はじめに
他サイトでよく患者様からのお手紙やコメント、施術者と患者様が一緒に笑顔でVサインといった写真など目にしますがどうも私には嘘臭くというか、あんまり綺麗な行為だと思えないので当院ではこのような“患者様の声”や“成功事例”のような情報はお出ししていません。(競争が激しい施術業界において動機は十分理解できますので他サイトがそうすることを否定しているわけではなく自分はやりたくないと感じるからやらないというだけです。)
ただ、そのような中で、唯一、載せるべきだと思う症例がありますのでここで書かせていただきます。
自己顕示欲とか治療院の宣伝という意図ではなく、インターネットで全国の情報が取れる時代ですので、もしかしたらどこかで苦しい思いをされている方のお役に立つことがあるかもしれないという趣旨です。
このページにたどり着かれた方はたいてい患者様ご自身だと思いますので線維筋痛症についての一般的な説明は不要かと思います。
大きな流れ
来院当初: 大変な状況にあった線維筋痛症の患者様(30代女性)
6‐7カ月後: 「波はあるがひどい時の6割くらいの辛さに軽減」(患者様ご自身の表現)し、日常生活(家事・子育て)が送れるようになった
具体例
・エレベーターを使わずに階段で当院(3F)まで足で上って来るようになった
・家事、やった後は疲れるが出来るようになった
・お子さんが成長し重くなっているが抱っこ出来ている
・普通に笑えるようになっている
*ご主人の転勤に伴い東京を遠く離れることになり当院での治療はここまでとなった。 → 後日談(2022年12月追記)
身体の状態(触った時の硬さ)の変化
来院当初:(2020年7月末)
当初、首・ふくらはぎ、臀部、脇、前腕、顎、側頭部、頬筋がとても硬かった。
どこを触っても圧痛が出やすい(閾値がかなり低下していた)。
胃・腸:硬かった。
*“柔らかい”と評価できたのは足底くらいだった。
現在: (2021年3月末)
現在、体中、細かいコリはあるもののほぼどの部位においてもとても柔らかい。
おそらく町中を歩いている任意の成人100人ピックアップして比較しても当該患者様より柔らかい人は多くはいないだろうと思われる。
通院歴:
複数の整形外科、矯正を行った歯科、それとは別の歯科、脳神経外科、心療内科、カイロプラクティック、内科、ペインクリニック、鍼灸など
→どこの病院でも治療が効果なく、痛みが徐々に進行。このところ(2020年4月頃から)急激に悪化。
複数の整形外科で: 痛みは首肩こりが原因と言われる。
ある病院で: ストレートネックであること、頸椎の間が狭くなっていることがレントゲンで確認された。ただし、それが痛みの要因ではないとのこと。
歯科では顎関節は問題なしと診断された。
他には各医療機関で以下の診断名を言われる :首肩こり、脛肩腕症候群、筋筋膜性症候群、複合性局所疼痛症候群、低血糖症、繊維筋痛症、など。
一番多く言われたのは「首肩こり」。
某有名私立大学病院が厚労省の施策の一環(どの程度関与しているのか不明)として痛み治療の専門チーム(麻酔科、精神科、リハビリテーション科、整形外科などの関連分野が学際的にアプローチして痛み治療を行うというもの)の治療を受療
当院の直前に通っていた鍼灸治療: 2020年6月から週に2回ほどのペースで15回通院
そこでの治療内容: トリガーポイントに鍼を打つ治療。20~30本打ち、20分ほど安静にしたあと、軽くマッサージ
それまでの痛みの経緯:
2016年秋に右顎関節症治療のため矯正を行った。
歯の矯正はかなりの痛みを伴うものであった。
鋭い顎の痛みが一ヶ月ほど続き、その後、鈍い痛みが残る。
歯科医は、「脳が痛みを記憶してしばらく残るが、まもなく消えていく。顎は痛みの出ない適切な位置に動いた」とのこと。
しかし、実際は、顎の鈍い痛みが消えずに残り、数年かけて顎から右半身に痛みが広がる。
2019年秋頃から左半身にも痛みが出るようになる。
2020年春頃から左側と右側の辛さが同等になった。
この頃から、起きたときに腕や手の甲がしびれていたり、常に痛い状態になったが、2020年7月初旬から急激に悪化
2020年7月末の時点で、夜間、首、肩、肩甲骨、腕の痛みがひどく眠れない。腕はじわじわ痛み、どこに腕を置いても落ち着かない。
もちろん夜間以外も、左右の首、肩、顎、背中、腕、手、尻、脚に痛み(自発痛)。
「コリのような、ズキズキ、重い、筋肉痛のような痛み」
「腕はしびれのような感じ」
「痛む箇所は使うとすぐに疲労が溜まる。」(例: 腕を上げているとすぐ疲労する)
「痛みは常時あり、疲れがたまると強くなる。」
「とにかくすぐ疲れる」
一番困っていること: 腕や手の甲の痛み。家事などの日常生活に支障が出る。
他: 元々肩こりしやすい体質
* 要するに、4年かけて痛みの範囲が広がり、程度が強くなってきた。来院直前は悪くなるスピードが急激に増している状態だった。
他:
生活環境: ご主人、娘さん(0歳5カ月)との3人暮らし。
地方ご出身でご主人の転勤に伴い東京に移ってきた。
このような状況の下、当院での治療が始まる。
およそ100通のメールのやり取り(単純に予約や時間・日程調整などの件もあるのですべてが病状や治療についてのものではない)と治療の経緯
以下、患者様が特定されない範囲で代表的なやり取りの要旨をいくつか記載します。
2020年7月後半 予約希望の連絡:
