ポリモーダル受容器の実体_ TRPチャネル
近年明らかになってきた「ポリモーダル受容器の実体」と、「刺激をキャッチし電気信号に変換」する仕組みについてご紹介いたします。
当院では治療対象として感作したポリモーダル受容器に正確に刺激を入れることを旨として治療を行っています。
ポリモーダル受容器は主に、二次痛を受容します。ジワーとくる痛みです。治療の場面においては、マッサージにおける「いた気持ちいい」、鍼における「響き」などがポリモーダル受容器の興奮による二次痛と考えられます。
ポリモーダル受容器とはで、ポリモーダル受容器の性質についてご紹介いたしました。
・受容器であり、効果器である。
・受容器としては機械・熱・化学刺激を受け取り、
・効果器としては血管拡張、血管透過性亢進、ヒスタミン放出等…
・感受性が容易に変化すること(感作)
これらの多岐にわたる性質を一つの組織が受け持つのは、非常に特殊なことであることをご紹介いたしました。
これらはポリモーダル受容器のマクロ的側面といえます。
身体に何らかの異常(侵害刺激)が生じると痛いと感じますが、その刺激を実際にキャッチしているのは感覚神経(C線維・Aδ繊維)の末端部(=自由神経終末)にあるポリモーダル受容器と高閾値機械受容器ですが、これらは生理学的実験により性質の違いが明らかにされたことから導き出された概念上の受容器です。
しかし、近年の神経生物学の発展に伴い、この受容器が遺伝子レベル、タンパク質レベルでの解明され始め、概念上の存在から、実体的存在として把握できるようになってきました。
ここでは最近解明されつつある、ポリモーダル受容器の分子実体について、つまり、ポリモーダル受容器のミクロ的側面について、ご紹介いたします。
要点
ポリモーダル受容器は、形態学的には自由神経終末と呼ばれる特殊に分化した構造を持たない(未分化)受容器で、全身の皮膚(表皮下)、筋肉、筋膜、内臓など広範な組織に存在します。
その実体は細胞膜に内蔵されたTRP( transient receptor potential:トリップと呼ばれる)チャネル受容体です。
各受容器の末梢側の神経終末部分の軸索のむき出し部分(神経細胞膜)の上に様々な種類の特異的な受容体(T R P V1 受容体、B K 受容体…など)が存在し、それぞれ特殊な構造を持つこと、その構造の違いにより働きも異なることが近年の分子生物学の進歩から徐々に明らかにされてきてきています。(図1:一次神経終末のイメージ)
侵害受容器の分子実体として、温度、圧、ph、化学物質などに応答するイオンチャネルが次々と明らかとなり、その多くがTRPチャネルです。
痛みは「侵害受容器が活性化」することにより発生しますが、「侵害受容器の活性化」とは、TRPチャネルが刺激を受けそれを電気信号に変換することを意味します。
中でも痛みにおいてはTRPV1が特に重要です。この分子はC線維、Aδ繊維の双方に発現しており、ポリモーダル受容器として機能しています。
(図1:一次神経終末のイメージ)
TRPチャネル発見の歴史
TRPチャネルは1989年にショウジョウバエのtrp遺伝子が同定されて以来、世界中で精力的に研究されてきました。カルシウムイオンの透過性の高い非選択性陽イオンチャネルとして多彩な細胞機能に関わることが明らかになりました。
1997年に、一次求心性神経上に発現して急性痛を感知するTRPV1(transient receptor potential vanilloid 1)チャネルが発見され、引き続いて多くの痛み受容に関与するイオンチャネルが明らかになりました。
機械刺激の感覚を認識する受容体は長らく不明でしたが、2010年には、これを感知するイオンチャネルとしてPiezo遺伝子が同定されPiezo1、Piezo2と呼ばれるイオンチャネルが、膜の張力変化に応じてカルシウムイオンを透過させることで当該機構を担っていることが証明されました。
TRPチャネルは大きな機能的多様性を有するイオンチャネルファミリーを形成することが示されてきました。
TRPV1は痛みだけではなく、痒みやしびれといった感覚にも関与します。
他にもTRPA1が痛みやしびれ、異常感覚に関与し、
TRPM2が痛みの慢性化に関係すること、など次々と新しい発見がなされてきました。
ポリモーダル受容器を構成する受容体
以下は、ポリモーダル受容器を構成する受容体についての表です。
