鍼は痛いのか?

鍼は痛いのか?  –  鍼が痛いのは下手だから?

 

鍼灸師であれば必ず何度も聞かれる質問です。もっとも単純な問いで、答えもシンプルですが、ちゃんと正面から答えたものは、なぜかほとんど見たことがありません。

先に結論だけ述べてしまいますと、

1. 皮膚に刺さる瞬間    →  基本的に痛くない(*1)

2. 皮下組織内に留まる刺入 →  基本的に痛くない(*2)

 

筋膜を越えて筋肉内に入る  3. 正常な筋膜・筋肉組織なら → 痛くない

              4. 異常(こり)があるなら  → 痛い(響き)

 (*1)切皮痛といって、たまにハプニング的に痛いことがある。

 (*2)例外的に痛い場合については後述。

*4.の「痛い(響き)」は、いわゆる普通にイメージする”痛い”と異なる独特の感覚です。俗に「響く」と表現されますが、痛みを伝える神経が伝える感覚ですので以下でも「痛い(響き)」として記載しております。

 

このようになります。非常にシンプルです。

1.2.3.については基本的に痛くない。

これに対して必ず痛い(=響く)のは4. の場合です。コリの程度がひどいほど、痛み(響き)は強くなります。ほどよい痛み(響き)であれば俗にいう「いた気持ちいい」という生理学的に不思議な感覚で鍼のファンが好む感覚です。

それから、後述しますが、よく言われるような、「下手だから痛い」という話はこの表のどこにも入る余地のないナンセンスな議論です。

「鍼が細いから痛くない」という話も、よく聞きます。たしかに、太くなるほど侵害刺激としての性質が強くなるので、1.2.3.の場合でも痛くなりやすいという意味では誤りではないですが、極細の鍼でも4. の場合は痛いです。鍼治療の痛みの本質を論じる場面においては私にはあまり適切な答えとは思えません。

図で確認しておきます。

鍼刺入時の痛み(表皮・真皮・筋膜)

切皮痛(皮膚に入る瞬間の痛み)が問題となるのは表皮・真皮の箇所です。

次に、脂肪層・浅筋膜を通過する場面、

そして筋上膜(筋外膜)を通過する場面、

筋肉内を通過する場面の各場面で痛み(響き)が議論されます。

多くの場合、

鍼が痛いか痛くないか、という話と(生理学的事実)

痛い鍼の治療が必要か不要か(必要性)

良い悪い・好きか嫌いか(感情・評価)

体質的に合っているか否か(許容性)

治療は痛くなくあるべき(文化的背景)

痛いと伝えたくない(バイアス)

 

こういった、「事実」と「価値」や「評価」の話がごちゃ混ぜになって語られて論者のバイアスのかかった答えが返されるという事になっています。

結論から申し上げますと、生理学的な事実として、ある一定の場合(上記4.)はほぼ間違いなく確実に痛いです。そのある範囲内が「響き」と呼ばれます。

 

その次に、

そういった治療が必要か不要か、好きか嫌いか、体質的に合っているか否かという話に進むべきです。 

→ 例)効くのは分かっているけど嫌、あるいは、受けたいけど体質的に合わない、など。

ここでは純粋に、鍼が痛いか痛くないか、という事を取り上げてみたいと思います。

鍼と痛みについて以下のような内容をよく目にします。

下手な人が打つと痛い、たとえば、切皮の時の鍼の叩き方の力加減が良くない、押手の圧が不適切だから、鍼が痛いのは中に進める時にまっすぐ力がかかっていないから

 

これは患者様が本当に知りたいことへの答えに全くなっていませんし、話をややこしくしている一因です。

つまり、

初歩的な技術をクリアしているプロが打つ鍼が痛いか否かというレベルの話をしているはずなのに、

鍼の専門学校の学生や見習い鍼灸師のころにクリアする話(シェフや板前さんなら食材を真っすぐ切るとかそういったレベルの話)ですから、それをここへもってきて鍼が痛い痛くないという問いへの答えとするのはまったく不適切です。