この時点で他院(トリガーポイントを行う鍼灸院)に通院中(6月頭から15回ほど)であったが症状が急激に悪化していることを心配していた。(*その治療院の治療で悪くなったという意味で心配されていたわけではなく、その時期に今までよりも一気に悪化しその勢いが増していくのでこのままではこの調子でどんどん悪くなり続けるのではと強い不安に駆られていた。)
その際、
患者様の問い(以下:患者):「他院に通っているが続けて治療を受けることが身体に悪い影響がないか」
当院の返答(以下:当院):「特にそういった心配はないが、何らかの変化が起こった場合(良い悪い含め)誰の何の行為によるものか分からなくなるのでどちらか一つに通うべき」、
「せっかく通っているので納得いくまで現在の治療を受けていただき、その後必要があるなら当院へ」と返答し、その時点ではお引き受けを見合わせる。
患者: → しばらく考慮し、結局、前の治療院の治療を中止し、当院での治療開始を選択。
初見の患者様の様子:
病歴と現状、自分なりの原因をしっかり論理的に説明でき知性の高さがうかがえる。
つらい中とても礼儀正しく応答されていたので治療かとしてもそうだが一人の人間として是非役に立ちたいと感じる。
一方、最初のアンケート(氏名・病歴・治療の希望内容など)記入時の字の汚さと、問診時の表情のなさ、声の小ささ、声の抑揚のなさ等は、いずれも本来そのようなはずはないことは明らかなので症状が深刻で余裕のなさが感じ取られた。(様々な医療機関で同じことを何度も聞かれてきたであろう...一通りまともに答えてくれるだけでありがたいと思った。)
「どうにかなりますか?...」涙ながらに聞かれたがその時点では何とも答えられず。
「やってみないことには分かりません...。」としか答えられず。
治療開始:
最初の身体の状態は上記および下図の通り
足底以外はほぼすべての部位が硬かった。
下肢・臀部・上腕・前腕・肩部・前頸部・後頸部・側頭部・顔面・腰背部に圧痛あり。
身体が妙に暖かい。微熱傾向。(私は手が温かい方で患者様の身体を触った時自分よりも温かいことはほとんどないので変に感じた。)
初回の治療:
身体の状態を把握しながらマッサージと初回なので各部位に1,2か所刺鍼程度。
後頸は筋膜肥厚が原因か、02番(0.12㎜)の鍼が通らず。こんな経験はなかったので驚きとともに一瞬自分が下手になったかと思った。
仕方なく後頸部だけは01番(0.14㎜)で。
他(肩・腕・側頭部、前頸部、下肢)は02番、
お尻だけ1番(長さが必要なので)(0.16㎜)鍼使用
この時点で考えたこと:
全国に200万人いるとも言われている線維筋痛症患者。軽度や線維筋痛症らしき患者さんに遭遇することは珍しいことではないが、ここまで酷い状態の患者様は初めて。
まず、これだけ広範囲に痛みが出ているという時点で、明らかにコリや筋筋膜性疼痛(MPS)の話ではない。(普通、凝ってどこかが痛いという場合、多くてもせいぜい2,3か所。)
線維筋痛症を極端に悪化した筋筋膜性疼痛(MPS)という見方もある。ある段階まではそうと考えられるが、本当に悪化した段階では、明らかに骨格筋単体での問題ではなく、中枢神経系(脳)が深く関与(☞ 慢性痛について ・☞ 鍼と脳のデフォルト・モードネットワーク 参照)している。
*どんな痛みも最終的に脳で感じるのですべての痛みは脳(中枢神経)が関与しているが、ここではそのような一般的な意味における脳の関与ではなく、もっと積極的な意味で脳(中枢神経)が痛みを作り出しているというような意味。
もちろん鍼灸マッサージ師に診断権限はないが、私の目からも典型的な線維筋痛症、そうでなければ慢性疲労症候群のような症状だと感じた。
原因については、もともとの肩こりのしやすさ(血行の悪さ)・ストレートネックなどが基礎にあったうえで、顎関節症の矯正治療(長期にわたる強い痛みを経験)が最大のきっかけになっているかもしれないが今となっては突き止めるのは難しいだろう。
環境の変化などによる精神的ストレス(継続する強い痛み、引っ越し、結婚、出産、昇進、知人との死別、寝不足…など良いこと悪いこと含め大きな変化はすべて原因となりうる)や最近の短期的な症状悪化は気候的な要因(梅雨時は痛みや不調が強く出る)も関わっているかも知れない。
治療の方向性:
歯科矯正が一番怪しいが今となっては原因の特定は困難なので現在の症状の改善に向けてどのような刺激を入れていけるかに焦点を絞る。
筋肉や関節の問題ではなく、あくまでも脳の設定の異常と捉え、身体中から発せられる異常な情報を消していくという方向で治療をしていく。
*治療の刺激対象は筋肉等(腹部あん摩も含む)の軟部組織だが、本丸はそこではなく“脳”への異常情報を減らすということを目的とした。
この、最終的に脳を対象とするという方向性は最後まで変わらず。
初回治療後、
当院:
鍼治療による筋肉痛はしばらくすると消えていくはず。
線維筋痛症は、現在の医療界で誰も確実な答えを持っている人はいない症状。
とても重症に見受けられるので当院にとっても大変チャレンジングな状況だが、1.各部位の筋硬結(硬い胃腸を含む)を解消していくことで、これらから発せられる大量の異常情報を無くすこと、2.ポリモーダル受容器からの信号入力で乱れてしまった脳の設定をリセットできるはずだというところに勝算を見出している。
患者:
鍼の刺激で症状が悪化したり別の症状が出ることはあるか?
