凝りやすさに関係する遺伝子の突然変異について
まったく同じ作業や運動を行なったり、まったく同じ生活習慣で過ごしたりしていても首・肩や腰など筋肉の凝りやすい方とそうでない方がいらっしゃいます。これらのよく目立つ部位が凝って痛みを感じていらっしゃる方は、たいてい頭から手足の先に至るまで体中でコリが触知されます。
コリの程度も人それぞれで、硬いゴムのようなコリを形成する方もいらっしゃれば「コリ」(はっきりとした塊)というよりも「張り」(筋緊張の高まり)という程度で済んでしまう人もいらっしゃいます。後者であれば、わざわざ鍼灸やマッサージ治療を受けなくとも温めたりストレッチをしたり休息を取るなどで自然に消えていくことがほとんどです。
前者であれば休息や温めたりする程度でコリが消えていくことはほとんどなく、ずっと身体に残り続けることになります。
治療に対する効果の現れ方もまた人それぞれです。ごく浅い鍼刺激や柔らかなマッサージ刺激で鎮痛作用や筋緊張の緩和が生じやすい人とそうではない人がいらっしゃるという事については他述(浅い鍼・軽い刺激の治療)のとおりですが、ここではコリの生成の場面について取り上げてみたいと思います。
この違いを生む一つの要因として筋肉の収縮や弛緩の過程に関わる遺伝子の突然変異があります。
一般的なコリの生成についての仮説
まず、遺伝子の突然変異などではなく一般論として、筋硬結、つまり肩こりなどの「コリ」が出来るまでの過程には、これまで発見されている生理学的知見を基に様々な仮説が立てられています。
たとえば、過剰なACh(アセチルコリン)が筋小胞体からのCa2+(カルシウムイオン)の過剰放出を引き起こすことによるという説や、
過剰な運動などで発生する活性酸素がリアノジン受容体を酸化させ開きっぱなしにしてCa2+が筋小胞体から漏出することによるという説、
病んだミトコンドリアからCa2+が漏出することによるという説などがあります。
いずれか一つだけが正しいというよりも複数の要因が総合して作用している可能性が高いと思われます。
筋肉の働き・コリの生成とカルシウムイオン
どのような仮説であれ、筋肉の「凝り」の生成という事であれば、最終的には「Ca2+(カルシウムイオン)が細胞質基質から取り除かれないこと」を正しく説明するものである必要があります。
カルシウムというと一般的には「骨」の成分として有名ですが、筋肉の収縮・弛緩にとっても重要です。
筋肉の収縮は筋肉繊維(筋肉の細胞)内のアクチンとミオシンがお互いの間に滑り込むことにより生じます。そしてこの筋収縮にはCa2+が必要です。このCa2+は筋小胞体(以下、SR)から放出されます。
そして今度は、筋肉が弛緩するためにはCa2+が細胞基質内から取り除かれSRに再度取り込まれることが必要です。放っておいて勝手にCa2+がSR内に戻っていくわけではなく、ATPというエネルギーを使ってSRに戻すことが必要です。ここがミソです。勝手に元に戻ってくれるわけではありません。
したがって、血行不良によりエネルギーであるATPが届かなければCa2+が回収されずにずっと居座ることになり、筋線維が収縮しっぱなしの状態(アクチンとミオシンがカッチリ組んだまま「ロック」がかかったしまった状態)になります。
これがコリの正体と考えられます。死後硬直も同様の状態とされます。
コリと遺伝子の突然変異
注)もちろん、近年、遺伝子研究の分野で注目を集めているエピジェネティクスの考え方が示すように「遺伝子が存在する」ということと「発現している」(それが実際に「働いている」か、実際に働いているとしたら「どの程度」働いているか)は別問題だという事もありますので突然変異が即、コリに、という単純なものではない可能性もあります。
筋小胞体(きんしょうほうたい)という小器官について
筋小胞体(sarcoplasmic reticulum:SR)は、筋線維内に存在する膜系構造の1つで、収縮刺激の伝達系として特殊化したものです。
筋線維が収縮するためにはカルシウムイオンが必要で、弛緩するにはCa2+が除かれることが必要です。そのCa2+を格納しているのが筋小胞体(以下SR)です。
SRにCa2+を戻すにはATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーが必要です。
栄養や老廃物は全て血液によって運ばれるので血行が悪くなるとエネルギー源であるATPが枯渇しCa2+がSRに戻らなくなります。血行不良でコリが出来るというのはこれを意味します。
1.リアノジン受容体(RyR)