むしろ、こういう言い方をするのであれば、プロでも小さいコリに当てるのは難しいので、下手だからコリに当てられず痛くないという事の方がよほど正しい答えです。

 

1.「皮膚に入る場面」、2.「皮下組織内に留まる場合」とその先の 3.「筋膜・筋肉に到達・通過する場面」で分けて考えてみます。

1. 皮膚に入る場面

まず、皮膚に入るという場面に限定すれば、基本的に「痛くない」というのが答えになります。

日本で使用されている鍼はとても細く、鍼先もできるだけ抵抗が少ないように作られており、(詳しくは鍼先の形状についてをご参照ください)注射器のような痛みをイメージされているとしたらそれは違います。たいていの場合、皮膚に入ったことが分かりません。

しかし、まれにチクっとすることがあります。

まれに起こる痛みについて: 場所がよほど悪いのか、製造時の鍼先の不具合によるのか(鍼の不快な痛みと鍼先の不具合をご参照ください)不明ですがまれに起こることがあります。鍼に問題がなかったとした場合、当院では3つの可能性を考えています。

1つ目は、おそらく皮膚付近の血管に当たってしまった場合です。これは本当に場所が悪かった、ということになります。通常、見える血管は避けて鍼を打ちますのでこれが生じるとしたら表皮から見えない数ミリ入ったところに血管が走っていた場合ということになります。ただし、特に痛みもないのに後で内出血が確認される場合もある(例:ぶつけた覚えがないにいつの間にかアザができていたなど、どなたでも経験があると思います)ので血管に当たることが即、痛みということではないとも考えられます。

 

2つ目は、高閾値機械的受容器が反応した場合です。侵害的な機械刺激を受け持つセンサーですが、1×2平方mmの受容野(受け持つ面積)を持つものと、数mm×1cm以上の受容野を持つものがあるのでその面積内に鍼が入っていれば侵害刺激として痛みを伝えることになります。後者は皮膚付近の血管に沿って受容野が伸びていることが報告されている(*)ので上記の血管に当たったというのは、実は血管に沿って伸びる高閾値侵害受容器の受容野に鍼が入ったせいかもしれません。いずれにせよ、2つ目のケースも場所が悪かった、ということになります。

 

3つ目は、ポリモーダル受容器に当たった場合です。高閾値侵害受容器、同様、通常は1平方mm(~2平方mm以下)の受容野を持つのでその面積内に鍼が入るとやはり痛みを伝えることになります。ポリモーダル受容器は特異な性質として、感度にかなりばらつきがあり、敏感なものと鈍感なものの間には感じ方に5倍から10倍の差があることが報告されています(*)。それに加え、悪い場所はポリモーダル受容器の感度が敏感になるので、もともとは感度が低かったポリモーダル受容器の部位でも敏感になっているので皮膚レベルでも痛みが出やすいという事が言えると思います。ただし、この場合に当たっての痛みは場所が悪かったというよりもむしろ場所が良かった、と考えられます。なぜならそれにより神経性炎症 → 治癒(鎮痛、コリの緩解) という効果が見込まれるからです。

 

1と2は刺した瞬間に、不快な鋭い痛みとして感じられます。治療効果もおそらくないので決して我慢せず、即、治療師に伝えるべきです。2,3mmずらして打ち直せばまず問題ありません。3についてはもう少し穏やかな鈍い痛みでその場で動かさず少し時間を置けば収まっていきます。よほど受けなれた方でないと区別が困難かもしれませんが、鋭く「不快」な痛みという区別ができると思います。

(*)『Response of Cutaneous Sensory Units with Unmyelinated Fibers to Noxious Stimuli 』P Bessou and E R Perl : J Neurophysiol 32:1025-1043, 1969. 