今の痛みは矯正治療の痛みが引き金となったと思っている。
6月から別の治療院に通っている間に腕が悪化した。その他は改善したように思えず。
このようなことから、鍼の響き(鍼の痛み)が悪いほうに影響することはあるか心配している。
当院:
結論から申し上げると、そのような意味での悪化はないと考える。
理由
歯の痛み(矯正治療の痛み)も、鍼の痛みも伝えている神経は同じでポリモーダル受容器により刺激をキャッチし、C線維(・Aδ繊維)という神経線維で脳に伝える(=2次痛といわれる。)
しかし、脳にとって危険なのは、絶え間なく続くコントロールされていない痛みにさらされている状態が長く続くこと。
この点が鍼やマッサージ治療と、おそらく今回の件のきっかけとなった可能性のある矯正治療と大きく異なる点。
ただ、注意点として今回施術したような普段絶対刺激の入らないような部位にある悪いコリに刺激が入ると、そういった部位では悪いながらも安定しているので、治療を始めたばかりの時、特に初めての施術後、しばらく感覚が暴れるというか、周囲に違和感や痒み、痛みが出たりすることがある。次第にそういったことはなくなる。
おそらく当該患者様の場合、下降性疼痛抑制がうまく働いていないので普通の方よりも鍼やマッサージ刺激を強く感じている可能性があるので
「鍼の響きが強すぎる、という場合はマッサージを主体にしてどうしても、という部位に鍼を限定することも可」
「マッサージを主体にすれば鍼と比較して治療時の痛みはかなり軽減できるが、
その場合のデメリットとして、同じ効果に至るまでの時間が確実に長くかかる」
事を伝える。
その他、代表的な初期の問答。
患者問:
ここのところ、脚が腕と同じようにじわじわする。(特に就寝時)
自分で調べたところ、むずむず脚症候群というもののような気がする。
当院回答:
線維筋痛症の症状(あるいはそれに随伴する症状)の一つとして出ているものと思われる。
むずむず脚症候群が、線維筋痛症の一症状として出ることがあること、(線維筋痛症では脚だけでなく他の部位でもむずむず脚症候群のような症状が出ることが報告されている)、線維筋痛症は、慢性疲労症候群などとの関連が指摘されていること、要するに原因やメカニズムがこれらの病気・症状ではよく分かっていないが、一つ言えるのは脳の何らかの機能の低下・乱れ、ということが共通点らしいという事。
*注:線維筋痛症の随伴症状としてむずむず脚症候群が挙げられている( ☞ 厚労省発行『線維筋痛症のガイドライン2009の解説』)
脚の症状と腕を含めた他の症状を別に捉えるのはおそらく誤り。
一連の症状は別々のものではなく(何と診断されるにしても)その実態は脳のネットワークの乱れ・機能低下にある、と思われるので、コリの解消と並行してそれに対する治療を当院で行っていく予定である。
患者問:
当院:
患者:
治療後の様子:施術のあとは少し楽に感じるが、翌日は元に戻っているように感じる。
昨日寝るときは、首肩肩甲骨の痛みは楽になっていたが、腕が辛く寝られなかった。
*注:腕の辛さにはこの後も長く煩わされる
当院:
これからは各部位ごとに細かく治療していくのでコリという点では確実に解消していく。痛みが楽になっていたとのことなのでそれは大変良い傾向だが、大筋で見るとたとえ体中のコリが全て取れてもすぐには消えない可能性が高い。
別途、根本的な解決に向けて脳のネットワークに対するアプローチをかけていく予定。
このころ意図していたこと:
体中の「こり」と現在悩まされている「痛み」は別であることを繰り返し説明し、理解してもらう。
通常、凝って血行不良を起こして「痛み」となる(例:肩こり)。したがって、コリが取れれば痛みも取れる。しかし、質の悪い慢性痛(この場合、線維筋痛症も含む)の場合、この2つは連動していない。
極端な話、体中全てのコリや血行不良が取れてもそれが即、痛みの軽減にはつながらない。
だからと言って、コリを取ることに意味が無いかというと全くそうではない。
この辺りの話を理解してもらう必要がある。
大前提として、線維筋痛症は、まだ世界中で誰も正確な答え(メカニズムや治療法)を知らない難病である、ということ。
しかし、病状についてある程度根拠のある推測、それに基づく治療法の提案はできる。
順調に進んでもすぐに解決できる性質のものではないのでこの方向性でやり抜くためには治療師と患者双方が慢性痛と脳についてのイメージをある程度共有していないといけない。
下記内容をかいつまんで説明した。
(図1)
(図2)
(図3)
(図4)
(図5)
(図6)
以下、少し長くなりますがとても大事なところなので種々の文献から抜粋しながら説明します。
まず、脳が毎秒どれだけ膨大な情報を処理しているかについていくつか大変興味深い試算があります。(図1,2,3に該当する話)
何百万ビットという情報が、毎秒、毎秒、感覚器官を通して私たちの中になだれ込んでいる。だが、私たちの意識が処理するのは、せいぜい毎秒40ビット程度のものだ。
知覚作用と統合作用の容量比率は、良くて100万分対1である。すなわち、我々の女神、耳が効き、その他の感覚器官が伝える情報の100万分の1だけが意識に現れる。
感覚器官を通じて取り込む情報量が毎秒1100万ビット
意識は、五感経由で間断なく入ってくる情報のほんの一握りに過ぎない。
1950年代に実施された一連の深部地学実験から、意識の容量は非常に小さいことが判明した。毎秒40ビット以下、おそらくは16ビットを下回る。
『ユーザーイリュージョン』T. ノーレットランダージュ, p.160-258, 紀伊國屋書店.
