましたが、さすがに生体はこんなに単純なものではないことが分かり初期の理論は生理学的に否定されています。

しかしゲートコントロール理論で言いたかったような仕組みは(複雑ですが)、実際に身体に存在することが分かってきて再び注目を集めています。

 

3). は鍼刺激を介して低頻度刺激(2Hzなどの低い周波数での刺激)を与えて現われる鎮痛です。鍼麻酔などと言われますが、これがいわゆる鍼鎮痛であり、この鎮痛はいわゆる脳内麻薬(内因性モルヒネ様物質)が関与し、刺激終了後も長く持続するのが特徴です。

 

ここで話題の中心になっているのは3).の意味での鍼鎮痛です。

 

鍼鎮痛の機序解析の問題点

鍼鎮痛は「末梢の刺激によって、意識を保ちながら鎮痛のみが現われ、刺激終了後もしばらく鎮痛が保持される」のがその特長であるので、鍼鎮痛の機序は「末梢の痛覚受容器からの痛みの情報が、痛みとして意識される前に、鍼刺激によって遮断された」と考えられます。

*麻酔(全身)は痛覚だけでなく他の感覚もすべて遮断し意識も失いますが、鍼鎮痛はあくまでも「痛み」の感覚だけを遮断するというものです。ですので鍼麻酔ではなく、鍼鎮痛が正しい表現です。

 

鍼刺激によって何が生じたのか、痛みの情報はどこで遮断されたか、これを解明しようというのがこの分野の議論の中心です。

 

鍼鎮痛がなぜ生じるのか?について大きく分けて2つの説があります。

鍼鎮痛の効果が何によって生じるのか、その考え方には大きく分けて神経説体液説があります。

 

神経説とは、鍼の刺激が求心性インパルスを生じ、その興奮が脊髄や脳(中枢神経系)に作用して何らかの鎮痛効果を生むというものです。

 

体液説とは、鍼の刺激によって鍼の刺入部位に生じた体液性の変化(血液やリンパ液に何らかの「物質」が放出された)が、血液あるいはリンパ液を通して全身にまわり鎮痛効果を生じるという考えです。

 

鍼鎮痛の機序についての科学的説明と臨床での使用では実験研究により明らかになったことを具体的にご紹介いたします。

例)

皮膚ではなく筋肉への刺激が必要

筋肉ならどの部位でも良いというわけではなく、合谷・足三里などの位置で生じる

鍼鎮痛は効く人、効かない人の個体差がある… など、臨床現場で鍼治療を行う上で特に重要な事柄です。