鍼とエルゴ受容器(ergo-receptors)

鍼とエルゴ受容体(ergo-receptors)

 

当院では肩こりや首こり、腰痛…などの運動器疾患に対しても、胃腸の不調・食欲不振、だるさ、不眠、冷え性などの自律神経系のトラブルに対しても、ポリモーダル受容器を主な治療対象として考えております。筋肉内にエルゴ受容体というものがあり、それが鍼の「響き」や、毛細血管拡張による血流改善を引き起こしているのだ、という見解がありますのでご紹介いたします。

 

2つの見解

 

鍼が筋膜・筋肉に当たった時の響きは日本の研究者たち(水村(注1)・川喜田(注2)・熊澤ら)は筋肉内のポリモーダル受容器が反応したことによると考えており、当院もその見解に従って捉えております。彼らの説明によりますとポリモーダル受容器はC線維だけでなく、筋肉内のAδ繊維にも接続している、ということになります。筋肉内での鍼の響きや効果はポリモーダル受容器の反応による、ということになります。

 

一方、海外の研究者の中には、ポリモーダル受容器の話とは別に、筋肉内での鍼の反応(「響き」の感覚や「血管拡張作用」など)・効果はergo-receptors(エルゴ受容体)によると考えている研究者もいます。結果として生じる反応はほとんど同じ(響き・神経ペプチドの放出・感作されること・血管拡張作用)ですので単に呼び名の違いとなのかも知れません。彼らの考えによりますと、ポリモーダル受容器はC線維に、筋肉内のAδ繊維に接続するのはエルゴ受容体、ということになります。

 

今後どのように話が落ち着いていくのかは現段階では分かりません(ポリモーダル受容器とは別のものだということが分かり「筋膜のポリモーダル受容器」と「筋肉内のエルゴ受容体」ということになるのか、両者が同じものであることが分かり「ポリモーダル受容器」で統一されるのか、あるいは本当は同じものだが学会の主流派が別々に呼称し続けることで慣習化して別々に呼ばれることになるのか)が、エルゴ受容体として鍼との関係でどのような説明がなされているのかについて触れてみたいと思います。

 

(注1) 「 ポリモーダル受容器というのは…機械的な刺激、熱刺激、化学的な刺激、そのいずれにも反応する受容器です。そして、これはC線維またはAδ繊維という細径の線維によって伝えられます。そして、ほとんどすべての組織に分布しています。非常に特徴的なことは、感作・脱感作を受けやすい… 」

『鍼灸刺激の受容器(経穴)の有力候補 ポリモーダル受容器について』 水村和枝 日東医誌 Kampo Med vol.62 No.2 196-205,2011

 

(注2) 「 C polymodal neciceptor…(中略)..しかし、その後の研究によって…(中略)..深部組織においては有髄細径線維(Aδ fiber)にも支配されていることが明らかになっている。 」

「鍼灸刺激の末梢受容機序におけるポリモーダル受容器の役割」川喜田健司:明治鍼灸医学 6号:23-35(1990)

 

エルゴ受容体(ergo-receptors)とはどのようなものか?

 

エルゴ受容体は、Aδ繊維(タイプⅢ線維)であり、刺激様式は筋収縮を感知

 

機械的刺激に対する反応性


筋収縮中に加えられる強い圧迫によって活性化する(Kniffki 1981)と説明されます。

そしておそらく、鍼によって響きの感覚が生じている時にも活動している。

 

化学刺激に対する反応性

エルゴ受容体はまた、放出された水素イオン、乳酸、カリウムイオンなどの代謝的刺激に対しても反応する。

これは化学刺激に対して反応するという側面の話です。代謝的化学受容体としての働きがある。

 

鍼刺激との関係

筋肉活動の後や鍼の刺激によりエルゴ受容体のAδ繊維が興奮すると以下の反応(CGRPの放出)が生じます。CGRPは毛細血管の拡張作用を有し、虚血状態にある筋肉内の血流を回復させる(運動中、運動後)。CGRPはまた、血管内皮細胞に対して局所効果を及ぼし成長因子として働き、結果として血管新生に寄与します。

 