*この数値がどこまで正しいかは分かりませんが、試算法は各感覚器官にある受容体の数、脳への神経接続の数、各接続が毎秒送る信号の数を計算した結果とのこと。
この資産の内訳をみると五感(目:1000万、皮膚100万、耳10万、嗅覚10万、味蕾1000)とのことで内臓感覚や筋肉、血管、等の感覚は入っていないので、本当ならもっと多くのビット数になると思われます。
記憶容量の評価値として、普通の大人が知っている単語の総数を参考に…(中略)…また、「二十の扉」ゲームというのがある。平均二十以内の質問に対する「イエス・ノー」で思い浮かべた事柄が特定できるということが分かっている。ビット数に直すと2の20乗、100万ビットになる。
知覚心理学で、バラバラな点や模様の中から奥行きが見えてくるランダムドット。ステレオグラムを使った評価に依れば10の9乗ビットの容量が必要。
つまり、膨大な量の計算を脳波毎秒こなしていて、しかも私たちはそれに全く気付かない。
『サブリミナル・マインド』下條信輔, 中公新書
身体の反応が感情の元になっているという見解は、認知心理学の世界ではジェームズ・ランゲ説として知られており、様々な修正は提唱されつつも多くの支持を得ています。
簡単に言うと、
この点をもっと現実的な視点で考慮に入れたのが世界的に有名な脳科学者アントニオ・ダマシオです。
感情の元になる身体マッピングは、内臓の状態や筋肉の状態...身体の各領域には、その特定の領域を構成している行ける細胞の状態に酢知恵、中枢神経系(すなわち、脳)に向けて信号を送ることに出来る神経終末がある…
神経終末は具体的には一個の細胞の近傍の酸素と二酸化炭素の濃度...化学浴のpH...外部や内部の毒性物質の存在を知らせることが出来る。…神経終末は体内の大小すべての動脈壁を構成している平滑筋の線維から、四肢、用船、顔などの筋肉を構成している大きな横紋筋の線維に至るまで、筋肉繊維の収縮状態を知らせることが出来る。だから神経終末は、特定の瞬間に、皮膚や腸のような内臓が何をしているかを脳に知らせることが出来る。加えて、感情の基礎を構成する身体マッピングは、神経終末から得る情報に加え、血液中の科学分子の濃度の無数の変化についての情報を、非神経経路を介して直接得ている。(要するに、視床下部や脳弓下器官、腎臓など血糖値、水分濃度の低下、呼吸パターンの変化、)…
脳は有機体全体を、神経終末を介して局所的かつ直接的に、そして血液を介して全体的かつ化学的にしらべているから、これらのマップの細かさと多様性には著しいものがある。有機体全体にわたって命の状態のサンプリングがなされ、その驚くほど広範なサンプリングから、統合的な状態マップが抽出される。私は、我々が「体調がいい」とか「悪い」とかいう時経験しているその感覚は、内部環境の化学的状態のマッピングに基づく合成的サンプリングから引き出されるのではないかと思う。
『感じる脳』アントニオ・ダマシオ,p.169-, ダイヤモンド社.
日本における脳研究の第一人者、池谷裕二氏も再三、脳はあくまでも身体の一部であるということを毎日脳を研究している「脳科学者」としての立場から訴えていることで有名です。
意識研究の大家である脳科学者クリストフ・コッホは著書の中で無意識にこなす「ゾンビ・システム」があって初めて人は正常に行動できることを説明しています。
脳の電気化学的な活動のほとんどは意識に上らない。… 高次の意思決定および創造的な行動の多くが無意識のうちに生じている。
『意識の探求』クリストフ・コッホ, 岩波書店.
*注:彼はダマシオのようには身体を重視している訳ではありませんが、無意識で処理する膨大な情報量あっての通常の行動なり、正常な状態がある、ということは当然の前提として論を進めている。
また、哲学者パットナムの提唱した、有名な「桶の中の脳」という思考実験(簡単に言うと物が確実に存在するとどうして言えるのか?という実在論に対する批判的な文脈で出てきた話です)がありますが、(前に進まない哲学的な議論はおいておいて)生きた患者さんの痛みを治療するという現実的に役に立つ方向で話をするならば、脳は確かに司令塔の役割を果たしたり自我や意識を生み出す大事な器官ですが、脳単体では現実には全く役に立ちません。
“通常”あるいは“正常”である(図4の緑円)ということは要するに無意識下での膨大な量の情報が滞りなく処理され絶えず変化する環境や身体状況の中で平衡を保ち続けている、ということ。
近年注目されている脳のデフォルト・モードネットワーク(☞ 詳細はこちら)もそのような文脈で理解すべき事柄です。
ここに狂いが生じているのが線維筋痛症(慢性疲労症候群やその他周辺の類似の病症)だと考えられます。
(身体はというと、リチャード・ドーキンス風に言えば遺伝子の乗り物という事になります。)
このような文脈で昨今注目されているデフォルト・モードネットワークを捉えると、(T.ノーレットランダージュ風に言えば)1100万ビットのスムーズな流れの表れとして観察されるものと言えます。
継続的な異常情報(痛み)が脳にもたらす影響:
身体のあらゆる部位から絶えず情報が届けられ、それらを総合して図4. の緑円の位置が決定されます。通常の状態であれば届く情報には基本的に大きな変化はなく、したがって緑円の位置もほぼ同じ位置であり続けることになります。
しかし、異常な情報がある程度の期間継続するとその情報により位置が修正され続けていくのでデフォルト状態の脳設定が変わってきます。暗いところにいると目が慣れる、時間が経つと匂いに慣れてくるといった順応として知られる現象をイメージしていただけば分かりやすいと思います(下図7.参照)。実際、慢性痛患者・線維筋痛症患者さんの脳ではデフォルト・モードネットワークと呼ばれる安静時の脳活動が健常者と異なることが確認されています。
こういったこと(設定の変更)が生じるのは、脳が可変性に富んでいる(可塑性と言います)からで、この可塑性があるから新しく人の名前や顔を覚えたり、楽器やスポーツが上達したりできるわけです。子供から成長期が一番可塑性の高い時期ですが、基本的に生きている限り失われない性質です。
可塑性は、環境によりよく適応できたり、生涯にわたり学習し続けられるという点で大変有用でありますが、逆に悪い情報に継続的にさらされていると悪い状態を脳が学習していしまいそれが固定化されてしまうことも起こります。(詳しくは ☞ 慢性痛)
世界中の医療界や痛み研究者を悩ませている厄介なタイプの慢性痛、つまり「原因がなくなっても痛みだけがある、そして薬が効かない痛み」です。線維筋痛症もこれに近い状態だと考えられます。
こうなると悪循環で、マイクのハウリング(スピーカーから発している音をマイクが拾ってそれを再びスピーカー → マイクで拾って … ピーと鳴る不快な現象)のように痛みの自己増幅が始まると考えられます。当院にお見えになった頃がまさにその時期に入っていたようで図6のように、痛みの悪化のスピードが日に日に勢いづいている状態であったと思われます。
(図7:感覚の順応と陰性残効)
スキーなどでオレンジ色のゴーグルを使用すると始めは白い雪がオレンジ色に見えますが、数分もすると全く違和感がなくなります(順応)。ゴーグルを外すと始めのうちは白いはずの雪が青く見えます(陰性残効)が、やはり数分もすると再び白く見えてきます。(参考:『意識とは何だろうか – 脳の来歴、知覚の錯誤』, 下條信輔, 講談社現代新書.)
