鍼灸マッサージと自律神経系・免疫系の不調改善との関係

鍼灸マッサージと自律神経系および免疫系の不調の改善

 

当院における鍼灸治療・マッサージ治療の目的の一つに「自律神経系・免疫系のトラブルの機能改善」を掲げています。

 

具体的には、冷え性、ほてり、便秘、頻尿、不眠症、食欲不振(内臓系の機能低下)、だるさ、…などの自律神経症状、花粉症をはじめとするアレルギー疾患など免疫系のトラブルを想定しています。

これらは、東洋医学の得意とされる症状で経絡やツボの出番の見本のような症状です。

 

当院のような治療スタイルにおいても、自律神経系のトラブル・内臓疾患に対して効果が出せることの科学的根拠は、やはりポリモーダル受容器の性質・効果器(自律神経系・免疫系への入力系)としての働きに求めることができます

 

ポリモーダル受容器と自律神経系・免疫系


刺激がポリモーダル受容器に加わると、末端から神経ペプチドが出て血管を拡張したり、血管の壁の透過性が高まったり、炎症細胞の活動を高めます。神経ペプチドはさらに、免疫のはたらきや傷の治癒、内臓の平滑筋の活動の調整も行います。

腰背部や下肢のコリの治療をしていると「グルグル…」とお腹が鳴ることが多くありますし、「お腹が暖かくなってきた」というご報告を受けることがあります。

内臓の疾患も、皮膚の痛み(関連通)や、筋肉の緊張・圧痛として現れます。

特に胃や腸(小腸・大腸)、肝臓、胆のう、すい臓などの疾患への効果があるとされます。これらを目的とする場合は必ずしも深層の筋膜・筋肉を刺激する必要はなく、一番体表面に近い筋外膜(1cmほどの深さ)への刺激で十分と考えられます。

日本で流行している浅鍼の手法はこのような内臓疾患に対して効果を上げているのだと考えられます。ただし、必ずしも浅いから「痛くない」、あるいは「優しい鍼」ということにはならないことに注意が必要です。外筋膜上にはポリモーダル受容器をはじめとする感覚受容器がたくさんありますから悪い部位に当たると深層筋よりもかえって強烈な響き・痛みになることがあるいうことと、筋外膜と皮膚組織の間には血管も多くめぐっているので血管に当たると場合によってはかなり鋭い痛みになることがありますし、浅筋膜と呼ばれる膜組織もあり下手に鍼先を引っかけると不快な痛みが出ることがあるからです。

これらは深い筋層でのコリを治療する場合と異なる、浅層の治療時に特有の配慮すべき点です。

要は浅くても深くても悪い部分に鍼が当たれば悪さの程度に応じた響き・痛みが出るということと、浅い部位は敏感なため繊細な鍼操作が求められるという事です。

 

1cmに満たない、筋肉に届かせず皮膚組織内だけの鍼治療、あるいは皮膚上だけでの刺さない鍼刺激は、人口のおよそ1割程度いると考えられている超効きやすい体質の方 (Strong Reactor)には適刺激となりえます。

しかし、通常の方には皮下組織内だけの刺激では、症状改善のための刺激としては少なすぎると思われるので、しっかり効果を出していくには外筋膜・表層の筋肉への刺激を上手に刺激していくべきだと考えます。

 

当院でのある程度継続して治療を受けていらっしゃる方から、特に「冷え性の改善」については本当に頻繁に報告を受けます。次いで多いのは「眠りやすくなった(不眠症の改善)」というご報告です。

 

免疫系について

免疫系についても考え方は同様です。

風邪をひきにくくなったとか花粉症の症状が例年よりマシだ、というお話を伺うこともありますが、

当院において初めから免疫系のトラブル改善が目的でおいでになる方は基本的にいらっしゃらないのと、自律神経系のトラブル以上に効果が分かりにくい(治療の結果で改善したのか、食事やその他の生活習慣の改善で良くなったのかはっきりしにくい)ものなので、免疫系についてはコリや自律神経系の機能改善に付随して改善されることもあるでしょう、という程度のお話にとどめています。

