鍼灸マッサージ治療対象としてのポリモーダル受容器

鍼灸マッサージの治療対象としてのポリモーダル受容器

 

当院が、肩こり、首こり、腰痛、それから自律神経系のトラブルも含めて治療の対象としているのは「過敏になったポリモーダル受容器」です。ポリモーダル受容器が刺激された時に起こることは、古来よりツボが刺激されると起こるとされていることとほとんど重なっています。

 

ポリモーダル受容器そのものについての生理学的研究は、ポリモーダル受容器研究の世界的第一人者である故熊澤孝朗教授の論文・書籍等に詳しいです。ポリモーダル受容器とは の方にまとめましたのでそちらをご参照ください。

ここでは特に鍼・灸との関係で私が最も大事にしている川喜田健司教授の論文(1990)をご紹介させていただきます。初めて読んだとき「なるほど、こういう理由で鍼が効くのか」と大層感動いたしました。その後読んでもやはり感動します。

1990年と少し古い論文です。その後に研究が進んでこの論文発表の時点では確定的でなかったことが明らかになっている事柄もありますが、鍼灸治療の対象とされるべき部位について大事なことの大すじはほとんど網羅されていると私は考えています。

ポリモーダル受容器を治療の中心に考えるならば、マッサージや指圧も結局同じことをやっているのだ、ということが分かります。

また、鍼灸・マッサージがなぜ肩こりや腰痛、免疫力低下、自律神経失調症などの改善に効果があるのか?ある状況において鍼がなぜ不可避的に痛いのか?、

あるいは、治療後に筋肉痛や重だるさが残ることがある理由についても理解することができます。

 

不思議なことに、鍼・灸・マッサージの国家取得のために通う専門学校ではこういったことは教わってきませんでした。

(私の通った専門学校は日本で最も古い伝統を持つ鍼灸マッサージ師の専門学校のひとつということで、しかも、他の専門学校に比べて「西洋医学」的な傾向が強いと言われているようですが3年間の間で一度もこの類の話は聞いたことはありません。)

ご存じのとおり、今は大学図書館や国会図書館などに行かなくて、インターネットで検索すれば多くの論文が読めてしまう時代です。

たとえば、google scholarで「acupuncture  effects 」や「dry needling  effects」などで検索すれば読み切れないほどたくさんの論文が出てきます。

残念ながら、「腰痛治療の効果」などの鍼やマッサージの臨床的実証研究は、他の分野の科学的研究と比べて信頼性が高いようには思えないものが多いです(性質上、二重盲検法が上手く使えないので、鍼やマッサージの効果を「科学的」に研究すること自体が困難ということも理由としてあります)。(→ 鍼の効果を科学的に調べることの困難さ

そのような中で、故熊澤教授、川喜田教授はじめとする日本の研究者が信頼のおけるとても大事な研究成果を発表しているのは本当に喜ばしいことです。このような貴重な基礎研究のおかげで鍼やマッサージがなぜ肩こりや首こり、腰痛などの運動器疾患だけでなく、冷え性や不眠症、食欲不振などの自律神経系のトラブル、あるいは免疫系の不調に効果があるのか、ということについて科学的に説明ができるようになります。治療師も自信をもって鍼灸・マッサージの施術を行えますし、患者様もしっかり納得して治療をお受けになれると思います。

 

不思議なことに、トリガー・ポイント療法やドライ・ニードリングなどの西洋医学的な理解に基づいて鍼灸治療・マッサージ治療を行う立場でも、そのテキスト・文献を見るとポリモーダル受容器について触れられてはいても重要視されていないことがほとんどです。ですので、鍼がなぜ筋硬結・コリの解消、痛みの除去に効果があるのかについての説明は非常に歯切れが悪くなっています。

この点を考慮すると鍼灸・マッサージ師になるなら日本に生まれて幸運だったと思っています。このような素晴らしい知見を利用しない手はありません。

現在の所、鍼灸・マッサージの治療におけるポリモーダル受容器の重要性について治療家の間での知名度はあまり高くないように思われますので非常に残念に思っています。もちろん身体に加えられた刺激は局部の反応だけで終わることはなく脳や脊髄に伝わり全身で複雑な反応をしますので広い視野を持つことは必要です。それにもかかわらず当院がポリモーダル受容器にこだわる理由は治療によって生じる全身の反応がすべてここから始まるからです。

ただし、誤解されてはいけませんが、ポリモーダル受容器に関心がないから即、勉強不足ということではなく東洋医学は「気の流れを整えること」が究極の目的でそのための手段として「ツボを刺激」するのであり、西洋医学的な生理的反応を説明するための概念や語彙を持っていないので当然です。

