鍼刺激と脳反応-4-( PET )

PETを用いた鍼刺激に対する脳の反応に関する研究

 

PET (positron emission tomography : ポジトロン断層法 ) について  

総論 – PETを用いる利点

 

PETは、基本的にはfMRIと同様、脳機能の計測に血液動態血流)を利用します。

PETを用いることで、鍼刺激に対する「脳反応のマッピング」と「神経伝達物質受容体の反応」を調べることが出来ますが、特に後者がPETの最大のセールスポイントになります。

fMRIとMEG、EEGは比較的良い時間解析能、空間解析能を持っていますが、鍼や偽鍼の刺激が処理されていく基礎にある神経科学的、細胞的なプロセスについてはほとんど情報をもたらしません。

これらの疑問に関して、PETは生きている人間において神経伝達物質が受容体にどのくらい結合し、それがどう変化していくかを調べることができます。

 

PETは放射性分子を使用します。

この分子に何を選ぶかで特定の神経伝達活動を観測できるのが利点です。

しかし、(一応、PETは侵襲性が低いと捉えられていますが)イオン化放射線を使用するので、被験者を対象に観測を行える回数に限りがあるという点が不利な点です。

 

PETの空間解析能は8立法mm、時間解析能は“分”の単位なのでfMRIのような細かい部位を調べたり、脳波・ERPのようにリアルタイムの脳活動を調べることはできませんが、ゆっくりした反応や長期にわたる効果を知るのに適しています。

鍼との関係で言えば、鍼鎮痛の効果は数時間(~数日)と言われているので鍼の効果を調べるために使用するには適していると考えられます。

 

PETを用いた鍼の研究

線維筋痛症患者を対象に、μ-オピオイド受容体(MOR)結合について、本物と偽鍼の比較実験が実施されています(Harris 2009)。

 

議論の前提として、

主に動物を使用した先行研究においては鍼鎮痛には内因性オピオイド(いわゆる脳内麻薬)が関与していることが示されています。つまり、今までの多くの研究が明らかにしてきたのは、鍼の刺激によってオピオイド神経伝達物質放出の亢進が起こるということです。

一般に、プラセボ投薬が、オピオイド受容体の活性化を誘発するので、鍼の効果は、実際にはプラセボメカニズムを操作(期待効果として)しているのではないかと主張する立場がありました。

 

また、オピオイド受容体そのものや、その反応にはほとんど注意が払われてきませんでした。

以上のことから、この実験では、オピオイド受容体の活性具合に着目して、本物の鍼と偽の鍼の違いを短期効果・長期(週2回×4週)効果の両方について検証しています。

 

PETを使用してオピオイド受容体結合の動的変化のデータから得られた結果によると本物鍼と偽の鍼は異なる受容体結合をしていることが分かりました。

短期効果として、本物の鍼は痛みや感覚処理に関する領域である帯状回、尾状核、島、視床、偏桃体でのMOR結合の増加が見られました。

長期効果としても、本物の鍼において同様の領域でMOR結合の増加が見られました。

偽鍼においてはこのような現象は見られず、逆に、MOR受容体結合の能力の減少が生じており、これはプラセボについての他のPETを使用した先行研究の結果とも一致しているものでした。

 

さらに本物鍼のグループ内で、MOR結合の度合いが高かったものほど、臨床効果としても痛みの感じ方の減少度合いが大きかったことが確認されています。

 

興味深いことに、偽鍼、本物鍼で同じくらい被験者の痛みの感じ方が減少している時でも、客観的に観測されるMOR結合の様子は顕著に異なっていました。本物鍼におけるオピオイド受容体結合の効果は動物実験でも同じ結果が得られており、人でも非特定オピオイド受容体において他の実験も同じ結果を示しています。

この実験からは、本物の鍼と偽の鍼では脳の反応は異なっている(fMRIの実験や脳波・ERPの実験でも同様の結果が示されています。)ということが言えます。

 

