鍼灸治療と筋血流増加の研究例・科学的根拠

鍼灸マッサージ刺激が筋血流増加を生じさせることについての研究例・科学的根拠

 

肩こり・首こり、腰痛などの凝った筋肉に鍼灸マッサージを行うと、途絶えていた筋肉への血流が改善されて、硬くなっていた筋肉はほぐれて柔らかくなります。気のせいではなくて本当に柔らかくなります。

この点について、生理学的に明らかにした研究をいくつかご紹介いたします。

 

総論

近年、末梢循環に対する鍼灸治療効果のメカニズムが、動物実験を用いた基礎研究によって徐々に明らかにされてきています。筋肉や神経を含む各器官の血流は、各器官の血管に分布する自律神経による調節や全身血圧による影響を受けて変化します。

 

鍼灸刺激は全身血圧や自律神経(交感神経・副交感神経)を介して各器官の血流を調節していると考えられます。

 

また、鍼刺激により局所(鍼を刺した場所、マッサージや指圧で刺激した場所)で生じる反応として血管拡張が生じることが明らかにされています。

 

動物を用いる実験は、ヒトでは常に問題となるプラセボ効果を排除できるという利点があります。

また、もちろんヒトを対象としては行えない侵襲的な実験によるデータは大変心苦しいことですが動物実験から得られます。(このようにして得られた貴重なデータですので臨床現場で患者様に役立てられるよう治療師は頑張っていかねばなりません。)

さらにストレスなどの情動的な影響を排除するため、そして苦痛を与えないため、麻酔下で実験がなされます。

近年、倫理的な観点から動物を使用した実験がどんどん厳しくなってきているのが世界の流れです。

 

前提事項(研究結果をご紹介するにあたって必要な範囲で)

感覚刺激を伝える末梢神経はその先に受容器(センサー)がついています。

その受容器には様々な種類があり、触る・振動・温度・痛み等、刺激の種類ごとに専門の受容器が反応します。

筋肉内への鍼の刺入と刺激は各種の受容器、そして末梢神経の興奮を引き起こします。

具体的には、鍼刺激によりAβ線維、Aδ線維、C線維が興奮します。

Aβ線維は触れたり圧迫されたりする刺激を受け取る感覚器を末端に持ちます。

(筋肉内において)Aδ線維とC線維の末端にある受容器は痛みなどを伝えるポリモーダル受容器という事になります。

また、他の分類の仕方としてⅠ群線維、Ⅱ群線維、Ⅲ群線維、Ⅳ群線維という分類法もあり、Ⅱ群はAβ線維、Ⅲ群はAδ線維、Ⅳ群線維はC線維が相当します。

 

鍼治療と筋血流増加についての研究例


鍼灸マッサージの治療により筋肉の血流が改善されるルートは主に2つあります。

 

1つ目のルート: 鍼刺激が、筋肉内の血管や全身の血圧をコントロールする交感神経に作用して血流が改善する。

 

2つ目のルート: 筋肉に通う末梢神経とその末端の受容器の作用で筋肉の血流改善が生じる。

 

1:交感神経・自律神経による骨格筋の血流改善についての研究 

 

Noguchi.ら1999.の研究


麻酔下のラットを対象にして、足裏に加えた鍼電気刺激が、下肢の筋肉(ハムストリングス)の血流と血圧に与える影響を調べたもの。

 

流す電気が1.0mAの時: 伏在神経内の、Ⅱ群線維が最大に興奮しⅢ群線維は一部興奮するという状況においては、筋血流と血圧に(多少の反応は見られたものの)有意な変化はなかった

流す電流が1.5mAの時: Ⅲ群線維が最大に興奮する状況 においては筋血流と血圧に有意だがわずかな上昇がみられた。

流す電流が2.0mAの時: Ⅳ群線維が興奮する状況 においては筋血流と血圧に大きな増加が確認された。

筋血流増加は10mAまで増加傾向が続きその後わずかな現象に至った。

 

Ⅲ群繊維(Aδ線維)とⅣ群線維(C線維)の興奮する刺激強度(*ポリモーダル受容器の興奮する刺激)で、筋血流が増加する。このとき全身血圧も上昇する。とくにⅣ群線維の興奮する刺激強度においてその変化は大きくなる。

 

