鎮痛パラドックス – 雀琢でなぜ脱感作が生じるのか?

鎮痛パラドックス ― 「雀琢」でなぜ脱感作が生じ、痛みが減っていくのか?

 

議論の背景

当院では感作ポリモーダル受容器を狙って鍼やマッサージを行うという治療を提供させていただいております。コリを成す部位のポリモーダル受容器は敏感になっており(いわゆる圧痛点と呼ばれる状態)、押されたり鍼が当たると響きます。コリの程度が悪い場合は結構痛いです。

しかしその後コリは緩み、痛みもなくなります。

痛いことをすれば余計痛くなるというのなら分かりますが、痛み、つまり侵害刺激がなぜその後の鎮痛につながるのか、考えてみると大変不思議なことです。

 

鍼やマッサージの刺激で

「ポリモーダル受容器が刺激を受けた後に生じる一連の反応(神経性炎症)」や、

「脳などの中枢神経の関与による鎮痛(鍼鎮痛・下行性疼痛抑制)」

が引き起こされることについては他述しておりますが、ここでは少し異なる場面を想定しています。

 

たとえば、整形外科などで処方されるカプサイシン入りの湿布がありますが、カプサイシンは痛み物質です。痛いところに痛み物質を与えることがれっきとした治療というのはどのようなことでしょうか?

鍼で言うと、とても硬いコリやそれを包む筋膜に当たった瞬間、大変強く響きます。

しかし、少し間を置いて、雀啄(同じ場所で鍼を浅⇔深の方向に動かすこと)すると同じコリに当たっても初回よりも2回目、2回目よりも3回目、3回目よりも…と、回を追うごとに痛みが出なくなっていきます。いわゆる不活性化、脱感作が生じます。

 

痛い場所に、カプサイシンや鍼という侵害刺激を繰り返し与えるという、一見、傷口に塩を塗るような行為で痛みが消えるというのは、大変不思議なことです。

↓ カプサイシン適用後の皮膚の様子

カプサイシン適用後の皮膚・フレア反応

Fig.2.B – Capsaicin-Induced Skin Desensitization Differentially Affects A-Delta and C-Fiber-Mediated Heat Sensitivity.; Sabien G. A. van Neerven* and Andre´ Mouraux., Frontiers in Pharmacology., 1. May 2020.Vol. 11. Article 615.

 

理由は分からずとも先人たちもこのことに気づいていて、アフリカでもアジアでも痛みの治療に使われてきました。南アメリカではBC4000にはトウガラシの医療使用が行われてたといいます。はっきりと記録に残っているものとしては12世紀にアステカ文化でのチリ・ペッパーの使用が挙げられます。

Mechanisms and clinical uses of capsaicin.; Sharma, S.K.; Vij, A.S.; Sharma, M.,  Eur. J. Pharmacol. 2013, 720,55–62.

 

ちなみに痛み物質として知られるサブスタンスP(SP)も繰り返し投与で脱感作が生じることが報告されています。

Desensitization to substance P following intrathecal injection. A technique for investigating the role of substance P in nociception, J Sawynok, G Robertson, Naunyn Schmiedebergs, Arch Pharmacol . 1985 Nov;331(2-3):152-8.

 

本来、痛みというものは、その可塑性という厄介な性質のため、継続しているとひどい慢性痛になるはずではないのか?

度重なる痛み刺激により侵害受容器が敏感化することはよく知られています。侵害受容器の自発的な活動が増強したり、活動電位が生じるための閾値が低下(つまり興奮しやすくなる)したり、閾上刺激に対する反応(電位発火)が増加するという事が起こります。

このような末梢侵害受容器の敏感化と脊髄後角における可塑的変化とが相まって、脊髄(や脳)の長期的興奮を引き起こしアロディニアや痛覚過敏症となりうることが報告されています。

Urban L, Thompson SWN, Dray A. Modulation of spinal excitability: co-operation between neurokinin and excitatory amino acid neurotransmitters. Trends in Neurosciences 1994; 17: 432–438.

