鍼の刺激に対する脳の反応 – 1
近年、鍼の刺入中の脳の反応や、鍼による脳の中期・長期的変化について報告がなされるようになっています。
脳の反応を調べる手法には様々あります。ここでは脳の反応を調べることついての背景と、fMRI、EEGについてご紹介いたします。
背景
脳はご存じの通り体中の様々な器官・組織(呼吸・循環・排泄・消化器・骨格筋・生殖・内分泌…)から情報を受け取ったり、命令を送ったりして頻繁にコミュニケーションをとりながら身体の恒常性を維持しています。
最近では脳を介さずに行われている細胞間や臓器間の局所レベルでの高度な情報のやり取りの仕組みなども一部解明されてきたので、以前のような脳信奉ともいうべき脳への偏重傾向は減りつつあります。
確かに、人体にある数十兆の細胞すべてに同じ遺伝情報が収められていることが示すように本来どの器官にも優劣はないのは当然なことです。
それでも脳が障害を受けた場合に起こる様々な重い症状から分かるように替えの効かない重要な組織であることには変わりません。
鍼によってとても広範囲に生理的変化、医療効果が生じることは、脳が鍼刺激を恒常性維持のための信号に変換して伝えていることを示唆しています。
脳の働きを観察する機器には、最もよく知られているfMRIの他にもPET、MEG、EEG、H-MRS等があります。
これまで、鍼についての神経科的研究は、人間に対して行うには侵襲的すぎるため、ほとんどが動物を用いて行われてきました。これが鍼の働きを知るうえでの大きな限界の一つでした。
動物を使用した研究においては、ずいぶん前から明らかに痛み刺激に対する大脳辺縁系と大脳新皮質の鎮痛ネットワークが存在(鍼鎮痛の存在)することが示されていましたが、神経的にも、生物学的にも、文化的にもより複雑な行動を見せる人間に対してこれらの研究成果がどこまで当てはまるのかという難しい問題に直面していました。
鍼は、医療行為として行われるものなので、身体感覚を引き起こす単なる物理的な刺激としてだけではなく、患者さんが、患者―治療者の関係の文脈において鍼刺激をどのように期待し、受け取り、評価しているかということも治療効果において重要な要素になっています。(*1)
様々な観測機器の出現により、こういったことを含めて生きている人間の脳の反応を知ることが出来るようになったことは大変有意義なことです。
ある特定の部位(ツボ)に鍼を打っている時、あるいはツボでない部位に打った場合、違いはあるのか?また、同じ鍼刺激でも状況により受け取り方が違うのではないか?(「治療」として行うか「痛い」刺激として行うか)など…で活動している脳の部位の特定や、血流の変化、神経活動の記録を観察することで人間の脳についての理解を深めるとともに、そこで得られる神経イメージ的な証拠により鍼治療のメカニズムが少しずつ明らかにされてきています。
現時点でもある程度多くの研究成果が蓄積されてきていますが多くは、医療上の要請から、痛みや鎮痛効果についての研究です。今後さらに広く様々な視点から研究がなされて行くことと思われます。
(*1) 『 The impact of patient expectations on outcomes in four randomized controlled trials of acupuncture in patients with chronic pain 』: Klaus Linde., et al., Pain 128 (2007) 264–271
それぞれの特徴
fMRIが有名ですがどの観測法も、脳の活動のごく一部の働きを観察できるにすぎず、どれか一つで完璧というものではありません。それぞれの観測方法は相互に補完的な関係にあるので脳の働きを理解するには総合してみていく必要があります。
- fMRI (磁気共鳴機能画像法)、 PETは脳の活動している部位の特定に適しています(=高い空間解析能を持ちます)。
- 対照的に、EEG(脳波) MEG(脳磁図)はその高い時間解析能により脳の活動の時間的変化を調べるのに適しています。この両者はトレードオフの関係にあります。
- PET(ポジトロン断層法)は脳内での神経活動が高まるとその部位で代謝量や血液流量が増大するので、捉えたい指標に合わせて薬剤を選ぶことで、間接的に脳内で活動が活発になっている部位を特定することができます。
脳の各部位の大まかな働き
脳は左右2つの半球があり、それらは4つの部位に分類されます。
- 前頭葉: 意思決定、実行、ワーキングメモリー、計画、認知評価など
- 側頭葉: 評価的処理、記憶
- 頭頂葉: 空間認知、身体感覚
- 後頭葉: 視角処理
大脳辺縁系: 記憶、情動
前帯状回: 辺縁系システムの一部、痛み、注意、記憶、感情処理
脳幹には中脳水道周囲灰白質と縫線核が含まれ、これらは内因性のオピオイドと非オピオイド性の侵害知覚に関連する
島・前帯状回・偏桃体: 痛み神経マトリックス(痛みに反応して活動する脳領域)の一部
視床: 身体末端から脳の皮質に感覚情報を伝えるのに大きな役割を果たす
視床下部: 自律神経と神経内分泌の調節を通してホメオスタシス維持