全身血圧が変化しないよう操作すると同じ刺激を加えても筋血流の増加は生じず、少し減少した。

このとき、後肢の筋血管を支配する交感神経を、働かないように操作すると、筋血流の減少反応は消失するので、交感神経活動の充進による筋血流減少と考えられる。

 

 

結論として、足に加えたⅢ群とⅣ群、特にⅣ群求心性線維(ポリモーダル受容器)が興奮するのに十分な強度の電気鍼刺激(*要するに強い刺激、という事です)は、筋肉の交感神経(アドレナリン作動性の交感神経)活動の反射により筋血流減少反応を引き起こす。その一方で、この筋血流の減少は少なくとも内臓交感神経活動の反射的増加により引き起こされる血圧上昇による筋血流増加によって上書きされる、としています。

 

分かりにくいですが、要するに、足に鍼刺激を入れると、足の交感神経は筋血流を減少させるが、全身をコントロールする交感神経は全身血圧を上昇させ血流を増加させるので、結果として筋血流は増加する、という意味です。

 

コリン作動性の交感神経(血管拡張神経)による筋血流増加

しかし、他方で、筋を支配する交感神経のうち、もう一方のコリン作動性の交感神経(血管拡張神経)(詳しくは筋肉の血流をご参照ください。)に対して鍼が作用し筋血流が増加するというルートもあります。

 

これは鍼による筋血流増加の効果が、「アトロピン」というコリンの作用を打ち消す物質を投与することで遮断されることから明らかです。(武重, 1992.)

 
 

 

2.末梢神経・受容器での筋肉の血流改善についての研究(後根神経の逆行性刺激の効果)

 

前提


ここでは局所で生じる軸索反射と呼ばれる仕組みで生じる筋肉の血流改善についてみていきます。

 

鍼を刺すと刺した周囲数センチの範囲で皮膚が薄っすらとピンク色になる現象が生じます。フレア兆候と呼ばれる現象で皮膚の毛細血管が拡張することによります。

少し細かく説明しますと、皮膚の体性感覚神経の興奮が枝分かれした軸索に沿って逆行性にも伝達されて皮膚血管を拡張させるというものです。簡単に言うと入った情報がすぐ戻ってきて皮膚血管が広がるというものです。

 

このような軸索反射による血管拡張反応は皮膚では良く知られた現象で、臨床現場では当たり前に目撃されますが、実は筋肉内でも鍼先でそういったことが起こっているかどうかは(目に見えませんので)証明されていませんでした。

 

これらのことを明らかにした研究の一部を以下ご紹介いたします。

 

Satoら2000.の研究

麻酔下のラットを対象に、感覚神経に電気刺激を加えて、ハムストリングスの筋血流と神経血流に対するCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)の逆行性の血管拡張作用を調べた研究。

*CGRPは血管を拡張させる作用があります。鍼刺激により、筋肉内の鍼先のところでCGRPが分泌されて筋血流が増加するのではないか?という事を調べた研究です。

 

後根神経を末梢側に刺激すると、無髄のIV群(C繊維:ポリモーダル受容器)の興奮する強度の刺激で、筋血流が増加する。

 

L3~L5後根神経内の無髄C線維を逆行性に10~30秒ほど電気刺激すると、刺激中から上昇し、刺激の数分後に渡り血流増加反応が続いた。(血圧の変化は生じていない。)

 

1.でご紹介した鍼刺激による血流増加反応は、刺激中に見られ、刺激後1分以内に回復する短い反応でしたが、ここで見られる反応はわずかな刺激で約5分にわたる長い血流増加反応であるということが特徴です。

 

体性感覚神経(C線維:ポリモーダル受容器)にはサブスタンスPやCGRPといった神経ペプチドが含まれますが、CGRPの働きを打ち消す物質(アトロピンなどの拮抗物質)を与えると完全に血流増加反応が消えました。

 

このことから、無髄C線維(Ⅳ群線維:ポリモーダル受容器)を刺激したことによる筋肉の血管拡張の効果は、血圧のシステムとは関係なく、CGRPによって起こっているといえる。

 

つまり、鍼を筋肉に刺すとポリモーダル受容器・C線維が興奮し、その情報は途中(軸索反射)で引き返してきて鍼先の所にあるポリモーダル受容器がCGRPを分泌し、筋肉の血管が拡張する、ということです。

 

Sakaguchiら.1991.の研究


この研究以前は、CGRPが身体の様々な場面で同定され血管拡張作用などの働きが明らかにされてきたが、それが末梢神経の終末から脱分極や神経刺激による興奮によって放出されるかは知られていませんでした。