 

カウントしているわけではないので感覚的なお話になってしまいますが、毎日鍼を打っていて忘れた頃に「チクっ」とさせてしまい大変申し訳ございません…というのが私の印象です。

鍼の痛みが話題になるとき、この「切皮痛」がメインで語られている場面を目にすることがあります。患者様に余計な負担をお掛けしないためゼロを目指さなければならないのは当然ですが、決して治療の場面においての本質的な議論ではありません。

 

2. 皮下組織内

皮膚表面を越えて皮下組織内に留まる場合も、ほとんど痛いことはありません。

ですので皮膚皮下組織内で鍼刺激を行う治療法を取る限りは、まれに起こる例外を除いて基本的に「鍼は痛くない」というのが答えになります。

ではどんな場合に、例外的に痛いのか?というとまず前記同様、場所が悪かったという場合が考えられます。そして、これは論文等、客観的に行われた研究に基づくものではなく臨床経験からですが、悪い部位ではコリに至らない皮下組織内でも痛みが生じやすいという事です。浅筋膜にもポリモーダル受容器(あるいはサイレント侵害受容器*1,*2)が存在するので循環不全や炎症などで閾値が低下(=感作と言います)していれば痛みが出ることになります。

*1 Sato A, Schmidt RF, 『体性 自律神経反射の生理学』山口眞二郎(訳), Springer, 2007.

*2 木村裕明, 『Fascia リリースの基本と臨床』, 文光堂, 2017.  

 

3. 問題はその先ですが、筋膜や筋肉内に達する鍼治療を行う場合です。

 3 – A. 異常(凝り)がない筋肉の場合

痛くありません。

多くの場合、鍼が筋膜を過ぎて筋肉の奥に入ってきていることさえ、分かりません。筋肉内に感覚神経があまりないからです。筋膜上には感覚受容器はたくさんありますが、感作(敏感化)されていなければ日本の細い鍼は侵害刺激として認識されないようで痛みは生じません。

ただし、例えば、くぎを刺したり槍で付けばどこだって痛いわけですから太い鍼を使えば侵害刺激としてこのような部位でも痛いと認識されることになります。

 

3 – B. 「コリ」や「トリガーポイント」などを刺激する場合

ドライ・ニードリングの一つ、筋肉内刺激法(intramuscular stimulation : 通称 IMS)で世界的に著名なC. Gunnはその著書(*1)の中で「正常な筋に鍼を刺入しても痛くはない。しかし、スパズムが有ると、鍼がぎゅっと掴まれるとともに、患者は奇妙な痙攣用の感覚を感じる。…痙攣は猛烈に痛いこともあるが、スパズムが収まるにつれて、だんだん楽になってくる。」とシンプルに述べています。当院での臨床経験とも完全に一致します。

(*1)『筋筋膜性疼痛の治療 – ハリ治療の西洋医学的手法』, 著 C.Gunn.,訳 大村昭人他, 克誠堂出版株式会社, 1995. 

また、Gun氏のIMSについての教育プログラムのホームページ(→ The Gunn IMS teaching program)では以下のように説明されています。

「The needle sites can be at the epicenter of taut, tender muscle bands, or they can be near the spine where the nerve root may have become irritated and supersensitive. Penetration of a normal muscle is painless; however, a shortened, supersensitive muscle will ‘grasp’ the needle in what can be described as a cramping sensation. The result is threefold. One, a stretch receptor in the muscle is stimulated, producing a reflex relaxation (lengthening). Two, the needle also causes a small injury that draws blood to the area, initiating the natural healing process. Three, the treatment creates an electrical potential in the muscle to make the nerve function normally again.  …

 Supersensitive areas can be desensitized, and the persistent pull of shortened muscles can be released. IMS is very effective for releasing shortened muscles under contracture, thereby causing mechanical pain from muscle pull.」

