「期待」と鍼治療の効果 – fMRIを用いた研究
fMRIを用いて、鍼治療に対する「期待」(expectation)が鍼治療の効果に与える影響を調べた研究(J. Kong,2009)についてご紹介します。
期待などの心理的な態度が痛み知覚に影響することはよく知られていますが、本研究では、期待が鍼治療の効果に与える影響をfMRIを使用して調べています。
実験内容
48人の被験者を以下のように12人ずつの4つのグループに分けました
本物鍼・高い期待を持つグループ
本物鍼・低い期待を持つグループ
偽鍼・高い期待を持つグループ
偽鍼・低い期待を持つグループ
*「期待」は実験的に認められている手順・方法で、正の期待の条件付けがなされました。
三間と合谷(下図参照)に1.5㎝刺入し響きを得た後、2Hz通電。その後徐々に電流を上げ被験者が鋭い痛みを感じずに耐えられる程度まで強くし、25分置鍼。
三間と合谷
シャム鍼はStreiberger sham鍼(下図参照)を使用し、電気かけず放置。
*Streiberger sham鍼(皮膚に刺さらないで縮んで鍼柄に収まるという実験用に開発された鍼)
分かったこと
・同じ内容の治療を受けても鍼の効果に高い期待を持つことが、有意に鍼鎮痛の効果を増強する。このことは被験者の主観的な痛み評価の変化と痛み刺激に対する客観的なfMRI信号変化で裏付けられる。この時関与する脳領域は、吻側前帯状回・内側前頭前野・眼窩前頭前野・背外側前頭前野など。
・4グループのデータを解析すると、期待が被験者の主観的な痛み評価に影響し、本物鍼とシャム鍼の間の鎮痛効果に有意差はない。つまり、本物鍼のグループも偽鍼グループも同様に、痛みの感じ方が減ったことを報告した。
しかし、fMRI分析では本物鍼の方が、シャム鍼よりも、痛み知覚に関連する脳領域の活動が有意に大きく減少するという事が示されている。
このような反応を示した脳領域は中脳水道灰白質、視床、島、上側頭回、海馬、延髄、上前頭回、下前頭皮質、眼窩前頭皮質、レンズ状核などで、これらは痛み(の強度)を感知する領域です。
主観的報告は似ていても、fMRI信号は本物鍼においてのみ左島、被殻、上側頭回などで信号減少がみられ、実際に痛みの抑制が行われていることが分かる。
つまり、被験者の痛みの感じ方に関する主観的な報告とfMRIから確認できる客観的な脳活動の変化は必ずしも一致しない
・そして期待が鎮痛効果に影響を与えるのは治療した側だけであり、反対側にはその期待効果は及ばないことから、期待による鎮痛は場所的に特定された領域のみの効果であることが分かった。
本物鍼+高い期待グループの治療側でみられた治療側と反対側の比較におけるfMRI信号の変化は、痛みをコードする領域(左島、背側前帯状回、一次体性感覚野、一次運動野、中心傍小葉、上側頭回、レンズ核、右
小脳)で生じた。
本物鍼+低期待グループでは、治療前後での違いは痛みの感情と認知に関する領域(吻側前帯状回、内側前頭前野、背外側前頭前野)で見られた。
・本研究では、期待に関する脳領域(内側前頭前野、吻側前帯状回、中心前回、一次体性感覚野、一次運動野、中心傍小葉、後島、上前頭回、偏桃体、レンズ核、弁蓋部)も特定された。
被験者の主観的な痛みの感じ方の変化(治療前と後を比較)
VH = 本物鍼+高期待; VL = 本物鍼+低期待; PH = 偽鍼+高期待; PL = 偽鍼+低期待
*グレーの柱は鍼を刺入した側、黒の柱は鍼を刺入していない側
受けた鍼治療が何であれ、高い期待を持っているPHとVHグループにおいて鍼を刺入した側(グレーの柱)だけが痛みの感じ方に大きな変化(減少)が見られます。
「本物鍼+高期待」と「本物鍼+低期待」のfMRI反応の違い
同じ本物鍼の治療を受けているにもかかわらず、「高期待+本物鍼」グループでは「低期待+本物鍼グループ」よりも、治療後に大きなfMRI信号の減少がみられた(「本物鍼+低期待」と比較して)
棒グラフは治療前後の違い・差異 黒:「本物鍼+高期待」、グレー:「本物鍼+低期待」
rACC 吻側前帯状回
MPFC 内側前頭前野
OPFC 眼窩前頭前野
VH(本物鍼+高期待)、VL(本物鍼+低期待)は同じ治療を受けたが、鎮痛効果は有意に期待によって影響されています。
この異なる期待レベルを持つ2つの本物鍼のグループに関しての分析により、期待が有意に痛みに対する鍼鎮痛に影響することが示されました。
「期待」に関する脳領域
本研究において特定された「期待」に関する脳領域。(青: 期待に関する領域、緑: 鍼治療に対する反応の領域、赤: 痛みに関する領域)
内側前頭前野、吻側前帯状回、中心前回、中心傍小葉、左一次運動野・一次体性感覚野、後島、弁蓋部、レンズ核、上前頭回、右偏桃体
まとめ
・鍼治療における期待は有意に鎮痛効果を高める(*)
・正の期待は鍼鎮痛効果を高めることが、被験者の主観的評価とfMRIによる客観的な信号変化で示されている
→これらを受けて、著者は、鍼治療に対する「期待」は、鍼の効果を評価する将来的研究において重要な要素として扱われるべきであると主張しています。
(*)これらがプラセボ効果によるものなのか、シャム鍼が与える生理的刺激によるものか、その両方に依るのかは不明ですが、シャム鍼が本物鍼と同様の効果が出ていることを報告する研究はたくさんあります。
→ Brinkhaus et al., 2006、Haake et al., 2007、Kaptchuk, 2000, 2002、 Leibing et al., 2002、 Linde et al., 2005、 Melchart et al., 2005.など。
・被験者が感じている痛みの大小(変化)と脳の活動(の変化)は必ずしも一致しているわけではない。
→これについて、著者は、「我々は、末梢神経―中枢神経間の調整として、鍼刺激は入力される侵害刺激を抑制するトップダウン調整として働く一方、期待(プラセボ)は感情的な回路を通して働くようだ」と推測しています。
文献 )
An fMRI study on the interaction and dissociation between expectation of pain relief and acupuncture treatment ; Jian Kong ., et al., NeuroImage 47 (2009) 1066–1076.