筋肉内刺激法(IMS : intramuscular stimulation)について
ドライニードリングの技術の適用方法・運用理論としてトリガーポイント療法が有名ですが、さらに大きな枠組みを提供する筋肉内刺激法(IMS : intramuscular stimulation)という療法があります。
IMSは鍼を西洋医学の神経生理学的理解に基づいて適用するもので、中国系カナダ人医師C. Gunnにより発展したものですが、
この治療法の理論的核となる点を一言で表現すると、
多くの慢性痛は神経システムの機能障害の結果だという事です。
Dr.Gunnは、伝統的な東洋医学の鍼治療は、現代においては科学的手法で実施されうると考え、
例えば、
“気”とは神経のインパルス(活動電位)であり、
陰と陽のバランスとは交感神経と副交感神経のバランスのことであり、
固有受容器の重要性は鍼の「響き」によって説明され、
これらに効果的な特定の治療点が、経穴(ツボ)とされてきた、と述べています。
私も専門学校に通っていた時、東洋医学の授業で「陰陽」の概念の説明を聞いている時、「要するに交感神経と副交感神経のバランスが大事だ」ということを言葉を変えていっているだけではないか?と感じていたのでGunn氏のIMSの文献を初めて読んだときうれしく思いました。
Dr.Gunnは、慢性痛や自律神経系の失調などを治療するにあたり、伝統的な東洋医学的手法が提供する料理本のような手順化された紋切り型の治療では効果が出ないことが多いことを問題視し、慢性疼痛を根本的に解決すべくIMSを発展させてきました。
一般的に、様々な不調、例えば、上腕二頭筋腱鞘炎、外側上顆炎、変形性膝関節症、慢性腰痛、四十肩等…は別個の無関係な局所的な病症と考えられ、それぞれ名付けられていますが、IMSにおいてはこれらの原因はただ一つ、ニューロパシー(神経の機能異常)であると考えます。この点が最大の特色です。
ニューロパシーという神経系のなんらかの機能障害があって疼痛やその他の体調不良が生じると捉え、たいていは神経根障害の結果として神経機能障害が起こることから、出る症状は感覚神経系、運動神経系および自律神経系の兆候を伴うことになります。つまり、感覚神経系が影響を受け「痛みやしびれ・痒み、感覚異常」、運動神経系が受ける影響として「筋力低下、易疲労」、自律神経系の受ける影響としては「冷え・食欲不振・浮腫・多汗・脱毛」などがニューロパシーという一つの原因から生じることになります。
この考え方をバックアップするような話を痒み・痺れの研究領域で見ることが出来ます。
Notalgia paresthetica(錯感覚性背痛)という原因不明の、肩甲骨間に限局した(T2-T6 領域)耐えがたい痒みや感覚鈍麻を起こす疾患があります。脊髄神経後枝が、走行する背筋内や筋膜を通過する際に絞扼されたことが原因とする説が一般的ですが、最近、胸椎椎間孔の変性(狭小化)、脊髄神経根の圧迫の可能性も指摘されるようになっています。
- 『しびれ感 – 標準的神経治療』; 日本神経治療学会, 医学書院, 2017.
- 『汎発性皮膚そう痒症診療ガイドライン』:日本皮膚科学会雑誌、2012;122:267-280. など
神経根障害という点について少し具体的に説明いたします。
図1
図2
脊髄神経(神経根)は脊椎と脊椎の作る穴(椎間孔:図1参照)を通って外へ出ますが、腰背筋群に筋硬結・筋短縮があると、脊椎を引っ張り合うために椎間板は圧縮され、突出した椎間板が神経根を刺激したり、椎間孔が狭くなるためそこを通る神経を圧迫し神経の血流障害、信号伝達障害が起こり、情報を受け取る先の組織(筋肉や血管、内臓など)に異常興奮、廃用性過敏を引き起こします。
*椎間孔を通る神経(神経根)は感覚神経・運動神経・自律神経の束なったものです。
図2のどの筋肉が緊張亢進や短縮を起こしても、その筋肉がまたぐ椎骨が作る椎間孔の狭小化、椎間板の圧縮、椎間関節への強い物理的ストレスを生じることになります。
こうして起こるニューロパシー(神経の機能異常)は筋緊張を高め(スパズム)、筋の短縮をひどくします。そして、筋に短縮によって様々な組織が引っ張られ、多様な痛み症候群が機械的に起こることになります。
このような過敏は骨格筋にとどまらず、血管や内臓の平滑筋・脊髄神経細胞、交感神経節、副腎、汗腺などを含む様々な人体の組織で起こりうるため先に挙げたような様々な症状を引き起こすことになります。
筋の短縮が続けば筋肉がまたぐ関節内の圧力を上昇させ、関節のアラインメントを狂わし、関節部に痛みを起こし(関節痛)やがては退行性の変化を引き起こす。
変形性膝関節症・股関節症、四十肩・五十肩、腱鞘炎などの原因となります。
椎間関節性の腰痛も同様です。
背筋(傍脊椎筋群)の緊張が、神経根の圧迫とニューロパシーを起こし、ニューロパシーが傍脊椎筋群を含む標的筋群に痛みとスパズムを引き起こし、傍脊椎筋群のスパズムがさらに神経根を圧縮する。そして脊椎関節にかかる圧力上昇が継続し椎間関節症となり痛みを発するようになります。
このように、
様々な症状名で呼ばれていても結局は、該当する分節における神経根障害を治療することが必要で、つまり、傍脊椎筋群を治療しない限り痛みや不調は継続するという事になります。
圧痛点療法に終始しがちなDry needlingや、痛みの部位と近接する筋肉が主な対象に留まるトリガーポイント療法に対して一歩深い次元から理論的基礎を与える魅力的な仮説です。
Dr. Gunnは、
・痛みを持っている末梢の筋肉にのみ治療を限ってしまうと、神経根を圧迫している神経分節と同レベルの傍脊椎筋群の短縮により痛みが続いている場合には、治療がうまくいかない可能性がある。
・傍脊椎筋群の短縮は一般的に反射性の刺激を受け付けず、また、神経根の圧迫を解除し悪循環を断ち切るためには徹底的な治療が必要となる。牽引や用手操作を普通行うが、しばしば不成功に終わる。そのような場合には、傍脊椎筋群に正確に繰り返し鍼治療を行うことでスパズムを和らげることが出来る。
と述べています。
このようにIMS療法は局所の圧痛点療法という点にとどまらず、主目的は神経根を圧迫・刺激し、痛みを起こしている傍脊椎筋群の短縮をやわらげることにあります。
主張の各ポイントがすべて実証されているわけではありませんが大変示唆に富んだ魅力的な仮説だと思います。
当院でも、(頸部・腰背部などの)治療を行っているうちにいつの間にか冷え性が改善されていたという報告も実際に患者様から受けることが多いので脊椎周囲の筋硬結・筋短縮の改善が自律神経症状の改善にもつながるという事は臨床経験上からも首肯できます。
参考)
『筋筋膜痛の治療』- 鍼治療の西洋医学的手法 – ; C. Gunn. (訳: 大村昭人ほか)克誠堂出版株式会社, 1995.
『Trigger Point Dry Needling』 – An Evidence and Clinical-Based Approach ; J. Dommerholt, Elsevier, 2018.