ポリモーダル受容器が様々な刺激を受け取ることができるのは、下記のように様々な受容体を持っているからです。
受容体 | 適合刺激 |
B1、B2 | ブラジキニン |
5-HT3、5-HT2A | セロトニン |
P2X3 | ATP、ADP |
H1 | ヒスタミン |
PGE2 | プロスタグランジン |
ASIC2a | 低閾値機械刺激 |
ASIC3 | 機械刺激 |
TRPV1 | >43℃ |
TRPV2 | >52℃ |
TRPV3 | >30-39℃ |
TRPV4 | >27℃ |
TRPM8 | <27℃ |
TRPA1 | >17℃ |
*温度刺激については、哺乳類では6つの温度感受性TRP チャネル(TRPV1、TRPV2、TRPV3、TRPV4、TRPM8、TRPA1)が知られています。
*機械刺激に対する受容チャネルについては未解明な部分が多いです。
ポリモーダル受容器の細胞膜に組み込まれているTRPチャネルは、ナトリウムイオンやカルシウムイオンを透過させる非選択性陽イオンチャネルであり、6 つのサブファミリー(TRPV, TRPC, TRPM,TRPA, TRPP, TRPML)に分類される、27 チャネルで構成される膨大なチャネル群です。これにより色々な刺激に反応することができます。
中でも痛みにおいてはTRPV1が特に重要です。この分子はC線維、Aδ繊維の双方に発現しており、カプサイシン、43℃以上の熱、酸(プロトン)にも感受性をもち、現在最も研究が進んでいるTRPチャネルの一つです。
TRPV4 は機械痛み刺激を受容すると報告されており、TRPA1 はマスタードオイルやわさびによっても活性化することが分かっています。
*鍼刺激によるフレア反応はTRPV1を興奮させた反応と考えられます。
鍼の刺入により局所に生産される炎症メディエーターがTRPV1を興奮させると考えられています。つまり、鍼刺激は機械刺激でなく化学刺激としても作用している可能性があります。
→ 鍼の刺入や手技に伴うケラチノサイトなどの細胞損傷により、放出された炎症メディエーターがTRPV1を感作させることで、体温付近の温度で興奮が起こり、フレア反応を誘発している、という説明になります。
痛み受容器において侵害刺激が電気的信号に変換される機構
痛みは、痛み刺激が侵害受容器によって電気的な信号に変換され、末梢求心神経の軸索上を伝わり、さらにその情報が脊髄、視床を経て大脳皮質まで伝達されて痛みとして感じられます。
基礎的説明
*通常、「電流」と言う場合、金属の中を「電子」が移動することを意味していますが、生体の電気現象では「電子」ではなくて、「イオン」(ナトリウムイオンやカルシウムイオン)の移動によって電流が生じます。
*神経線維の静止膜電位は-70 mV前後。静止時は外側が(+)に、内側は(-)に分極しています。
神経が興奮すると、細胞膜のNa+の透過性が増大し、Na+が流入し、外側が(-)、内側が(+)に荷電して脱分極し、活動電位が発生します。
神経終末において、刺激によるTRPチャネルの活性化による陽イオン流入が、膜電位を変化(受容器電位)させ、脱分極(*1)から電位作動性 Na+チャネルの活性化を引きおこし起動電位(*2)が発生し、それが閾値以上になると、活動電位 action potentialを発生させます。
(*1)細胞膜電位(通常マイナスに保たれている)がプラス方向に変化することを言います。
(*2)活動電位を引き起こす原因となる電位を起動電位 generator potential といいます。神経性の受容器では、受容器電位が起動電位となります。
受容器電位 (receptor potential)は刺激の経過に応じた脱分極によるアナログ信号です。
刺激が強くなって、脱分極(起動電位)が閾値以上になると、活動電位 action potentialを発生させますが、これはデジタル信号です。
活動電位は、軸索を伝わり、終末のシナプス部まで伝導します。
つまり、侵害受容器は、刺激―アナログ信号―デジタル信号 という情報変換をおこなう分子ということです。
刺激の強さが痛みの強さに変換される仕組み
侵害刺激が強いほど痛みは強くなることは誰もが経験して分かっていることですが、活動電位の大きさは変わらないはずです。それではこの刺激の強さはどのように強い痛みとして表象されるのでしょうか?