脳は絶えず送られてくる情報を元に、もっとも適切な位置にゼロ・ポイントを設定できるよう世界を解釈し続けています。送られてくる異常情報ばかりになれば、その異常情報をより精密に峻別できるように、異常のど真ん中にゼロ・ポイントを持ってくるようになります(図8、図9)。
(図8)
(図9)
*注)脳の可塑性については様々な研究者が説明しています。
例えば、ラマチャンドラン『脳の中の幽霊』では主に幻肢痛の事例を通して我々の脳がいかに可塑性に富むものかを示している。
また、先述のダマシオも『生存する脳』の中でやはり、” 様々な経験を反映しながらシナプスの強さが変わるので脳回路は絶え間なく変化し続ける存在であり… 脳回路は最初の経験に対して受容的であるばかりでなく、その後継続される経験によって、何度でも、柔軟に修正できるようになっている。”
と述べている。
このような視点で当該患者様の身体を診た場合:
歯科矯正の強烈な痛み情報に継続的にさらされているうちに脳の設定に狂いが生じ始める。図4. の緑円の位置にあったはずが、赤円の位置に向かい始める。
(図9)赤円の位置がデフォルト設定になってしまった。こうなるとすべての情報が「どのくらい痛いか」・「どのくらい不快か」という、「痛みと不快」の程度を伝えるものとして解釈されるので本来痛みではないはずの情報までも痛み・不快と感じられてしまう。他の言い方をすれば痛みの閾値が極端に低下(=過敏)した状態と解釈できます(図3,4)。
痛みにより身体の緊張が高まりさらに血行不良が生じ筋硬結や自律神経系の負担増から機能低下が起こる。この患者様の場合、初見の時点で記述の通り、足底以外客観的に体(筋肉・筋膜・胃腸)が硬いという状態でした。血行不良を起こしていて、異常信号を頻発している状態です。
こうなると悪循環ですから、余計脳の設定は狂った方向に変化していくことが考えられます。(痛み―脳の設定の狂い―余計痛み―…)本来、脳は安定性があるので(ある朝起きたら性格や好み、記憶が変わっていたという事では困ります。)、それを乗り越えるような刺激(何度も繰り返すことで長期記憶として定着したり、スポーツや楽器の演奏が上手になっていく)を入れ続けることが必要で変化もわずかずつですが、悪い設定が定着してくると悪い方向に行く力が勢いづいてしまいます(図6)。
当該患者様が来院されたのがおそらくこのような時期に当たり、日に日に痛みや不快感・疲労感が増していくその勢いに不安と恐怖を感じておられるように見受けられました。
治療の方向性:
このように、脳の設定の狂いである、という視点で一貫して治療を行いました。
具体的には、可塑性ゆえに大変な状況になってしまいましたが、逆に可塑性を利用して良い状態を覚え込ませれば元に戻っていくはずです。(『痛みを知る』熊澤孝朗, 東方出版. 参照)
PCで上書き保存した場合は、情報や設定は完全に塗り替えられしまいますが、人間や生体の仕組みはもう少し柔軟性に富んでいるものです。
つまり、
生まれつき脳の設定が狂っているのならば話は別ですが、正常な設定で生まれてから何十年か過ごしてきたわけですから、良い情報に晒されるようになれば必ず“正常”に戻れるはずです。
具体的には現在、身体から脳へ絶えず異常信号が送られている状態と考えられるので、胃腸を含めた体中の異常信号を発している硬結部位を解き、血行不良を改善し、異常信号の量を減らす。
直接の治療対象は筋硬結であるという点は、通常の肩こりや下肢痛、臀部痛などと同様ですが、あくまでも目的は“脳”で、脳への異常な情報量を減少させることで設定を元に戻していくという事です。
一般に、肉体疲労と比べて精神疲労は抜けるまでに日数が多く必要という事が数々の実験から分かっていますが、こういった神経痛を含めた神経(脳・その他神経)の異常は、原因が完全に除去されてもしばらく症状の改善に時差が生じるものなのでその点を患者様に何度も焦らずもう少し様子を見て欲しい、と伝えました。
逆に言うと、それまでどんどん悪化していたものが“悪くなっていない”、あるいは“前より少しマシになったかも”と言った時は既に体の中ではかなりの変化が起こっていると考えて良いと思います。
脳や線維筋痛症に対してこのようなイメージを持っていたので、(勝算という表現が正しいか分からないが)自分の中では理論上はかなり改善できるはず、と確信していた。
患者様にも「行けると思う」とお伝えし、「しかし、金銭的に負担になるし、時間も奪うことになるのでやっていく中で無理だと感じたら即その旨伝えいたずらに治療を引き延ばさない」ことも伝えた。
具体的治療内容と身体の客観的変化:
8月、9月: 週3ー4日
10月~: 週2日のペースでひたすら全身の筋硬結を取り除いていく。
全身 → 顔面、喉、前頸部、後頸部、肩背~腰臀部、小胸筋、大胸筋、腋窩、腕、腹部、下肢
* 背中や腰、下肢はそこまで硬くなく、例え硬くてもすぐにほぐれるのでふくらはぎの硬結以外はほとんどマッサージで対応。
* 他にも僧帽筋、肩甲挙筋、棘上筋も比較的短時間で硬結解消。
* 腹部(胃腸)の硬さも上腹部はすぐに、下腹部は少し時間がかかったが柔らかくなった。 ちょうどこの部位の治療が夏の一番熱い時期と重なっていたので、冷たい飲み物は控えるよう伝えた。
* 2020年9月の段階では頑固な部位を除き筋硬結の量はかなり減ってきたことを確認
マッサージと鍼をフルに使って施術の中心を占め続けたのは
側頭部、横頸部、後頚部、棘下筋、小円筋、三角筋後部、中殿筋、小殿筋、要するに首と四肢の付け根に当たる部位。これらの部位と脳との関係は不明。
小円筋、中殿筋あたりは何度でもLTRが出現。残った小さなコリからも自発痛、響きが出ていた。
*おそらく下行性疼痛抑制が十分機能していないので鍼の響きも普通の人以上に感じていたのではないかと思う。