→ 概訳: 鍼は筋硬結の震源地や、脊椎のそばの神経根が過敏になっている場所に刺入される。正常な筋肉では痛くないが短縮したり過敏な筋では痙攣様の感覚(響き)が生じる。結果は、3つ挙げられる。1.筋の伸展受容器が刺激され反射として弛緩が生じる。2.刺入部位に微細な傷害が生じて血液が集まり正常な治癒プロセスが始まる。3.治療で神経機能が正常化し筋電位が生じる。…過敏なエリアは不活性化され筋短縮は解放される。IMSは筋短縮により生じる痛みの治療にとても効果的である

刺入時の痛み(響き)が生じるメカニズムについては詳しく説明されていませんが、この点については、海外の文献よりもむしろ、熊澤孝朗氏をはじめとする日本の研究者が大変素晴らしい研究をしており、ポリモーダル受容器の性質を理解することで、治療時の痛みの理由・意義を理解することが出来ます。

 

異常がある筋肉・筋膜ポリモーダル受容器が(あるいはサイレント侵害受容器と呼ばれる、普段は上方を伝えないが何らかの異常状態に置かれると痛み情報を積極的に発するようになる受容器の存在が報告されています)とても敏感になっています。悪い筋肉・筋膜ほど、より敏感になっています。したがって、この部分に鍼が当たれば、「痛い(強い響き)」です。

とても程度の悪いコリに当たれば、極細鍼でもはっきり言って無茶苦茶に響き(痛い)ます。極細鍼であっても最大に刺激するなら、多分失神する人も出てくるくらいの刺激になり得ます。

どの瞬間に痛み(響き)が出るのかといいますと、以下の2枚(上:オリジナル、下:解説)で言うと、これは鍼先が肩甲挙筋の筋膜に届こうとしている瞬間ですがこの筋膜に鍼が触れた瞬間に痛み(響き)が出る場合がほとんどです。筋膜上にポリモーダル受容器がたくさんあるからです。そしてLTR(部分筋攣縮)と呼ばれる、ビクンと勝手に筋肉が一瞬大きく収縮する反応も鍼先が筋膜に触れた瞬間に出ることがほとんどです。 ( ☞ 参考動画:響きの生まれる瞬間を見てみる

長軸方向からの図もイメージしやすいようにご紹介いたします。(上:オリジナル、下:解説)

(↑)大腿四頭筋内の筋束の筋膜に当たった瞬間です。多くの場合こういったタイミングで響きますが、筋肉があまりにも凝って悪い場合、筋肉内を鍼が進むときもかなりの響き(痛み)が出ることがあります。(筋肉内で響きはエルゴ・レセプターによると説明している文献もあります。働きとしては刺激により末梢でCGRPなどの神経ペプチドを放出するなど、ポリモーダル受容器と類似の働きをするようなので当院ではポリモーダル受容器に含めて考えております。)本来、筋肉内には筋膜上ほどはポリモーダル受容器は多くないはずですが、その少ないポリモーダル受容器がMaxに過敏になっているためと思われます。ひどい肩こりや、首や腰の奥深くに眠るコリの塊でしばしば起こります。

 

ポリモーダル受容器の反応性については以下の図が参考になります。

ポリモーダル受容器の反応性の変化のグラフ(刺激強度とニューロン活動の変化)

fig1. 侵害受容器と非侵害受容器活動の模式図

(出典:熊澤孝朗,エンケファリンとエンドルフィンー痛みの制御をめぐって : 講談社 1981より )

①は侵害受容器のうち高閾値機械的侵害受容器
②は侵害受容器のうちポリモーダル受容器
③は非侵害受容器(ex.触覚を伝える受容器など)

↑ この図からわかること: ①、②の「侵害受容器」は刺激が強くなるほど強い痛みを発する

 