刺激が痛みの受容器終末に到達したとき、そこに刺激の強さに応じた段階的な電位(受容器電位)が発生し、それが電位依存性Naチャネルの活性化閾値を超えると全か無かの法則に従う活動電位が生じますが、その頻度が受容器電位の大きさに比例すると考えられています。
*基礎的説明
エードリアンの法則 Adrian’s lawというものがあります。
→ 刺激の強さが増すにつれて、感覚神経から記録されるインパルスの頻度が増し、また放電活動する線維の数も増加する。
刺激の強弱は軸索中を通過するパルス数/秒に変換されます。
(図2:侵害受容器終末における段階的受容器電位の発生と活動電位の放電頻度への変換)
ポリモーダル受容器を構成する分子チャンネルは、トランスジューサー(刺激のエネルギーを電気信号に変える変換器)の働きをします。刺激の強さに比例した受容器電位が発生し、その結果電位依存性Naチャネルを活性化して受容器電位に比例した頻度の活動電位が生じることになります。
このようなトランスジューサー、イオンチャネルが1つの神経終末上に複数分布しているのでポリモーダル受容器は複数の刺激に反応することができます。
ポリモーダル受容器の機械刺激に対する反応は、多少頻度の低下を伴いながらも刺激が持続している間ずっと放電を続けます。
ポリモーダル受容器の特殊な性質の一つとして感作(感受性・反応性が変わること)が挙げられます。この変化しやすさ(可塑性の高さ)は痛みの厄介な性質の一つとして知られています。
もちろん、中枢性(脊髄や脳)で生じる変化もあるのでポリモーダル受容器だけの問題ではありませんが、以下のように受容器が変化(末梢性の感作)することが明らかにされています。
例えばTRPV1 受容体は通常43℃程度の高温で活性化しますが、炎症時にはプロスタグランジンE2をはじめとした炎症性メディエーターの介入でタンパク質リン酸化酵素(PKA, PKC)が活性化し、TRPV1をリン酸化することでTRPV1の活性化温度閾値が低下します。
他にもブラジキニン(BK)(*1)がBK 受容体に作用すると、TRPV1受容体がリン酸化され活性化温度閾値は体温以下(32 度)にまで低下することが明らかになっています。
こうなると体温で痛いということになります。
この閾値の低下が急性炎症時に見られる炎症性疼痛の分子メカニズムであり、TRPV1が体温で活性化することにより痛みが惹起されるというのがその正体です。
ブラジキニンの他にも、ヒスタミン、ATPなど炎症性メディエーターの関与でTRPV1をリン酸化することで感作が生じます。
(*1)ブラジキニン(BK)は、侵害刺激を伝えるポリモーダル受容体の最も強い刺激物質、最も低濃度でポリモーダル受容器を活性化させる物質であることがわかっています。
ブラジキニンのB1受容体は、正常時には一次感覚ニューロンに発現していませんが、炎症等により新たに発現することが明らかにされています。その変化は意外に早く、炎症が数時間から数日続くとブラジキニンB1受容体の新生が起こることが報告されています。