 

このように、一方では痛みが鎮痛(脱感作)を起こし、他方では痛みがより厄介な痛みを引き起こす、という相矛盾するように見える現象に、長年不思議だと思いながらもはっきりとした答えを持たないまま治療に当たってきましたが、このことについての研究を調べてみました。

 

ポリモーダル受容器と鍼灸マッサージ治療についていくつかのコンテンツをご紹介してまいりましたが、感作されたポリモーダル受容器がなぜ痛み治療の対象とされるべきかについての完結的な内容でもあります。

 

ここでご紹介している知見は、主に「カプサイシン」などを用いて得られた鎮痛メカニズムについてのものです。

本当は鍼刺激(機械刺激)でそのような研究が行われていれば一番良いのですが、残念ながらありません。

しかし、「刺激」がポリモーダル受容器のいずれかの「TRPチャネル」を活性化し、「脱感作」を生じるという点では同様ですので、カプサイシンの適用により脱感作に至るメカニズムは、鍼治療(の雀琢などの手技)で生じる脱感作を理解する上で大変参考になると思われます。

 

内容

カプサイシンについて

痛みの発生

カプサイシンの適用と鍼の雀琢との類似点

脱感作について

脱感作のメカニズム

鍼治療との関係

 

カプサイシンについて

カプサイシンはご存じの通り、トウガラシに含まれる主要な辛み成分、痛みを引き起こす発痛物質です。

構造的にカプサイシンは、辛みを引き起こすのに重要なhomovanillic acid(ホモバニリン酸)のグループを含んでおり、バニロイド化合物と呼ばれています。

 

痛みの発生

他述の通り、痛み(2次痛)は侵害刺激がC線維・Aδ繊維末端のポリモーダル受容器に発現するイオンチャネル(TRPV1など)を活性化することによって生じます。

カプサイシンによって感覚神経(C線維・Aδ繊維)末端のポリモーダル受容器の分子実体をなすTRPV1が活性化すると、神経が興奮し焼けるような痛み(灼熱痛)が引き起こされます。

人に対するカプサイシン注射は即時に焼ける痛み(有害温度刺激、ある種のニューロパシーの痛みと似た)を引き起こします。

 

カプサイシンの適用と鍼の雀琢との類似点

カプサイシンの適用は、初めは疼痛を引き起こしますが、繰り返し適用していると脱感作を生じ痛みが減少します。そして高濃度を適用した場合にはC線維の信号伝達をブロックし長期にわたる痛み感覚喪失が起こります。

鍼の場合、硬結への最初の刺激は痛み(響き)を引き起こしますが、繰り返し刺激(=雀琢)していると脱感作を生じ痛みが減少します。そしてコリの芯にしっかり刺激(≒高濃度カプサイシン)が入るとC線維の信号伝達をブロックし長期にわたる痛み感覚喪失がおこる、という具合に臨床現場でいつも遭遇する場面に非常によく似ています。

カプサイシンと鍼刺激を、どのTRPチャネルが受け持つかは別として要するにTRPチャネルが活性化し、脱感作が生じるという点では同様の現象と見ることが出来ます。

 

この時に具体的に何が起こっているのかを見ていきます。

 

脱感作について

脱感作は2つに分類できることが報告されています。

1・長期的、繰り返しの適用、あるいは高濃度の適用がカプサイシンへの反応をだんだん弱くしたり喪失させる。=固有の意味の脱感作。

2・カプサイシンの刺激が他の刺激に対する反応を減少させたり、喪失させる。=機能的脱感作。

 

これらは同時に起こることも多いですが、現象的には別のもので、低濃度のカプサイシンを適用した時には前者だけが生じることが多いようです。

後者は特に高濃度のカプサイシン適用で見られる現象でカプサイシンの鎮痛や抗炎症効果の基礎となると考えられるものです。

 

また、別の視点からも脱感作を分けることが出来ます。

鍼で言うと、

1・ポリモーダル受容器が刺激を受け神経性炎症が生じ、一連の治癒過程が完了したことで生じる脱感作

2・雀琢を行っているうちに生じる脱感作

 

1はポリモーダル受容器の効果器としての働きにより、血管拡張、血管透過性亢進、線維芽細胞の増殖…などにより筋硬結が解消され発痛物質や炎症物質が除去され、痛みや感作の原因がなくなることで生じる脱感作で、(少なくとも数時間~)1,2日のスパンで生じる現象と考えられます。

2が今回のテーマで、同じ部位に繰り返し刺激を入れることで生じる脱感作で、数十秒(~数分)のスパンで生じる現象と考えられます。

 

 