「本物の鍼」と「偽鍼」の脳反応の違い

鍼刺激に対する脳の生理的反応をみる他のPETを用いたアプローチとして、非特定のPETリガンド(放射性生化学物質)を用いることがありますが、これは血液動態を見るfMRIと似た用い方になります。

この種の研究として、本物と偽鍼(ここで用いられた偽鍼はStreitberger needle と呼ばれるもので鍼先の尖りをなくし、鍼体が鍼柄の中に縮んではまり込むというものです)に対する脳の反応の比較したものがあります(Pariente, 2005)。

それによると本物鍼は偽鍼と比較して、同側の島皮質において大きな脳反応が誘発されたことを報告しています。

fMRIデータで得られている結果と同様、このタイプの実験は本物鍼と偽物鍼は異なる脳メカニズムを持ち、たとえランダム化されたコントロール実験などで似た臨床結果を生み出していたとしても生理学的にこれらは異なる刺激であることを示唆しています。

 

この実験では3つの条件が用意されました。1、本物鍼を使用。2、偽鍼を使用。ただし、被験者はそのことを知らない。3、完全な偽鍼を使用。被験者には「何ら治療効果はなくデータのベースラインを知りたいために行う」と説明してあります。

1と2の条件はシングル・ブラインド方式、つまり、鍼を打つ実験者は本物か偽物か分かっているが、被験者はどちらが行われているか分からない、という方式で行われました。

鍼刺激に対する脳の反応(PET)

a 本物鍼vs偽鍼の比較。本物鍼の時、鍼と同側の後島の相対的過活動

b 本物鍼の条件下で、鍼の響きを感じている時の脳の血流変化。鍼刺激と反対側の島の活動が活発

(Pariente, 2005. Fig1.より)

 

鍼に対する「期待」が脳に与える影響

Pariente, 2005 の実験では鍼に対する「期待」が脳にどのような影響を与えているかについても調べています。下図の黄色の部位が「期待」した時に反応が強く見られた部位です。

鍼刺激に対する脳の反応2(PET)

(Pariente, 2005. Fig2.より)

「本物鍼+偽鍼」vs「コントロール条件」

実験者の意図: 1,2条件は被験者がどちらも本物の鍼だと思っているので鍼の効果に対する心理的な期待が含まれている。これに対して3条件はまったく何も期待していない。よって期待アリvs期待ナシを見ることで鍼の効果に含まれている「期待」の部分の脳活動を明らかにできるだろう、ということです。

a 吻側前帯状回皮質、中脳水道灰白質領域、および

b 背外側前頭前野 に脳活動の違いが現れました。

 

この実験から、「期待」は、いわゆる報酬系と呼ばれる領域を活性化させていることが分かりました。

 

まとめ

 

総じて、PETを用いた研究においても、脳波・ERPやfMRIを用いた研究と同様の結果が得られているといえます。

ただし、PETに限りませんが鍼の研究においては、偽鍼、プラセボ鍼などの設定には大いに改良の余地がある(詳しくは  鍼の効果を科学的に調べる困難さ を参照ください )のは間違いありませんので実験手続きや方法論に改善を加えながら再現性の有無を確認していく作業が必要です。

 

 

参考文献 )

Traditional Chinese Acupuncture and Placebo (Sham) Acupuncture Are Differentiated by Their Effects on μ-Opioid Receptors (MORs) : Richard E. Harris., et al., Neuroimage. 2009 Sep; 47(3): 1077–1085.

Expectancy and belief modulate the neuronal substrates of pain treated by acupuncture : Pariente J., et al., NeuroImage 25 (2005) 1161 – 1167.

Neuroimaging acupuncture effects in the human brain : Dhond RP1, Kettner N, Napadow V., J Altern Complement Med. 2007 Jul-Aug;13(6):603-16.

Medical Acupuncture – A Western Scientific Approach : J.Filshie., et al., ELSEVIER,2016.