リアノジン受容体は、筋細胞や神経細胞といった興奮性の動物組織中で、細胞間Caチャネルの働きを担っています。細胞内小器官である筋小胞体(SR)に収まっているCa2がこのチャンネルを通して細胞質基質(*)に放出されます。それにより筋肉の収縮が生じます。RyRの機能が悪いとCa2+が漏れることになります。
RyRには3つのグループがありRyR1は骨格筋、RyR2 は心筋、RyR3は脳にあります。
(*)細胞質基質(Cytosol): 細胞内の部分の呼称で、細胞質から細胞内小器官を除いた部分を言います。
RyR1の突然変異
筋肉の弛緩しサルコメアが通常の長さに戻るためにはCa2+が速やかにアクチンから除去されなければなりませんが、これに関わるRyR1サブユニットには突然変異の型があり、今日、分かっているだけでもこの受容体に100を超える突然変異が報告されています。
これらの中にはCa2+を通常のものよりも通しにくいというのものから、たくさん通してしまうものまであり、再取り込みの能力を超えた量のCa2+を漏らすようなRyR1の変異を持つ人はその漏れる程度を反映して、凝りやすさの程度が左右されると考えられます。
単なるコリのレベルを超えた機能異常を示す変異型を持つ場合、病気として出てしまいます。添付の論文(*1)のように致死率の高いmalignant hyperthermia(悪性高熱症)や、ミオパチーと呼ばれる筋疾患などです。
(*1)はRyR1の突然変異についての論文です。
Malignant hyperthermia (MH:悪性高熱症)という、RyR1タンパクを構成する遺伝子に変異があるため高熱が出てしまうという病気についてです。
このMHという病気は吸引麻酔や高温環境での強い運動などがきっかけとなりRyR1が過剰に働くようになってしまいCa2+がたくさん分泌されてしまうということなので、日常での「コリ」そのものについての話ではありませんが、この論文内で受容体の変異型について触れられています。
木村資生氏の中立進化説が説いているように、生命にかかわるような重大な突然変異でなければ自然淘汰の直接の対象とならないため様々なバリエーションが生じることが許されます。
また、たとえ生命にかかわるような重大な突然変異であったとしても、生殖期以降(多くは中年以降)に現れるような病気はすでに次の世代に受け継がれてしまっているのでこういった病気も自然淘汰の対象にはなりません。したがって、現在先進国の多くで成人期以降に人々が患う病気(ガン、認知症、膠原病…などなど)は自然淘汰によって消えていくことは残念ながらありません。
(*1) Malignant Hyperthermia: Clinical and Molecular AspectsHipertermia Maligna: Aspectos Moleculares e ClínicosHipertermia Maligna: Aspectos Moleculares y Clínicos : Ana Carolina., et al., Volume 62, Issue 6, November–December 2012, Pages 820-837
Malignant_Hyperthermia_RyR1_Ca_muscle_damage
2.ATP感受性K(カリウム)イオンチャンネル
筋硬結がどのように形成され維持されるかという問いについて、もう一つのカギがATP感受性Kイオンチャンネル(KATPチャンネル)に見つけられます。
KATPチャネルは、細胞内ヌクレオチド、ATPおよびADPなどの物質の濃度によって開閉されるK+チャネルの一種です。KATPチャネルは細胞膜に存在します。
具体的には、細胞内のATPが生理的レベルにある場合および増加した場合チャンネルが閉鎖します。逆に、虚血や低血糖、低酸素症などでATP濃度が下がるとチャンネルが開いて活性化したKATPチャンネルはCa2+のSRから細胞質基質への流入を抑制します。
KATPチャンネルが開くとなぜCa2+の流入が抑制され細胞内のCa2+が減少するのか、というのが一見分かりにくいですが、KATPチャンネルが開くことにより、膜電位が過分極して電位依存性のCa2+チャンネルが開きにくくなり、SRから細胞質基質へのCa2+流入が減少するのでその結果細胞内のCa2+濃度が低下する、という仕組みです。
逆に、ATP濃度が増加し、KATPチャネルが閉じると脱分極が生じ、これが電位依存性Caチャネルを開き、Ca2+が流入します。