脱感作のメカニズム

カプサイシンや他のバニロイド(複合物)系の物質の反復適用により、侵害受容器神経終末に発現しているTRPV1が局所的影響を受け生じる脱感作について、Mark. A, 2010.は以下の4つのメカニズムの複合的な寄与を挙げています。

1:脱感作はカルシウムに依存した現象である。カプサイシン適用を継続していると、(内向き)電流反応が減少する。

カプサイシンが反復的に適用されている時、だんだん反応は小さくなるが、それはtachyphylaxis(タキフィラキシー)と呼ばれる。

*タキフィラキシー (tachyphylaxis)とは、脱感作のうち、特に急性のものを指します。 薬剤の反復投与により薬剤が急速に効果を失う場合など。これを脱感作と呼び、実験的には高濃度の薬剤が作用部位に長時間留まることが原因で発生します。

 

2:反復的あるいは継続的なカプサイシンの適用は侵害受容器の機能不全を生じる。このような過剰なカルシウムの流入・放出という条件下では、他の痛み伝達(変換)受容器チャネルが不活性化される可能性がある。

これはTRPV1機能の及ぶ範囲を超えて生じる鎮痛効果を説明しうる。

つまり、TRPV1以外のチャネルも働かなくなるので熱・機械・化学刺激全般に対する反応が生じなくなることになります。

 

3:カプサイシンにより侵害受容器神経終末からの神経ペプチド(SP,CGRP)の枯渇が引き起こされる。そして、高濃度あるいは反復適用は中枢と末梢の終末の両方で枯渇が生じることが示されている。

神経ペプチドが枯渇すれば当然、痛み情報を上位(脊髄・脳)に伝達することが出来なくなり、痛み感覚が生じなくなります。

*確かに響きを意図的に長引かせた場合、その後に疼痛閾値が上昇している場合がとても多いので、当院としてはこの記述は大いに首肯できます。

 

4:TRPV1が崩壊される。

カプサイシンなどのバニロイド化合物が感覚神経にアポトーシスを誘発する。

神経終末で発現しているTRPV1構造の崩壊により疼痛が減少する。

 

また、K. Bley, 2013 によれば、

局所カプサイシン適用は、神経線維の密度を減少させ活動の閾値を上昇させる。

その脱感作に至るメカニズムはTRPV1活性によるカルシウムの過剰、そして直接的にミトコンドリアへの毒性により侵害受容器への高度に局所的な損傷を引き起こすことによる、

としています。

 

TRP Channels in Pain and Inflammation: Therapeutic Opportunities.; Mark A. Schumacher., Pain Pract. 2010 ; 10(3): 185–200. doi:10.1111/j.1533-2500.2010.00358.x.

Effects of Topical Capsaicin on Cutaneous Innervation: Implications for Pain Management.; Keith Bley., The Open Pain Journal, 2013, 6, (Supple 1: M9) 81-94

 

 

これらを裏付ける様々な研究が行われています。( → それについての詳細はカプサイシンと鎮痛・脱感作についての研究例のページでご紹介します。)

 

理解の助けとして

脱感作のイメージ

脱感作のイメージ

Fig.2. – Capsaicin and pain mechanisms.; J. WINTER, S. BEVAN AND E. A. CAMPBELL., British Journal of Anaesthesia 1995; 75: 157–168.を改変。

 

カプサイシン適用後の神経線維の数

カプサイシン適用後の神経線維の数

Fig.1 ‐ Effects of Topical Capsaicin on Cutaneous Innervation: Implications for Pain Management; Keith Bley, The Open Pain Journal, 2013, 6, (Supple 1: M9) 81-94.

A. Qutenzaというカプサイシン製薬を  60 分間適用(適用前と7日後の神経線維の様子)

B. 皮膚神経線維(intra-epidermal nerve fiber :IENF)の数の変化 – 24週かけて戻っていく

 

カプサイシン適用後の神経ペプチドの枯渇

カプサイシン適用後の神経ペプチドの枯渇

Fig.4 – Intradermal injection of capsaicin in humans produces degeneration and subsequent reinnervation of epidermal nerve fibers: correlation with sensory function.; Simone DA, Nolano M, Johnson T, Wendelschafer-Crabb G, Kennedy WR., J Neurosci. 1998; 18:8947–8959.

