鍼の不快な痛みと鍼先の不具合についての研究
「鍼が痛い」かは、主に2つの場面で問題になります。
1つ目は、鍼を刺した瞬間のチクっとする不快な鋭い痛みです。「皮膚を破って中に入る時の痛み」ということで切皮痛と言います。
これはただ痛いだけで何の良い効果も期待できないので、限りなくゼロに出来るように鍼のメーカーも施術者も気を使っています。
2つ目は、「響き」と言われる鍼やマッサージ・指圧に特有の鈍い痛み、これはコリなどの悪い部分(過敏になったポリモーダル受容器)が刺激された時の痛みです。
これは鍼が引き起こすことができる最大の効果に直結するので程よい響きが出せるように施術者は技術を磨くべきです。詳しくは鍼は痛いのか? あるいは、ポリモーダル受容器についてのページなどをご覧ください。
ここでは主に1つ目の切皮痛について考えてみます。
どんなに経験を積んだ鍼灸師でもたまに生じますが、いくつか原因が考えられます。
技術的な問題
鍼が痛いのは下手だから、と言う人がいるのはこれを指しています。ある程度経験を積んだ鍼灸師ならこれが問題になるとは思えません。
受け手側(身体)の問題
これがどの程度関与するのか不明ですが少なからずあるように思えます。
「痛点に当たった」などと言われ、痛点の数と鍼の太さから何十分の1の確率で起こる…などという説明をどこかで耳にされた方もいらっしゃると思います。
また、悪い部位では炎症物質や老廃物などが溜まり神経(受容器)が過敏になって切皮痛が出やすい状態にあるという意見もあります。
当院においても悪い部位でこそ切皮痛も起こりやすい印象があります。
ただし、施術者のバイアスも上乗せされている可能性もあります。悪い箇所に多く打つ訳ですから、結果として悪い部位で切皮痛に遭遇する回数も多くなるのは当然です。
つまり、分母自体が大きいので実際の割合がどれくらい高いかは不明です。
他にも、血管に当たったからという可能性もありますが、(もちろん見える血管は避けて打ちます)ただし、まったく気づかず後で軽く内出血(アザ)というパターンもよくあるので血管=痛いとは限らないことになります。
他にも色々、それらしい説が言われていますが結局のところは人体の側にどれだけ起因するかは不明です。
鍼先の問題
それから鍼の側の問題です。鍼の太さ、鍼先の形状などが考えられます。
太さについては細い方が侵害刺激は小さい訳ですから痛みは出にくいことには異論がないと思います。
鍼先の形状でご紹介しましたように各メーカー、工夫を凝らして切皮痛を与えないための努力がなされています。
面白いことに、その結果として選択されている鍼先の形状はメーカーごとに異なり、鋭いものから鈍いものまでバリエーションがあります。あるメーカーの鍼だけ切皮痛が出やすいという話もありませんので、実際には鍼先の形状自体が切皮痛の有無を大きく左右するものではないと考えられます。
今回、鍼先について、意外な面から「痛みの原因」の可能性についての報告があることを知りましたので幾つかご紹介いたします。
鍼の製造時の不良、品質の問題です。
研究1
Xie.ら2014.らの報告
現在、日本、韓国、中国が主な鍼の供給源でとくに、中国製が90%ほど占めている。
世界的に広く使用されている日本製と中国製のディスポーザブル鍼を各社からランダムに10本選択して針の先端の表面を電子顕微鏡で観察した。
中国製(fig.1)は、いびつな形・滑らかでない表面をしており、日本製(fig.2)は、ほとんどが綺麗な形・滑らかな表面をしていた。
中国製の鍼には、しこりや金属の付着物などが確認され、使用後に見ると無くなっていたことから体内に残り、それが皮膚炎の原因になる恐れがあると報告しています。
また、先端の形の不良は、内出血、血腫、予期せぬ強い痛みの原因になる可能性を指摘しています。
鍼の先端が中心から外れていると、体内で施術者の意図せぬ方向に進む可能性があることも指摘しています。
研究2
Emilio.ら2018.の報告
AguPuntというブランドの鍼について調査(日本で販売されているか分かりませんが、スペインのバルセロナに本社がありヨーロッパでは有名なブランドのようです。)
鍼160本の先端・表面を電子顕微鏡で調査
使用後の変化も調査 通常の鍼操作によって生じる変化
→ 基本的に、変形しない。
→ 骨への接触が10回ほどあってもわずかに変形する程度。
研究3
Hayhoe.ら2002.の報告
中国、日本、USA製の鍼先の形状と表面を電子顕微鏡観察。
どれも完璧というものではなく、ほとんどに何らかのエラーがあった、いくつかは深刻な変形があった。
*この研究では製造国・ブランドなどは関係なく全てまとめて報告しているので詳細は不明。
確認されたこと
傷、小さい金属片の付着、しこり、表面のでこぼこ、中心がずれている、形がいびつである。