 

この研究では、

AδとC線維(ポリモーダル受容器)が逆行性興奮すると、CGRPが筋に放出され骨格筋血流が増加することを明らかにしています。

刺激の強度の条件を様々変更し、他の感覚神経やα運動神経などの興奮ではCGRPは放出されないことを確認し、骨格筋からの主たるCGRPの放出源はAδとC線維の終末(ポリモーダル受容器)からであることを示しました。

 

Morton.ら1989.の研究

CGRPは非侵害性の刺激では放出されず、侵害性の刺激に反応して放出されるという事が明らかにされています。

つまり、C線維のポリモーダル受容器が反応するような刺激でCGRPが放出されるということです。

 

CGRPの放出とそれが血管拡張に至るメカニズム

「血管が拡張」するという事は血管を支配している「コリン作動性の血管拡張性の交感神経が働いた」という事ですが、鍼によるC線維末端からのCGRP放出との関係を整理してみます。

 

まず、鍼により、C線維(ポリモーダル受容器)の末端からSPおよびCGRPが放出されます。カプサイシンという物質はSPとCGRPを打ち消す物質ですが、これを投与すると鍼の効果は消失します。

また鍼により血管が拡張するのはコリン作動性の血管拡張神経の働き(既述)であることが、アトロピンという拮抗物質の投与に効果が消失することより明らかになっています。アトロピンはまた、CGRPの働きを打ち消す作用も持っています。SPには影響しません。

そして鍼の効果がアトロピンによって消失することから、これらを総合すると鍼による筋血管の拡張は(SPではなく)「CGRP」 → 「コリン作動性の交感神経」ということが分かります。

つまり、

コリと痛みのある筋肉に刺鍼すると、CGRPを含むC線維ポリモーダル受容器が刺激され、軸索反射によりコリン作動性の交感神経の末端に働き、ここからアセチルコリンが遊離され血管が拡張し、発痛物質が除去される

 

という事になります。

 

 

まとめ

筋肉への鍼の刺激は、

 

1.交感神経の作用を引き出し筋血流を増加させること、

2.末梢神経の末端からその周囲のエリアにCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド) を放出し、その結果、軸索反射により筋肉内の微小血液循環が増加すること、

 

がご紹介したような丁寧な研究によって示されています。

 

*ここではご紹介しませんでしたが、他にも様々な神経ペプチド、vaso-intestinal peptide(VIP)、神経成長因子(NGF)などが神経末端から放出され筋血流増加などの反応を引き起こすことなども報告されています。

 

研究者の方々が、このような地道な基礎研究をしてくださっているおかげで鍼灸マッサージ師が科学的な根拠をもって日々、施術に入ることが出来ます。

我々施術者が行うべきことは、技術を高めて、血流改善をねらう筋へ正確な刺激を入れることです。

 

 

参考文献

 

  • 『Medical Acupuncture – A Western Scientific Approach』; Jacqueline Filshie, ELSEVIER, 2016.
  • Noguchi E, Ohsawa H, Kobayashi S, Shimura M, Uchida S, Sato Y. The effect of electroacupuncture stimulation on the muscle blood flow of the hindlimb in anesthetized rats. J. Auton. Nerv. Syst. 1999;75:78-86.
  • Sato A, Sato Y, Shimura M, Uchida S. Calcitonin gene-related peptide produces skeletal muscle vasodilation following antidromic stimulation of unmyelinated afferents in the dorsal root in rats. Neurosci. Lett. 2000;283:137-40.
  • Sakaguchi M, Inaishi Y, Kashihara Y., Kuno M. Release of calcitonin gene-related peptide from nerve terminals in rat skeletal muscle. J. Physiol. 1991;434:257-70.
  • Morton, C. R. & Hutchison, W. D. (1989). Release of sensory neuropeptides in the spinal cord: studies with calcitonin gene-related peptide and galanin. Neuroscience 31, 807-815.
  • 『動物実験による基礎的研究のレビュー』:内田さえ; 東京都老人総合研究所運動・自律機能相関研究グループ; 全日本鍼灸学会雑誌、2003年第53巻1号,30-35
  • 鍼麻酔と鍼鎮痛発現の機序について:武重千冬, 昭医会誌第52巻第3号〔241-255頁,1992〕.