Ca2+の減少はCa2+過剰のリスクを最小限にし、活性酸素の発生も減らすというメリットがあるのでKATPチャンネルが程よく調整されていることは身体を守ることになります。
通常、KATPチャンネルはカルシウムイオンの流入量を多くさせ過ぎないことで筋線維のダメージや筋収縮不全を防ぐのに重要な役割を果たしています。この機能が弱いとカルシウムイオンが多くなってしまい、コリ・筋線維のダメージにつながります。
しかし逆に、KATPチャンネルの強い活性は、SRからのCa2+の放出を減少させるので、筋の発揮する力が弱く、容易に疲労してしまうことになります。
以下、この点について、主にマウスについてですが報告されていますのでいくつかご紹介いたします。
- KATP欠損マウスは筋線維の短縮を起こしやすく、カルシウムイオンが容易に増加し、刺激されると過剰に力み、回復が遅いことが報告されています。(*2)
この論文によれば、
「KATPの働かない(欠損)マウスを用いた実験で、
運動ですぐに疲労し、筋肉細胞には収縮不全が見られた。Ca2+の増加があると筋線維は極度の収縮をし、疲労からの回復の能力が低かった。収縮不全と易疲労はCa2+不足のためと考えられる」
とされてます。
- KATPの機能損失は筋肉疲労でのエネルギー代謝に異常が生じ容易に疲労する(*3)
また、Tricarico.2016(*4) では
- KATP活動が弱くなると筋出力の低下を招くこと
- 運動疲労の回復の遅延
- KATPサブユニットの突然変異は、強度のある運動や反復運動においてカルシウムイオンの調整機能低下や損失になりうる。よって、筋肉繊維の損傷や、長引くアクチンミオシンの結合、そして筋短縮を招くことになる。
筋線維の傷害はやがて痛みにつながっていきます。
突然変異による機能異常が重度の場合
ちなみに、コリとは関係ありませんが以下の疾病が生じます。
- KATPのサブグループであるKCNJ11 や ABCC8の遺伝子の突然変異 → 新生児糖尿病や先天性高インスリン症
- KATPのサブグループであるSUR1 SUR2A/Bの突然変異 → パーキンソン病やアルツハイマー型認知症
- 他のサブグループ(KCNJ8やABCC9)の突然変異 → 乳児突然死や心筋症、筋肉-骨格異常を含む多臓器障害のCantu症候群を引き起こす
*またこの論文で説明されているように、このチャンネルの活動は加齢により変化(機能低下)するので年を取ると疲労回復しにくくなる、あるいはコリやすくなるということの一因かもしれません。
(*2)KATP channel deficiency in mouse flexor digitorum brevis causes fibre damage and impairs Ca2+ release and force development during fatigue in vitro.: Cifelli C., et al., J Physiol. 2007 Jul 15;582(Pt 2):843-57. Epub 2007 May 17.
(*3)KATP channel deficiency in mouse FDB causes an impairment of energy metabolism during fatigue: Kyle Scott, et al., Am J Physiol Cell Physiol 311: C559–C571, 2016.
(*4)ATP Sensitive Potassium Channels in the Skeletal Muscle Function: Involvement of the KCNJ11(Kir6.2) Gene in the Determination of Mechanical Warner Bratzer Shear Force.: Tricarico D., et al., Front Physiol. 2016 May 10;7:167.
ATP_Sensitive_Channels_in_the_Muscle
まとめ
体質的に筋肉が凝りやすい人、凝りにくい人の違いの差が生じる原因の一部としてこのような
RyR1-Ca2+チャンネルにおける突然変異、
あるいは、K-ATPチャンネルのサブユニットの遺伝子コードにおける突然変異、
が挙げられます。
メカニズムは異なりますが、いずれにせよカルシウム代謝の機能低下という形で筋硬結、つまり「凝りやすい体質」となって現れることが考えられます。