筋肉の基本的な機能・構造について
肩こり・腰痛などの運動器疾患や冷え性・胃腸の機能障害などの自律神経系のトラブルに対して当院で行っている鍼灸マッサージ治療において、主な刺激の対象は筋膜と筋肉(骨格筋)です。
筋膜・筋肉に刺激が入る過程で、皮膚ももちろん刺激を受けます。
確かに皮膚に刺激が入ると自律神経反射や鎮痛など様々な生理的変化や治療効果を生じます。
しかしその変化・効果の程度は、筋膜・筋肉に刺激が入った場合に生じる変化・効果と比べると微小な場合が多いため、症状が軽度な方や、刺激にとても敏感な体質の方(Strong reactor)を除いては、期待したような効果が得られないことがあります。詳しくは浅い刺激・軽い刺激の治療をご参照ください。
例)皮膚刺激と筋肉刺激の受ける影響の違い
( 出典 : Muscle but not cutaneous C-afferent input produces prolonged increases in the excitability of the flexion reflex in the rat ; PATRICK D., et al., Physiol. (1984), 356, pp. 443-458 の fig.8)
左が「皮膚」に連絡する神経、右が「筋肉」に連絡する神経についてのグラフで、同じ強さで電気刺激を加え(グラフ内の↑の時点)、脊髄内での興奮の変化を調べたものです。
皮膚神経への刺激はすぐ興奮(10分程度)が収まりますが、筋肉神経への刺激は長く(最長90分続いたとのこと)興奮が続き、大きな影響を与えることが分かります。
当院では基本的に筋硬結をしっかり取り去ることで痛みや不調をなくすことを目的とした治療を行っているので刺激の対象は筋膜・筋肉になります。冷え性や胃腸の機能低下など自律神経系の不調も同様で、筋膜・筋肉組織に刺激を入れることで体性―自律神経反射を引き起こして効果を上げていきます。
そのために最も効果的な刺激点として圧痛点(過敏になったポリモーダル受容器)を治療対象にしています。
総論
骨格筋(以下、筋肉)は体重の40~45%を占めています。
筋肉は一部の例外(外肛門括約筋など)を除き関節をまたいで2つの骨に付着しています。縮むことで2つの骨を近づけるため関節が動くという仕組みです。
ひとつの筋肉(ex.上腕二頭筋)は数千の細長い筋線維が集まってできており、性質により速筋、遅筋、中間的性質のものに分けることが出来ます。
速筋は収縮速度が速く短時間の強い力を出すのに優れています。ミオグロビンという赤い色をした酸素結合タンパクが少ないため白く見えるため白筋とも呼ばれます。白身の魚をイメージされると分かりやすいです。
遅筋は持続時間は長いですが収縮速度が遅く、ミオグロビンを多く含むため赤くみえるため赤筋とも呼ばれます。マグロなどの赤身のお魚です。
姿勢維持にはこちらの筋肉が使われるので長時間のデスクワークなどで肩こりや腰痛になるのは主に遅筋の血行不良が原因になっていると考えられます。
その中間の性質を持った筋肉はピンク色をしており最近ではピンク筋など通称されることもあります。
筋肉の基本的な構造について
下図はマクロレベルからミクロレベルまでの筋肉の様子です。
例えば「上腕二頭筋」といった一つの筋肉は、数千もの筋繊維の集まりで構成されています。
筋繊維が筋肉の細胞にあたります。筋線維は直径が0.01~0.1mmで、長さは数センチから長いものになると30cmほどになります。
(Fig.1)
(出典: 『シンプル生理学』貴邑ほか, p.33)
コリや治療に関わる大切なこととして
この一本一本の筋線維は「結合組織」と呼ばれるコラーゲンやエラスチンと言った線維性のたんぱく質により網の目のように取り囲まれており、その結合組織の中を血管や神経が通っています。筋線維一本一本に栄養を届けたり老廃物を回収するためこのような細かな血管が隅々まで張り巡らされているというのが凄いことです。
(Fig.2)
(出典: 『やさしい自律神経生理学 生命を支える仕組み』 鈴木ほか, p.114.)