肩こりの筋肉の周囲などの環境の模擬図としてポリモーダル受容器の感作の度合いを示す図

fig2. ポリモーダル受容器の熱反応の各種の炎症物質による増強
(左白 : コ ン トロー ル熱 反応) (右グレー :5-HT (セロトニン)、PGE2(プロスタグランジンE2)、His(ヒスタミン)、BK(ブラジキニン)投与後、および55℃ 熱刺激後の熱反応

(出典:熊澤孝朗、全日本鍼灸学会雑誌 42巻3号(220-227)より)

↑ この図からわかること : 炎症物質にさらされるとポリモーダル受容器は反応性が高まる

 

腰痛や肩こりの部位でのポリモーダル受容器の反応の仕方(通常との違い)を示すグラフ

(fig1_2) : fig2 の話を fig1 に反映させるとこのようになります。感作(敏感になる)されるということは、「下駄をはかせた」状態になるということなので、正常ならば星Aに該当するはずの刺激(非侵害的)が、星Bの刺激(侵害的)に相当することになります。

正常な筋肉・筋膜組織(fig2.白い柱)はあまり反応性が高くないので、日本で多く使用されているような細い鍼では反応を示さず(「侵害」だと認識されない)痛く感じません。ただし、もしこういった筋肉に「釘」が刺さればまぎれもない「侵害」刺激なので当然、ポリモーダル受容器は反応し痛みを伝えます。異常を伝えるのが役割なので当然です。

ここからは個人的な意見ですが、いわゆる中国鍼や欧米で使用されている太い鍼は正常な組織にさえ「侵害刺激」として認識されるのではないかと思います(「釘」に近い)。つまり、どこに打っても基本、「痛い」(=ポリモーダル受容器が興奮)のではないかと思います。そして、確実にポリモーダル受容器を反応させるのだとしたら、ポリモーダル受容器の反応から始まる様々な生体反応の利益(鍼の効果)を確実に享受できるので鍼は「効く」という結果になると思われます。腕の良し悪しによる効果のバラつきのリスクは低いことになります。実際に、治療師の経験年数は治療効果に影響なし?でご紹介しておりますように海外の研究ではそのような報告もなされています。

もしそうであっても私にはどうしても、人を治療する、という行為として美しさに欠けると思えてしまいますし、日本鍼灸が流行っていることからも多くの日本人の感覚としても受け入るのは難しいのではないかと思いますのでこのスタイルが今後日本で流行るとは思えません。血管や神経に当たった時の痛み(や痺れ)は相当なものになるのではないかと想像します。ただその痛みも結局は、ポリモーダル受容器が反応しているので、それも込みで鍼の「効果」となるのかもしれません。自己言及的ですが筋を通すとそうなります。

下図は、こんな文脈で出してしまって本当に申し訳ございませんが…一応公開されている論文ですので(直径0.9mmの鍼を刺入している場面)…効果があるとしても個人的には抵抗を覚える場面です。ただし名誉のために、理論上は、例えツボと言われている場所から外れてしまったとしても、必ず一定以上の効果を出せるはずだ、ということは重ねて申し上げておきます。

 

中国鍼はかなり太い

中国鍼は相当、太いのでかなり痛そう

Impact of Needle Diameter on Long-Term Dry Needling Treatment of Chronic Lumbar Myofascial Pain Syndrome
(Wang G, Gao Q, Li J, Tian Y, Hou J: Impact of needle diameter on long-term dry needling treatment of chronic lumbar myofascial pain syndrome. Am J Phys Med Rehabil 2016;95:483Y494.より)

 

さて、先の図 fig2. に戻りますと、凝った筋肉・筋膜組織(グレーの柱)はとても反応性が高くなっているので、この部位に当たれば、たとえ日本で入手できる一番細い鍼を使用してもかなり「痛い」つまり、響きます( fig1_2 でいえば星B)。