*皮膚の反応が、ちょうど蚊に刺されたように必ず膨れていた。どこに刺鍼しても必ず起こった。異物に対する皮膚の免疫反応と思われるが、そういう体質の方かと思っていたところ、2021年2月頃に起こらなくなった。免疫系の過敏がノーマルになってきたのかだが何か身体内部で変わったのだろう。
*微熱っぽさも2021年、年明け頃になくなった(自律神経系の機能異常が改善されたのではないかと考えている)。
*2020年末から2021年明け頃には全身のかなりの部位で、ほとんどの成人より柔らかいであろうと思われる状態になった。
* 後頚部の一部が当初、02番(0.12mm)の鍼が通らず仕方なく01番(0.14mm)で治療を行っていたがこのころになると 02番で問題なく刺入できるようになった。筋膜の質が変わってきたものと考えられます。(ポリモーダル受容器の効果器としての作用の一つに線維芽細胞の増殖があり、治療が進みコリが取れてくると肥厚した筋膜が戻り鍼が入りやすくなります。)それ以降は臀部以外はすべて02番で治療。
*左右両方という事ではなく時間によりどちらかが痛い・不快感ということだったが、その多くは右側だった。この点にも変化が現れ、年明けた頃から左側がつらい、という事が多くなってきた。おそらくより悪い右側の状態がよくなってきたかではないかと考える。
徐々に、辛さの程度も以前のような感じではなくなっているように見受けられので明らかに中枢神経(脳)内部で変化が起こってきたはず、と実感。
痛み・辛さの(主観的な)変化:
このように、身体の客観的な変化は治療回数に比例し順調に起こり、半年後には大体どこを触っても平均的な成人より柔らかい、という状態になった。
一方、主観的な痛みや辛さの軽減は遅れてやってきた。10月頃まではとにかく「痛い・辛い」旨のメールや報告が続く。
11月頃には調子のよい日には笑顔が見られたり、声に元気が出てくるようになった。
11月中頃に患者様本人から「自然に笑顔が出るようになってきた」と報告を受ける。
2021年2月 「一番悪い時の6割くらいの辛さになった。」「疲れるが家事もできている。」「治療院(3F)までエレベーターではなく階段を上ってこられるようになった。」
*ただし、調子が良い日と言っても痛みやしびれ、不快感、フワフワした感じ、疲れやすさ、…等の症状から完全に開放されている訳ではない。
*症状の軽減が実感されるまでやはり時間はかかった。予想はしていたが先の見えない状況で通い続けてくれた患者さんには毎度尊敬の念を抱いていた。患者さん自身も、治療回数を重ねるごとに確実に柔らかくなっていることを実感してくれていたので頑張って通い続けてくれた。やはり触って柔らかくなっていることが自身で感じられること、という客観的な変化は大切だと考えます。
*主観的な痛みや辛さについての改善は決して順調という訳ではない。
2020年7月~11月くらいまでは絶えず以下の症状に悩まされている旨のメールや報告が続く。
以下代表的な報告:
夕方頃から、冷や汗、体の中で何かが暴れまわっている感覚、うずく感じ、たまに頭皮や腕の一部が冷たく感じる、不安感、などひどい状態である。
食事中に疲れてしまったり冷や汗をかくことがある。
食事中に限らず、このような症状はここ1、2ヶ月くらいで悪化した。
今日は左のほうが痛く、目の奥、顎、首、肩、腕、お尻、脚が痛い
右首の辺りはまだ少し筋肉痛が残っている。
昨日の夜寝るときは、腕が辛かった
体がしんどい。
昨日はよく眠れたが、今日は昼前から頭から腕から脚までじわじわする。周囲の音が全身に響いて、痛みというよりも、だるく、変にドキドキというか、めまいのような感じがする。
寝ていても落ち着かず、散歩したりしてやり過ごし、今少し落ち着いた
ドキドキというのは心臓ではなく、全身が落ち着かない感じ
今、腕の痛みと頭や目の奥や顎、肩、お尻の痛み、不快感が辛い
今日も朝から足から手、頭までじわじわ落ち着かない感じが辛い。また、右側の痛みも辛い
少し昼寝をしたら、目の奥の痛みが少しましになった。
寝ても腕と脚の落ち着かない感じはとれずむしろ強く感じる。
温熱訓練をしたら、少しは落ち着かない感じがましになった。しかし、辛いのは続いている。
今日は昼食後に辛くなった
不安感が強いとき、痛みも辛くなる。
以前は食事中は痛みを忘れることができたが、それはもうない。
足が冷えてる訳ではないのに、入浴時、足がしもやけのように感じる。
左脚を曲げたとき膝中心に神経がピリッと感じた。
ズボンをはいたとき脚がチクッと感じた。
こんなにひどいのは初めてである。左右の頭、目の奥、顎、首、腕など…全身痛い。
その他の問答
患者:
辛い。明日、空いているお時間があれば施術希望。
連日でも体に負担はないか。
当院:
患者:
当院:
睡眠について
眠れないという事が脳に大きな負担をかける(結果としてネットワークが余計乱れるのでコリと切り離された「慢性痛」がひどくなってしまう)ので、夜ぐっすり長時間というのが難しければ、昼間、細切れの短い睡眠でも良いし、横になってもならないで椅子に座ってでも良いので少し頑張って。
目をつぶって安静にしているだけでも良い。脳を休めることに努めて欲しい。
患者:
当院:
今までの経緯から当然の反応。
まずは、実際に身体が柔らかくなっていることを自分の体を触って実感して欲しい。
感覚の変化(痛みの軽減)はその後、付いてくるはず。
神経系のトラブルの場合、原因の除去から時差があって効果が現れることが多い。
体中の筋硬結はちゃんと当たれば確実にほぐれる。しかし、あちこちとても硬いのでいくら極細鍼でも芯に当たった時はかなり痛いはず。本当によく頑張っていると思う。
患者:
施術後、食事して今まで、冷や汗かいたり落ち着かなかったりはなかった。