優劣・正誤というよりも単に世界・事象の見方が全く異なるのでどちらが好みかという事です。

なぜ治療として身体に加えた刺激で効果が現れるのか?ということを「気の流れが整ったから」というブラックボックス的な説明ではなく、「もっと具体的に知りたい」と思われる方もきっといらっしゃると思いますので、そのような方はきっと以下の論文を興味深く読んでいただけると思います。鍼がなぜ効くのか?という点について(局所における効果について)かなりの部分、科学的に説明が出来るということがお分かりいただけると思います。また、ポリモーダル受容器について理解を深めることで、より確実に効果を出すための治療戦略も立てやすくなります。

 

ポリモーダル受容器は、私に言わせれば神(?)が身体のリセットのために人間に与えた奇跡の器官です。ポリモーダル受容器についての一般的な説明は ポリモーダル受容器とは をご参照ください。

 

 

川喜田.1990.論文の要点

鍼刺激・灸刺激の定義


鍼刺激 : 細い金属針で皮膚を貫き深部組織まで刺入する機械的刺激

灸刺激 : もぐさを皮膚上で燃やす熱刺激

 

鍼灸刺激に共通する受容器としてポリモーダル受容器がある

鍼鎮痛は、「ポリモーダル受容器に刺激が入ることでネガティブ・フィードバック系が活性化されることで起こる」(= 熊澤。川喜田の一連の研究結果とも一致)

 

ポリモーダル受容器の形態学、機能的特徴


機械・化学・熱刺激のいずれにも応答する

非侵害的な刺激強度でも興奮する

皮膚ではC線維だが、筋肉などの深部組織ではC繊維だけでなくAδ繊維にも支配されている

受容野は直径数mmの点状

筋の細径求心性線維の大部分はポリモーダル受容器

自由神経終末を構成し、皮膚・筋・筋膜・内臓などの全身に存在する

繰り返し刺激によって反応性の増大、また、不活性化により反応性が減少など感度が変化する

ポリモーダル受容器が興奮すると末端からサブスタンスP、CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)が放出され神経性炎症が生じる

自律神経系、内分泌系と密接に関連し大きな影響を与える。ポリモーダル受容器は体性感覚系というよりはむしろ自律神経系、内分泌系への入力として働いている可能性が高い

刺激後も長く興奮が続く

筋肉の単収縮、強縮でも興奮する

 

ツボと圧痛点、トリガーポイント


ツボ: 様々な仮説が報告されているが、いずれも十分な実証的、実験的裏付けのあるものではない。

トリガーポイントの出現部位の71%は経穴部位に一致しているという報告がある(*1)。

圧痛点の生成原因: 局所炎症による痛覚受容器の感作(敏感化)。

圧痛点の生成機序にポリモーダル受容器が関与する可能性が高い。

 

(*1) 『Trigger points and acupuncture points for pain: correlations and implications』; Melzak, R., Stillwell, D.M., & Fox, E. J., Pain, 3, 3-23.,1977.

 

鍼鎮痛

2-10Hzの低頻度電気刺激において、耐痛閾値ぎりぎりの強い刺激で顕著な鎮痛効果

疼痛抑制効果はAβ線維よりAδ、C線維を興奮させた時の方が強い

細径線維受容器(ポリモーダル受容器)を興奮させると強い電気刺激時と似た鎮痛効果が生じる

刺激強度に依存して鎮痛効果が増大

筋刺激の方が皮膚刺激より高い効果

 

ツボとして圧痛点・ポリモーダル受容器を刺激すること


ツボとして圧痛点を刺激部位に選ぶことは、ポリモーダル受容器の感受性が高い部位を選び鍼灸刺激を行うことで、より刺激効果を高めることを意味する。

ツボとAβ線維を関連付ける仮説も提唱されているが正しくない

ポリモーダル受容器の選択的刺激が種々の内因性痛覚抑制系を賦活させて鎮痛を発現する

鍼通電刺激や神経刺激が血圧降下作用、内分泌器官の働きを促進

鍼灸刺激でポリモーダル受容器が興奮し局所炎症が生じる → 炎症物質でさらにポリモーダル受容器が興奮する

鍼通電刺激でも局所炎症が生じる → 炎症物質でさらにポリモーダル受容器が興奮する

響き(得気)はポリモーダル受容器が反応することで生じる深部痛覚

 

結論

ポリモーダル受容器を中心にして考察すると鍼灸刺激とツボの問題を無理なく説明できる

 

当院の治療との関係

これらの生理学的な基礎研究により明らかにされた事実を踏まえて、当院では、有訴症状の原因となっている病んだポリモーダル受容器の部位をいかに見つけて正確に刺激できるかという点こそがほとんど唯一治療師が行えること、行うべきことだと考え日々技術の向上に努めています。

ポリモーダル受容器の受容野は文献によっても異なりますが数平方㎜と言われていますので、鍼管の太さで生じる避けられない誤差を考慮してもその範囲内で刺鍼や指圧できる必要があります。

 

「鍼灸刺激の末梢受容機序におけるポリモーダル受容器の役割」川喜田健司:明治鍼灸医学 6号:23-35(1990)

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