そして、おそらく治療後かなりの確率で筋肉痛(マッサージでよく言われる”揉み返し”)が出ますし、直後には「治療前より余計に痛くなった」と感じる場合もあります。特に年季の入った深いコリを刺激すると、今まで悪いなら悪いなりにバランスが取れていたところが一気に崩されるので、寝た子を起こす、という状態になり一時的にそういうことが起こりえます。

ですので認識として、程度のとても悪いコリを取る処置は、一種の手術だと思われた方が良いかもしれません。

ここに対して全く痛くなく鍼を打て、というのは原理的に不可能です。それでは、仕方ないのだから患者様はひたすら我慢しろ、というのではあまりにも芸がありませんので、この点をどうやって上手に対処できるかということにエネルギーを費やしているのがトリガーポイント療法はじめ、コリと正面から向き合う治療師の姿だと思います。

 

ここまでの結論として、「筋硬結(こり)、とそれを包む筋膜に鍼が当たれば痛い」ということです。

次に出てくる話としまして

響きが好きあるいは甘受できるという方もいらっしゃれば、不快・嫌だという方もいらっしゃいます。好みの問題は仕方ないことですので、不可であれば響き無しで似た効果を出す方法を模索することになります。

また、

治療の必要性としては、コリの程度の悪さや、何を目的(鎮痛か、コリの除去か、体質改善か)とするのか?

患者様の体質的な問題(遺伝子的に鍼が効きやすい・効きにくい)

許容性としては、やはり患者様の体質的問題として強い刺激に耐えられるのか否か

 

などの話が考えられます。

ここでは、「好みの問題」や「体質」などの問題をクリアして、「コリの程度は悪く」、「コリの除去を目的」とするとした場合に、

なぜ、わざわざ悪い場所に鍼を当てて響きを得る必要があるのか?

ということを簡単に触れさせていただきます。(詳しくはポリモーダル受容器に関するコンテンツをご参照ください。)

簡単に言えば、皮膚刺激・皮下組織内での刺激では出せない効果があるから、という事になります。

皮膚の刺激も生理学的事実としてたくさんの受容器(皮膚にもポリモーダル受容器はもちろんあります)や神経が興奮して様々な変化・治療効果をもたらしますが、筋膜・筋肉などの深部組織が刺激されたことにより生じる効果とは比較になりません。

ポリモーダル受容器が刺激されたときに何が起こるかといいますと、神経ペプチドという物質が「脊髄ー脳の方向」と逆の「末端の方向」の2方向に伝わります。「脊髄―脳」の方に向かえば痛み情報の伝達に使用(5%)され、「末端」の方向に伝わったもの(95%)はその部分で神経性炎症という現象を引き起こして血管が広がったり、様々な物質が集まってきて組織の修復作業が始まります。

つまり、この場合、痛みと修復は一つのセットになっていて切り離せない訳です。

状態が悪ければポリモーダル受容器の刺激から始まる一連の反応は、より強いものになるので治療後の筋肉痛なども強く出ることになります。(→ 鍼灸マッサージ治療の後の筋肉痛・だるさ

 

よって、鍼は当たれば確実に効きますが、生体の正常な生理反応として、このようなことが起こりうるので、あらかじめ十分理解していただく必要があるのと、また、治療師としては実際に生じたときに「好転反応ですから」の一言で済まさずに科学的にしっかり説明できることが必要です。

鍼は痛いのか、という問いに、正面からお答えすると以上のようになります。

* 鍼を中心に進めてまいりましたが、コリの解消が、ポリモーダル受容器の刺激・興奮から始まることから考えると、どのような手段でポリモーダル受容器を興奮させるかの違いに過ぎないので、マッサージの場合は指でそれを行うという事になります。

したがって、痛いマッサージは下手なのか?という疑問に対する答えも鍼と同様になります。(マッサージは刺激が体表面にとどまりポリモーダル受容器の存在する筋膜や組織に直接触れるわけではないので、起こる反応は鍼より小さいという量的な違いはあります。)