腕は、左右ともに痛みが残っている。横に寝てもまだじわじわした感じがある。
治療後の違和感が残っている。
当院:
腕の痛みは元からの痛みに加え刺激が入ったことによる筋肉痛もあるかもしれない。特に治療し始めのうちは起こりやすい。
血液が集まって中で修復作業が行われている最中の現象。運動後の筋肉痛と似たものと理解して欲しい。
今は信じられないかも知れないが柔らかくなり血液が流れ出すとだんだんそういったことが起こらなくなってくる。
患者:
当院:
単なるコリだけの問題ではなく医学的にみて世界の誰も“正解”を知らない本当に困難な状態であることが明らか。
良くなったり悪くなったりを繰り返しながら少しずつ前よりもまし、という事になっていくと考えている。
患者:
当院:
自律神経症状のように見受けられる。
寝不足、疲労、ストレス、特に今の梅雨の時期、温度変化や湿度で調子を大きく崩しやすいので新しい症状が出ることもあると思われるが決して過度の不安は抱かないよう(不安はエネルギーをロスする)伝える。
患者:
当院:
患者:
当院:
患者:
当院:
こりという点では当然冷やさない方が良いが、人は脳の温度が下がらないと眠れないのでまず頭(頭蓋骨は厚みが1cm少々でその奥はすぐに脳がある。水枕やおでこに冷シップ?か何かで冷やせば脳の温度を下げられる)をすこし冷やすようにされるとよいのでは。
身体の方は、積極的に冷やすというのはやりすぎかもしれないが、施術で触ると常に手足の先まで熱っぽい感じがあるので寝る少し前から半袖半ズボンという感じで放熱できれば寝やすくなると考える。それぞれの家庭でのエアコンの設定条件なども関係してくるので一概には言えないが冷え過ぎない程度に上手に放熱できれば良い。
他:
自律神経系のトラブルに対して:
折ある度に強調したこと:
今回の症状を、筋肉のコリだけの問題として捉えると失敗する。仮に体中のすべてのコリを取ったとしても、他の部位のちょっとした異常が痛みや不快感に変換されることになる
要は脳の設定の問題なので設定次第でどんな小さな不具合でも痛みや不快感として拾い上げることは可能。
治療開始以来、特に上半身を中心に体中のコリが急激に減っている。内臓もとても柔らかくなっている。筋肉や内臓からの異常な情報が激減している状態なので相対的に他の部位(皮膚や関節など)が目立ってくることは十分考えられる。
見かけ上は、症状が変化(場所や違和感の出方)しているように見えるが身体内部の変化を受けて他の部位に焦点が移っているだけなので焦る必要はない。
不安などの精神的ストレスはエネルギーを浪費させたり、脳のデフォルト・モードネットワークを狂わせたり、交感神経を過剰に興奮させたり血行を悪くさせたり免疫力を落としたりする。
運動の重要性:
* ある程度、良くなってきたタイミングで、積極的に身体を使って脳への正常な情報入力を行っていくことで設定を戻す意図。身体は動くために存在する。脳はそんな身体をコントロールするために存在する。
運動、つまり、筋トレ(筋や関節の収縮)、ストレッチ(伸展)、歩いたり走ることで地面からの衝撃やバランス感覚の刺激、心肺機能に対しては呼吸・心拍・血圧をコントロールされた形で増減させることになる。
短時間でも良いので早歩き、ジョギング、加圧トレーニング、スロートレーニング等の少し息が上がる程度以上~無酸素運動(マイオカインや成長ホルモン分泌により何らかの良い作用を期待したため)を勧める。
電気鍼:
コクラン・レビュー(信頼度が高いとされる世界的な医療系の組織:様々な研究結果や論文の妥当性等を評価している)では線維筋痛症に鍼治療が有効であると表明している。(☞ コクラン・レビュー)
ただし、電気鍼でないと効果がない、としている。当該患者様で取り入れた時期もあったが全く効く感じがしなかった。線維筋痛症の症状の重さや行う時期にもよるのではないかと考える。
本の推薦:
身体や病気に対する理解・改善のために有利な態度の獲得のため
夏樹静子氏『椅子が怖い』
慢性痛患者さんの先輩の体験記、奮闘記として。
痛い真っただ中だからだと思いますが、失礼ながらあまり深く読み取れたようには思えませんでした。治って羨ましい…とだけ一言おっしゃっていました。(本の中では決して完治という事にはなっていません。)症状が落ち着いて少し余裕が出てから読み返されると良いと思いました。
とても良い本ですが、私の個人的な見方としては主に2点注意すべき点があります。
「心因性」と「運動に対する評価」です。
この本では“心因性”、心が生み出す痛みということを主張する主治医と、それを認めるのを拒否し続ける夏樹静子さんとのやり取りが多く出てきます。
個人的な意見としては、夏樹静子さんほど理性的・合理的・知性的な人であれば、「こころ」と言った漠然とした概念に痛みの原因を負わせるのではなく、ここまで述べてきたような身体と脳の関係、意識・無意識のこと、脳の働き(デフォルト・モードネットワークなど)という点から説明すれば無駄な時間を過ごさせずに済んだはず、という事です。
彼女ほど賢い人は医師が言うからという事だけではすんなり納得しない。しかし、彼女ほど賢ければこれらの仕組みを丁寧に理解すればだれよりも深く受け入れただろうと思うのです。
それからもう一つは“運動”というものがあくまでも「筋力を強くする」手段としか捉えられていなかったこと。
身体を動かすことで脳との莫大な情報のやり取りが行われること、筋肉がホルモン分泌・代謝器官の側面を持つこと、筋肉を単に姿勢を正すためだけの組織として捉えるのはあまり勿体ない話です。