意外に思われるかもしれませんが、ある筋肉の長さが端から端まで20cmあったとしてもほとんどの場合、筋繊維はそれよりも短く、筋線維は網目のように取り囲んでいる結合組織に付着しています。
つまり筋線維は、筋膜などの結合組織の網のどこかから始まり結合組織の網のどこかに付着して終わるという構造になっています。
筋肉というと一般に平行筋がイメージされると思いますが、人体に平行筋は少なく羽状筋などがほとんどです。
(Fig.3) 平行筋と羽状筋
(出典: 『筋肉学入門』石井, p.48)
平行筋と比較して羽状筋は、筋線維の長さは短くなりますが、その代わり力学的に並列に並ぶ筋線維の数が多くなり、機能的断面積が大きくなるので結果として出せる力が大きくなるという利点があります。
それぞれのサイズ
筋肉(数cm)は、筋束(数mm)の集まり、筋束は筋線維(0.01~0.1mm)の集まり、筋線維は筋原線維(数μm)の集まり、筋原線維は筋節(サルコメア:10nm)の集まりという構造になっています。()内の数字と単位は平均的な直径
*1μm(マイクロメートル)は0.001 ミリメートル
*1nm(ナノメートル)はμmの1000分の1ですから、0.000001ミリメートルになります。
これらはそれぞれ、筋内膜、筋周膜、筋外膜など、筋線維の周囲にある膜状のコラーゲン性の結合組織によって仕切られて包まれています。
このように筋肉は、部分の集合がひとつ上位の部分となり、その部分の集合がまた一つ上位の部分を構成し…の連続で出来上がっており見事なフラクタル構造をしています。
*生物の身体はこういった構造が多く、他にも血管や腸壁もフラクタル構造の典型例です。
生物の身体は限られたスペースを無駄なく利用するため、また、遺伝情報の設計的負担という点から考えた場合、単純構造の再帰的な適用で済むので効率的ですし、情報の負担量が少なければ発生時や細胞分裂時にエラーの生じるリスクも少ないと言えますので進化の過程でこういった構造が選択されてきたと考えられます。
筋肉の基本的な作用
従来、筋肉の作用といえば、運動作用(メインの作用)、循環作用(収縮・弛緩により血液循環を補助する)、保護作用(衝撃から身を守る)、発熱(体温維持)の4つを基礎的な生理学で学びますが、近年、これらに加えて内分泌作用(マイオカインと呼ばれるホルモン用物質の分泌)も明らかになっています。詳しくは鍼とマイオカインをご参照ください。
実際に収縮活動を行っているのは最小単位である筋節(サルコメアと言います。Fig.4参照)です。
1つの筋細胞はおよそ1万の筋節により構成されています。
筋節1つ1つの長さが短くなることが筋肉が収縮するということであり、筋節の長さが戻ることが筋肉が弛緩することです。弛緩時には2.5μm、収縮時は2μmほどになります。
具体的には、筋小胞体から放出されたカルシウムイオンにより細いアクチンフィラメントが太いミオシンフィラメントの間に滑り込むことで筋肉が収縮します。
(Fig.4) サルコメア(筋節): アクチンとミオシン
(出典: 『シンプル生理学』貴邑ほか, p.34)
1つの筋節が縮む力も計測されており、石井直方氏らの研究によれば、1つのミオシンの頭部が発揮する力は2ピコニュートンという事です。
1ニュートンは、1kgの質量を持つ物体に1m/s2の加速度を生じさせる力を言いますが、1ピコニュートンとは、1兆分の1ニュートンです。
このわずかな力の集合で目に見える運動を作り出しています。
全身の筋肉の総量から単純計算をすると一人の身体の筋肉が潜在的に持っている筋力は17トンにもなります。
参考文献
『筋肉学入門 ヒトはなぜトレーニングが必要なのか』; 石井直方, 講談社, 2009.
『シンプル生理学』; 貴邑冨久子, 根来英雄, 南江堂, 2016.
『やさしい自律神経生理学 生命を支える仕組み』; 鈴木郁子, 中外医学社, 2015.
『生理学』; 佐藤優子, 佐藤昭夫, 医歯薬出版株式会社, 2003.