 

ポリモーダル受容器の効果器としての作用

下図は痛み研究の第一人者であられた故熊澤孝朗教授の論文からです。

ポリモーダル受容器にはたくさんの働きがあることが一目でわかります。

 

ポリモーダル受容器の働きは多岐にわたり、肩こりや腰痛だけでなく内臓疾患に対しても有効であることを示す図

ポリモーダル受容器の作用: 鍼・マッサージが免疫系・自律神経の機能低下の改善などに効果的な理由

(出典:Kumazawa, 1990 より)

 

通常、身体のどの組織も基本的には一つの働きを専門に行うだけなのですが、ポリモーダル受容器のすごいところは、侵害刺激を痛みとして伝える入力系、という本来の働きに加えて、効果器(出力系)でもある、ということです。しかもその効果器としての働きも一つだけでなくこれだけ多くの働きがあることです。

 

これはまさに進化の初期段階(あらゆる感覚器に先立ってできた仕組みと言われています)から体を奥に組み込まれているが故です。ポリモーダル受容器が伝える2次痛の経路は延髄をはじめ、脳幹の様々な部位に寄り道して中継され、視床を通り終着点である大脳皮質に至りますが、この経路は脳の進化の順に従った道筋です。神経(脳)の進化のごく初期段階から存在し、進化に伴い脳の各部位へのルートが温存されて今に至ることが分かります。

PCで例えるならば体の様々な働きを担当する各部位がそれぞれのソフトウェアだとするならば、ポリモーダル受容器はOS(operation system)に相当すると思います。

 

適切にポリモーダル受容器を刺激することで単に肩こり、首こり、腰痛などの筋肉・筋膜性のトラブルだけでなく、様々な自律神経症状、免疫系のトラブルに対して改善のきっかけとなる強力なスイッチを入れることができます。

コリの解消が目的の場合は、単にポリモーダル受容器を刺激(響き)すればよいということではなく、痛みの元となっているコリそのものに当てられないと意味がありませんが、自律神経系症状の改善(体質改善)が目的であれば、脊椎周囲、手足(肘から先、膝から下)から響きを生じさせるような部位(伝統的に「ツボ」と言われるような部位の周囲から)を探してポリモーダル受容器を刺激することが有効です。

 

交感神経の働きは、非侵害受容器(ポリモーダル受容器以外)による求心性神経の活動によって抑制されますが、逆に侵害受容器(ポリモーダル受容器)の活動により(刺鍼中)交感神経は一時的に高まります。

しかし、一般的に、鍼刺激から20分以上経過してくると交感神経を抑制する仕組みが働き始めその効果はしばらく続きます。具体的には、施術前における基本的な交感神経の活動レベルによって刺激後の影響の出方と持続時間がどのくらいかが変わってきます。刺激前における交感神経の活動レベルが高い人は、交感神経の抑制され12時間ほど効果が続きます。刺激前に通常レベルであった人は刺鍼後の交感神経活動の抑制効果の大きさもわずかで持続時間も短く、刺激前の交感神経の活動レベルが低い人は交感神経の活動レベルが上昇しその状態がしばらく(72時間未満)続きます。

鍼により副交感神経も影響を受けますが、その大きさはそこまで大きくありませんが持続時間は比較的長く(72時間まで)続きます。

 

 

参考文献)

  • 『Medical Acupuncture』A Western Scientific Approach, Jacquline Filshie, ELSEVIER 2016.
  • 『TRIGGER POINT DRY NEEDLING』 An Evidence and Clinical-Based Approach, Jan Dommerholt, ELSEVIER 2018.
  • 『 Function of the nociceptive neurons. 』; Kumazawa T., Japanese Journal of Physiology 40: 1-14,1990.