通常時、カプサイシン適用1週間後、4週間後のサブスタンスP(SP)とCGRPの様子

 

ここまでのまとめ

研究結果から言えることについて概観した後、鍼刺激との関係について考えてみます。

総じて、

・TRPチャネルの活動は適用するカプサイシンの量(濃度)に依存します。カプサイシンが多いほど侵害刺激が強く、痛みは強いということが言えます。

・カプサイシンによる鎮痛効果も、適用する量(濃度)により異なり、多いほど効果は高く、期間も長く続きます。

・脱感作は、カルシウムイオンに依存した現象です。カプサイシンがアゴニストとしてTRPV1チャネルに結合することで細胞内にカルシウムイオンが流入し電位が上昇します。起動電位が閾値を超え活動電位が生じると、初期段階では神経ペプチドが放出されますが、その後は放出されなくなります。

カルシウムが細胞環境から除去されていると脱感作は生じないので脱感作はカルシウムに依存したプロセスといえます。

拮抗物質によりカルシウムの働きを積極的に阻害したり、細胞内にカルシウムが十分に存在しないと機能的脱感作も生じないことからカルシウムイオンの存在が不可欠であることが分かります。

・カプサイシンにより脱感作が生じると、たとえ神経内に神経ペプチドが存在していたとしても侵害刺激を与えてももはや神経ペプチドは放出されなくなります。つまり、同レベルの侵害刺激を受けても痛み感覚が生じない事になります。

・カプサイシンにより、神経ペプチドの枯渇、神経組織に何らかの損傷を与えることが示されています。

カプサイシンの影響・効果は連続的で神経の興奮から神経細胞死まで生じます。

多くの脊髄後根神経はカプサイシン治療により変性を起こします。高濃度の全身注射を行うと多くのC線維神経の終末が死滅しますが神経細胞は死ぬわけではなく活発に再発生を試みます。

その時、神経ペプチドの枯渇、神経線維の変性(形態学的変化)、TRPV1やC神経線維の損失・破壊、ミトコンドリアの機能機能不全などが生じていることが報告されています。

・カプサイシンにより活性化するとTRPV1は開きNa、Caイオンを流入させます。

TRPV1は開くとカルシウムを良く通します。細胞内に過剰カルシウム状態を作ります。

ミトコンドリアは感覚ニューロンにランダムに分布しているわけではなく、エネルギー消費の多い部位に偏って存在する。例えば、感覚変換の部位、つまり終末のところに多く分布します。

過剰のカルシウムはミトコンドリアの機能不全(電子伝達系の働きを直接的に抑制)を引き起こします。

カルシウム過剰によるミトコンドリアの機能の損失と働き抑制は、神経組織の維持を困難にし神経終末の崩壊を招きます。

 

鍼治療との関係

鍼刺激がポリモーダル受容器(C線維・Aδ繊維)を興奮させますが、その時、機械刺激(あるいは化学刺激)を受容するチャネルが反応していることになります。

ご紹介したMark, 2010. ではカプサイシンを受容によるTRPV1チャネルの活性と脱感作について論じていますが、おそらく鍼治療による機械刺激で(雀啄などで即時に)生じる脱感作に至る過程も同様のメカニズムによるものと考えられます。

 

*TRPV1は、カプサイシン熱刺激で活性化することが明らかになっています。最近の研究で、機械刺激の痛覚過敏や神経因性疼痛に対する関与の可能性が示唆されています。

 

*鍼による機械刺激は、C線維・Aδ繊維終末に存在するTRPV1チャネルを活性化させるという報告があります(TRPV1 Expression in Acupuncture Points: Response to Electroacupuncture Stimulation; Therese S. Abraham, et al., J Chem Neuroanat. 2011 April ; 41(3): 129–136.)

他にも、機械刺激を受容するとされるチャネルとしてPiezoチャネルなどがありますが、これらと鍼刺激の関係は不明です。Piezoチャネルはメルケル細胞などに存在すること、(従って)軽い触刺激を受容することが報告されています。軽いマッサージの刺激はPiezoチャネルで受容していると考えられます。(1:”Piezo2 integrates mechanical and thermal cues in vertebrate mechanoreceptors”; Wang Zheng, Yury A. Nikolaev, Elena O. Gracheva, and  View ORCID ProfileSviatoslav N. Bagriantsev.PNAS August 27, 2019 116 (35) 17547-17555.

2: “Piezo2 is the major transducer of mechanical forces for touch sensation in mice”; Sanjeev S. Ranade, Seung-Hyun Woo., Nature. 2014 Dec 4; 516(7529): 121–125.