Aδ繊維が興奮するに十分な強度の逆行性刺激が入ると皮膚や筋肉の血流が増加します。この血管拡張の程度と持続時間は神経刺激の回数と頻度によります。血漿の漏出を伴っているという証拠がないのでそのことから推測されるのはAδ繊維による軸索反射は神経性炎症を起こさないで生じます。この点がC線維による反応と異なります。虚血状態にある筋肉の治療に鍼は効果があることの一つの証拠になります。

鍼はエルゴ受容体を刺激しCGRPを放出して、Aδ繊維の軸索反射のきっかけとなり血管拡張を引き起こし、筋肉内の毛細血管の流れを増加させます。

CGRPの血管拡張作用に至る2つの道すじがあります。

1.CGRPが血管平滑筋細胞にあるCGRP1受容体に結合することにより始まる一連の化学反応で内臓平滑筋が弛緩し血管拡張が生じるという過程

2.CGRPが血管内皮細胞にあるCGRP1受容体に結合すると一酸化窒素が放出され血管平滑筋の緊張を緩和し血管の拡張に至ります。

血管拡張を引き起こすことによって鍼は局所の組織の状態に対し重要な役割を持っている 

一酸化窒素はおそらく短期的な効果にもっとも重要な因子(虚血を解消すること)

CGRPはもっと長期的な効果にとって重要な因子である(内皮細胞に栄養効果 → よって血管新生を起こさせる)

 

ポリモーダル受容器との違い

ここまでの内容はほとんどポリモーダル受容器が刺激を受けた場合と同じですが、一つ大きな違いはエルゴ受容体が放出するのはCGRPであって、SPは放出しないと説明されている点です。ポリモーダル受容器はCGRPもSPも放出します。そしてSPが毛細血管の透過性を亢進させて血漿漏出・浮腫を引き起こし、いわゆる神経性炎症を引き起こし周辺組織の修復を促します。ポリモーダル受容器とは別にエルゴ受容体が存在しSPを放出しないとすればここに違いが出ることになります。

 

根拠となる論文

エルゴ受容体と鍼刺激あるいはAδ繊維とエルゴ受容体との関係についての論文を検索してもなかなか出てきません。本コンテンツでご紹介している見解は、以下のただ一つの論文が根拠になっているようです。

 

『 Muscle receptors with fine afferent fibers which may evoke circulatory reflexes. 』 : Kniffeki KD, Mense S, Schmidt RF. , 01 Jun 1981, 48(6 Pt 2):I25-31

Abstract

The majority of afferent nerve fibers in mammalian skeletal muscle are thin myelinated (A delta or group III) and unmyelinated (C or group IV) afferents. Some 50% of these units appear to be responsible for the reception of noxious chemical, mechanical, and thermal stimuli, i.e., they are nociceptors. The other receptive units with fine afferent fibers presumably are activated by moderate innocuous stimuli such as light stretch, contractions, and light local touching. They possibly play a role in the circulatory and respiratory adjustments during exercise, i.e. they may be ergoreceptors. The data presently available suggest that the nociceptive as well as the ergoreceptive units are very heterogeneous groups with diverse receptive properties. The sensitivity of an individual unit may be restricted to the mechanical domain or to a single chemical substance, whereas other receptors respond to a great variety of chemical, mechanical, and probably thermal stimuli. Each receptor, however, seems to have a preferred susceptibility or “dominant sensitivity” to one or the other stimulus. This sensitivity may be modified by various factors, such as the local concentration of prostaglandins or serotonin. The concept of different types of fine afferent units is supported by preliminary ultrastructural findings showing a great structural diversity both in regard to the localization and the structural design of the receptive endings of these afferents.

要約 : 

  • 筋肉内の求心性の神経線維の多くはAδ繊維とC線維
  • これらの50%は侵害受容器(ポリモーダル受容器)
  • 残りは非侵害刺激(ストレッチや収縮など)により活動するものと推定される。これらは運動中の循環・呼吸の調整の役割を果たす、つまり、エルゴ受容体かもしれない。
  • 侵害受容器とエルゴ受容体は異なる刺激を担当する異なるグループに属する

 

結論

現段階ではよくわからない。

 

本コンテンツの文脈でのエルゴ受容体ergo-receptor についての論文は他に出てこないのでよくわかりません。冒頭でご紹介した水村・川喜田らの論文の発表年が1990年、2011年と新しい(当然、Kniffeki,1981.を踏まえての見解と考えられる)ので当院ではそちらの見解が現時点での正しい内容だと捉えています。