鍼刺激と大脳皮質の血流増加の研究について
鍼の刺激によりⅢ群線維とⅣ群線維、つまりポリモーダル受容器が興奮することにより大脳皮質の血流は増加します。
このことを明らかに研究についてご紹介いたします。
Uchida S, Kagitani F,.ほか2000
麻酔下のラットを対象に、鍼の刺激を身体の様々な部位に加え、大脳皮質の血流変化を調べました。
具体的には、頬、前足裏、上腕、胸、背中、下肢、足底、会陰部に鍼刺激を加えました。
皮膚および筋肉に刺鍼し、1分間刺激を加えつづけ脳血流と血圧の変化を観測したところ、刺激開始後すぐに、頬、前足裏、上腕、足底で有意な大脳皮質血流の10~20 %程度の増加が見られましたが、胸、背中、下肢、会陰部では有意な変化は生じませんでした。
(Uchida.ら.2000. Fig.2. より. :様々な部位への刺激時の脳血流と血圧の変化)
片側の刺激に対して両側の皮質での血流増加がみられます。
血圧も同時に上昇していたので、血圧の上昇を抑制する処置を施したが、大脳皮質血流の増加は変わらず生じました。
*脳血流の増加が血圧が上昇したことによるのではないか、という疑問を排するため血圧が変動しない状態でも脳血流は増加する。すなわち、前肢への鍼刺激は血圧に依存しない積極的な脳血流増加反応を誘発する。
(Uchida.ら.2000. Fig.12. より. :鍼刺激によるアセチルコリン放出量 [白柱:同側、斜線柱:対側] )
*鍼刺激中に両側ともアセチルコリン放出量が増加しています。
その後、鍼に通電し電流の強さを変え、どの神経線維が関与しているかを調べたところⅢ群(Aδ)線維とⅣ群(C)線維が大脳皮質血流の増加に関係していることが分かりました。
Ⅰ群(Aα)線維とⅡ群(Aβ)線維は大脳皮質血流の増加には関係がありませんでした。
これらの効果は拮抗物質により消滅することから、これらの特定の部位に加えられた鍼刺激が大脳皮質でアセチルコリン放出を引き起こしていることが分かりました。
血圧上昇によって脳血流が増加しているわけではなく、Ⅲ群、Ⅳ群線維によって伝わる刺激が引き金になり、マイネルト基底核に起因する内因性コリン作動性血管拡張によって脳血流増加が生じていることが示されました。
*大脳皮質の血流は、「自律神経」による調整と、「脳内の内因性神経」によっても調節されていますが、ここでは後者を見ています。
マイネルト基底核について
マイネルト基底核という言葉が出てきましたが、この部位は大変重要な部位です。
マイネルト基底核は前脳基底部(前頭葉底面の後端)にあります。
このマイネルト核(NBM)から始まるコリン作動性神経は大脳皮質の広範な領域に線維を伸ばし信号を送っています。
Whitehouseが、アルツハイマー病患者において前脳基底部にあるマイネルト基底核の細胞が著しく変性していることを報告してからこの部位がアルツハイマー病で侵されやすいことが分かりました。
この部位は記憶や睡眠に重要な役割を果たしています。
Akaishi T.1990.らの研究
麻酔下のラットを対象に、皮膚への無害および有害な機械刺激、化学刺激、圧刺激の、マイネルト基底核の神経活動への影響を調べています。
ほとんどの神経は無害な機械刺激、圧刺激には反応を示しませんでしたが、有害な機械刺激と化学刺激に対して有意な反応を示しました。
そして、背中や顔よりも、前足底と後ろ脚裏への有害な機械刺激で激しく反応を示しました。
Kurosawa M.ら.1992の研究
麻酔下のラットを対象に、様々な部位(顔、前肢、前足底、背中、後肢、後脚裏)に無害・有害な機械的刺激を入れ、大脳皮質における細胞外アセチルコリンの放出量に関する影響を調べました。
10分間の前足底と後脚裏への有害・無害刺激は細胞外アセチルコリン放出量の有意な増加を示しましたが、顔や背中への有害刺激と顔や前肢、背中への無害刺激は有意な変化は生じませんでした。
これらの結果は、皮膚の感覚刺激は大脳皮質における細胞外アセチルコリン放出に影響を与えること、そして、皮質のアセチルコリン放出に関する刺激の効果は、どの部位の皮膚が、どのような様式の刺激を受けるかによって変わるという事を示している。
Adachi T.ら1990.の研究
麻酔下のラットを対象に、有害、無害な機械的刺激を、顔、前肢、前足底、背中、後肢、後脚裏に与え、大脳皮質の血流変化を調べました。
顔、前足底、後脚裏への15秒間の有害刺激は大脳皮質の血流と血圧の増加を示しましたが、背中への有害刺激とすべての部位での無害刺激ではそのような変化は生じませんでした。
血圧の変化を生じない処置を施して調べたところ、血圧の変動とは無関係に大脳皮質での血流増加が生じました。
このことから、皮膚有害刺激により生じる大脳皮質の血流増加は、少なくとも部分的には、血圧変化やその他の血管拡張因子とは関係なく、生じることを示しています。
まとめ
とくに一番目にご紹介しました論文、Uchida.2000.は我々鍼灸マッサージ師にとって、とても重要な意味を持つ研究です。もちろん、脳の血流を良くしたい、とご希望されて鍼灸マッサージ治療を受けにいらっしゃる方は皆無ですが、思わぬ副次的効果があることになります。
つまり、この論文により、コリを解消することに限らず、大脳皮質の血流増加という点においてもポリモーダル受容器を上手に刺激する事がとても有用であることが科学的に示されたことになります。
ポリモーダル受容器についてのコンテンツでも言及いたしましたが、ポリモーダル受容器からの信号は、進化の過程をたどるかのように本当に広範な部位に寄り道しながら脳の終着点にたどり着くので解剖学的な経路からも多くの生理的作用があることが推測されてきました。
このような研究によってそれが生理学的事実として示されたことになります。
そしてもちろん、Uchida.2000.も後半にご紹介しましたようないくつもの前提となる研究の上に成り立っているものですから、研究者の皆様の一歩一歩、丁寧に研究を積み重ねていく姿勢には頭が下がります。
我々施術者が、治療において正確にポリモーダル受容器を刺激する事によって、これらの知見が社会で生きたものになると信じて施術を行っております。
文献
Effect of acupuncture-like stimulation on cortical cerebral blood flow in anesthetized rats.; Uchida S, Kagitani F, Suzuki A, Aikawa Y. Jpn. J. Physiol. 2000;50: 495-507.
Responses of neurons in the nucleus basalis of Meynert to various afferent stimuli in rats.; Akaishi T, Kimura A, Sato A, NeuroReport. 1990; 1: 37-9.
Cutaneous mechanical sensory stimulation increases extracellular acetylcholine release in cerebral cortex in anesthetized rat.; Kurosawa M, Sato A, Sato Y., Neurochem. Int. 1992; 21: 423-7.
Cutaneous stimulation regulates blood flow in cerebral cortex in anesthetized rats.; Adachi T, Sato A Sato Y. NeuroReport. 1990; 1: 41-4.