3: “Piezo2 is required for Merkel-cell mechanotransduction”; Seung-Hyun Woo, Sanjeev Ranade, Andy D Weyer., Nature. 2014 May 29;509(7502):622-6. 等 )

 

*鍼によるフレア反応については、TRPV1チャネルによると報告されています。

 → 鍼灸刺激で誘発されるフレア反応に関与する受容体の検討 ; 神田 浩里, 岡田 薫, 川喜田 健司, 全日本鍼灸学会雑誌/60 巻 (2010) 5 号/

 → 鍼灸刺激で誘発されるフレアー反応 ; 川喜田健司, 岡田薫, 北小路博司.. 全日鍼灸会誌. 1991; 41(4): 398-9. など。

 

2つのメカニズム(「刺激による脱感作」と「神経性炎症」)がバッティングする場面

四十肩・五十肩の初期(急性炎症の状態)など、熱感のあるとき、

あるいは、ぎっくり腰(急性の腰椎捻挫や背筋の肉離れ)といった急性の炎症時、

下手に局部を刺激すると余計に痛くなることがあります。

 

まず大原則として、

急性炎症の持つ意味を考えた場合、すでに身体が修復作業に入っている訳ですからそれ以上、損傷部位に対しては治癒を促すための刺激を入れる必要はない、という事になります。

ただ、理論的には、このような場合でもTRPV1チャネルに対してはカプサイシン適用、Piezoチャネルに対しては鍼刺激など、を行えばポリモーダル受容器の不活性化(刺激による脱感作)により痛みを消す(軽減する)ことが出来るはずです。

 

痛みを消そうとしてポリモーダル受容器を脱感作させるために刺激を入れるが、その刺激が一方では新たな神経性炎症を引き起こすことになります。そして炎症はポリモーダル受容器を感作させ、より痛みを強くするという事になります。しかし、それよりも早く脱感作させてしまえば痛みは完全に消えるはず…堂々巡りで北欧神話のウロボロスの蛇のような自己言及的な現象です。

実際にこれが困難なのは、患部はある一定の体積・面積を持っており、その範囲内に存在する膨大な数の受容器・チャネルが活性化しているはずで、常識的な施術時間内ですべてのチャネルを不活性化しきれないからではないかと考えます。(もし好きなだけ時間を与えられてすべてのポリモーダル受容器を不活性化・脱感作できれば理論上は痛みは無くなるはずです。)

このような場合は、その部位の直接刺激を避けて鍼鎮痛を促す治療が無難と考えられます。ただし、鍼鎮痛に関するコンテンツでご紹介している通り、鍼鎮痛は体質的にすべての方で効果が出るわけではないので悩ましいところです。特にギックリ腰のように、痛みの程度がかなり強い場合に、その痛みを打ち消すだけの高い鍼鎮痛を生み出せる体質の持ち主が人口全体の何%いるのか、という視点で考えると分の悪い賭けであると言えそうです。

 

脱感作を上手に引き起こすには

K. Bley, 2013 によれば、

脱感作は、カプサイシンの濃度と継続時間、あるいは適用回数(例えば、Qutenza8%という製品の適用であれば60‐90分が一般的に最適な効果を生む。30分では不十分。)などの総合で決まる臨界点がある

カプサイシンにより機能低下(不全)と変性を引き起こす、神経終末に変性・損傷をもたらす臨界点まで持っていくことが痛みの除去を生む

という事になります。

鍼治療で考えた場合、小さな刺激で治療回数を重ねてコツコツと脱感作にもっていくのか、ワンショットで片づけるのか、ボクシングの軽量級とヘビー級の試合の違いのような感じですが、軽量級のファンもいれば、ヘビー級のファンもいるように、それぞれの治療院の方針と患者様のご希望との間で決まるものだと思います。

一つ言えるのは、次回の治療で確実に全く同じポイントをヒットできる確率の低さを考えると、(しっかりと治療点に当たっていなければ雀琢も何もありませんが)雀琢せずに抜鍼するのはあまり賢い方法とは言えないかもしれないという事です。

 

脱感作・鎮痛に至る臨界点のイメージ

脱感作に至る臨界点

Fig.4. – Effects of Topical Capsaicin on Cutaneous Innervation: Implications for Pain Management; Keith Bley, The Open Pain Journal, 2013, 6, (Supple 1: M9) 81-94.