しばしば抜鍼後にグレーの輪が残るという問題が報告されていたので鍼のパッケージから出して白い紙で拭うというテストも行った。
拭くと灰色のラインが紙に付いたものがある。金属あるいは油であることが判明。これは人体に残る。
予期せぬ鋭い痛みは、形状不良の鍼先が皮膚、神経、筋肉組織を引っかけることによって起こる可能性を指摘しています。
研究4
White.ら2001.の報告
まず前提として
ドイツで行われた同様の先行研究があるが母数が3535の施術であり、少なすぎる。
日本で行われた先行研究は65482の治療が対象で6年に渡ってデータが取られたが、刺入がとても淡いく(記録は94件にとどまる)参考にならない。
そこで本調査では、
31822の治療を対象にした。
この調査では、施術時に起こったどんな小さなイベント、例えば、ちょっとした出血、身体が熱くなった、喉が渇いた、urge to laugh(笑いたい衝動?)などもすべて含めも記録した。
そして2178件ほど何らかのイベントが生じた = 診療1万回につき684件になる。(6.8%)
最も生じやすいイベントは出血、悪化、痛みでそれぞれ1%(10000治療につき100回程度)
*痛みは10000治療につき110回
さいごに
冒頭で、日本の各鍼メーカーが鍼先の形状に工夫を凝らしているが、結果として選択される形は様々なので、実際にはそこまで影響しないのではないか?と述べましたが、
少しでも良いものを作ろうとこだわりを持って製造していく姿勢は、同時に製造技術の向上、品質の向上に結びつくと思われるので大変ありがたいことだと感じています。
研究3においては、どの鍼も完璧なものではなかったと厳しい指摘がなされていましたが、研究1においては日本製の鍼はとても高い評価がなされていました。
パッケージから出して使用する際に、わざわざ目を凝らして鍼先を見ることは普通しませんし、そもそも肉眼では見えませんので打とうとする鍼の先がどうなっているかを知ることはできませんが、オイルの付着などは日本製の鍼においては全く経験したことも聞いたことはありませんので、そういったレベルで全く心配をする必要がない、物作りを大事にする国で鍼灸師でいられて幸せだと感じています。
ただし、実体験として、今まで何度か(数年に1度くらいの頻度ですが)、明らかに製造時のエラーの鍼に遭遇しています。
- 切皮が出来ないので後で確認したら鍼先がまったくない物や、
- 肉眼で分かるほど先がつぶれているもの
- カシメが緩くて動いてしまうもの、
- 鍼体が鍼柄から飛び出しているもの、
- 鍼体が折れ曲がっているもの(パッケージにまったく折れ目はなく鍼だけ明らかに曲がっていました)
などがありました。毎日それなりの数を使用しているので、率にしたら凄く低いですがまれにエラー製品が存在することは確かです。
研究4では、鍼の痛みが1%程度と報告されていましたが、おそらくほとんどの日本の鍼灸院(師)さんは、「絶対そんなに多くない」という実感を持っていると思います。
なかなか聞いても本当のことを答えてくれるとは限らないデリケートな問題ですが、おそらく忘れた頃にたまに起こるという程度ではないかと思います。
1%より確実に1桁は小さいと思いますので、その点はおそらく日本人の鍼灸師の技術の高さだけでなく、日本製の鍼の質の高さに助けられているのだと思いました。
参考
研究1:Examination of surface conditions and other physical propertie of commonly used stainless steel acupuncture needles; Xie,Y.M., et al.,2014, Acupunct. Med.32, 146-154
研究2:Scanning electron microscopy examination of needle tips after different procedures of deep dry needling in humans; Emilio.J., et al.,2010, Scientific Reports volume 8, Article number: 17966 (2018)
研究3:Single-Use Acupuncture Needles: Scanning Electron-Microscopy of Needle-Tips; Hayhoe, S., et al.,2002.,Acupunct. Med.20,11-18.
研究4:Survey of Adverse Events Following Acupuncture (SAFA): A Prospective Study of 32,000 Consultations; White, A., et al.,2001a,Acupunct.Med.19,84-92.