ただし、夏樹静子さんが治療を受けた時点ではまだこれらの概念(筋肉からのマイオカインや成長ホルモン、脳のデフォルト・モードネットワークの話)が明らかになっていなかったかもしれないのでそれはもちろん仕方ないことです。しかし現在、心因性の一点張りで説明するとしたらそれは正しいとは思えません。
他の本:
池川明:『ママのおなかを選んできたよ』・『雲の上でママを見ていた時のこと』・『ママのおなかを選んだわけは』二見書房
飯田史彦:『生きがいの創造』PHP文庫
魂レベルでの気づきを促すような本。
治療においては非科学的なことを出来るだけ排除して(東洋医学さえ排除している)という方針だが、人の心や生命の奥深さの前には薄っぺらい科学は遥か及ばないのは紛れもない事実。図1の通り「意識」出来るのはごくわずか。何か気付きを得たり無意識下に響くものがあり症状の改善、あるいは子育ての役に立てば…との半分老婆心から。
2121年4月初旬(引っ越しのためここで当院での治療が終了となった)
波はありつつも、2月の一番寒い時期に「悪かった時の6割」というところまで漕ぎつけた。
触った感触から伝わってくるのは良くなる勢いが強まっていて、睡眠不足や過労を避け、適度な運動による正常な情報入力を続け、精神的ストレスを避け、といった生活を続けていければ、もう放っておいても勝手に治っていくであろう、という感じがしています。
当然、時間は多少かかるでしょうし、その間良くなったり悪くなったりの波はあることは予想されます。
もし治療を続けるとしたら:
(このことは意思に反して去らざるを得ない方に酷だと考えたため伝えていない。)
取るべきコリは既にあまりなくなってきた状態なので「響き」の感覚を上手に使い痛みや不安・不快感などで強く反応する島皮質の働きにアプローチができればと考えていました。(詳しくはポリモーダル受容器関連のコンテンツや慢性痛についてのコンテンツを参照。)
慢性痛の治療と関係するのですが、ポリモーダル受容器が伝える二次痛情報は脳のあらゆるところに寄り道をして最終的に痛みや不快感を感じさせる部位に届きます(『痛みを知る』熊澤孝朗, 東方出版)。このことを逆手にとってポリモーダル受容器を刺激してコントロールされた形で鍼の「響き」を入れ続けること(特殊な操作で響きの感覚を数分~数十分間引き延ばすことが可能)で脳の設定を元に戻す方向に引っ張ってこれるのではないかと考えています。ただし、はっきりとした根拠に基づく手法ではないので(通常のコリを持った健常者で行うととてもスッキリする)文字通りやってみないと分かりませんが試す価値はあると考えていました。
当該患者様はコリの状態があまりに悪かった初期のころに並行して行う余裕がなく(実際、説明したうえで行うことを試みましたが時期尚早と判断)コリを取る治療に専念したので結局行う機会がありませんでした。
注意:
*「緩解」と題していますが、2021年4月初旬の時点では決してハッピーエンドという訳ではありません。 (→ 後日談参照 2022年12月の時点でハッピーエンドとなりました。)
3月末の時点であまりの辛さにメールが届いたりもしているからです。
良くなってきても体調の波があるので患者様からするとつい一喜一憂しがちです。
環境(四季)や自身の身体(全くの正常であったとしても)は絶えず変化し続けているのですから何らかの影響を受けるのは生きている限り仕方ないことです。(☞ 身体の絶え間ない変化について)
特に春先は元気な人でも体調を崩しやすい時期です(四季がある日本はそういった機会が多い: 梅雨、夏が終わり秋になるころ、台風など)。
ただ、以前と大きく異なる点は今(2021年4月)の時点では、外(気候)の変化からくる情報についていけてない状態であって、身体の内部からくる異常情報によって症状が強く出ている訳ではありません。
つまり、外の変化が落ち着けば問題なくなるはずで、怖いのは内部の異常情報とくに、精神的ストレスにより再び悪循環を引き起こしてしまうこと。夏樹静子さんの本の再読を最後のアドバイスとさせていただきました。
おそらく当該患者様は、完治できる位置にいらっしゃると思います。ご縁があって関わらせていただいた者の身内びいきのように映ると思いますがそのように感じます。
後日談 (2022ー12月追記)
引っ越し後、およそ半年経過した2021年9月にメールをいただきました。
「最悪だった去年の夏と比べ、間違いなく私の身体は変わりました」とうれしいご報告をいただきました。日常生活を通常のように送ることが出来ている様子を教えていただきました。
*時折、思い出しては「どうされているかな…? あと数か月、せめて2か月治療が続けられれば…」などという思いが自然に浮かんですごしていたので大変嬉しく思いました。
2022年11月
8日間、東京に宿を取り治療院に連日(90分/日×8)ご来院くださいました。
笑顔も普通に出るようになっておられ一見して体調が良くなったことがわかりました。
久しぶりにお体を触らせていただき、筋肉・筋膜はもとより皮膚のレベルで依然と異なっていることに驚きました。(以前は筋膜の硬さはもちろんですが、皮膚も硬く締まっているような感触で鍼の通りが悪かったですがそれが無くなっていました。)また、鍼刺激に対する反応がとても良くなっており、ほぐれるスピードが以前の何倍もの速さになっていること大変驚き、「身体が変わる」ということへの理解が一層深まりました。
今回は、このような良い条件での治療でしたので連日集中的にお受けになられて全身をとても柔らかくすることが出来ました。
もう完全に普通の方のお体(脳の設定という点からも)に戻っているような印象を受けました。
二度とあのような思いをしたくないので再発しないために、ということでわざわざ治療をお受けになるために関西方面から飛行機でおいでくださいましたが、当院としましても、やり残した感がすべて解消されたので本当に感謝しかありません。