ドライ・ニードリング.vs.ウェット・ニードリング

ドライ・ニードリング vs. ウェット・ニードリング

 

ドライ・ニードリングについてでご紹介しましたように、ドライニードリングは筋筋膜性疼痛(あるいはトリガーポイント・fascia 軟部組織由来の痛み)への薬液(麻酔薬)注射から生まれたものです。

薬液注射療法(ウェットニードリング)とドライニードリングについての研究をいくつかご紹介いたします。

 

1800年代から、主に1900年代前半にかけて今で言う筋筋膜性疼痛(MPS)の治療として様々な物質が注射されてきました。

麻酔液、キニーネ(マラリアの薬)、尿素、クロロホルム、アルコール、オスミン酸、酸素、ノボカイン、食塩水、樟脳油、硫酸マグネシウム、ヨウ素化油、リンガー溶液、アンチピリン、流動ワセリン、モルヒネ、ヌペルカイン、プロカイン、チオシナミン、蟻(ぎ)酸、硫黄、ヨウ素、蒸留水、低張食塩水など

これらが薬液治療として行われ、腰痛や坐骨神経痛の改善が報告されています。

結合組織内への空気注射も報告されています。

種類の多さに驚きますが、冷静に考えると注入する中身は何でも良いのではないか?という気がします。

 

1930年代の終わり頃、J.Kellgren.とT. Lewis が食塩水を実験的に筋肉に注射したところ離れた部位に痛みが起こることを発見しました。

そしてこのような痛みがプロカイン(局所麻酔薬)の注射で収まることも発見しました。

 

その後、欧米諸国で同様の研究(Gustrein, Good, Harman, Young, Steindler, Travell, Simionsらによって)が行われ、トリガーポイント療法などが生まれました。

ちなみに最初にトリガーポイントの用語を使ったのはA. Steindler と言われています。

 

ドライニードリングはこのようなトリガーポイント注射療法のいわば落とし子的な誕生の仕方です。

 

Brav & Sigmond, 1941.

1941年に、BravとSigmondが何も薬液を注入せず、単に注射器を刺しただけで痛みが消えるという報告をしました。

 

62人の腰痛・坐骨神経痛患者を

以下の3グループに分け

1・28人 10~15㏄の1%ノボカインを腰部の筋肉に注射

2・17人 10~15㏄の食塩水

3・17人 何も薬液を含まず注射器を刺しただけ

 

結果は3グループに分けて評価されました

1:全く効果なし

2:永続的効果:少なくとも丸1年痛みが出ないあるいは著しい軽減が続いた

3:一時的効果

 

全62名のうち35人(57%)が何らかの効果を得た。18人(29%)においては永続的効果。

 

ノボカイン群:28人中

16人(57%)が何らかの効果。

12人(43%)においては永続的効果、

4人(14%)においては一時的効果、

 

食塩水群:17人中

9人(53%)が何らかの効果。

2人(12%)が永続的効果、

7人(41%)が一時的効果。

 

無液群:17人中

10人(59%)が何らかの効果。

4人(24%)が永続的効果、

6人(35%)が一時的効果。

 

 

各グループ似たような比率になっている。

ノボカインが一番で、dry needlingがほぼ同様の結果で2番目。

 

Brav EA, Sigmond H: The local and regional injection treatment of low back pain and sciatica. Ann Int Med 15: 840–852, 1941.

 

Paulett, 1947

彼は痛みを除くために、プロカインだけでなく、食塩水、それにdry needlingからも痛みの軽減が得られることを報告しています。

その中で、実際の方法にも言及し、

 

tender pointsと呼ばれる悪い部位に刺入する必要があること、

現在で言う部分筋攣縮(LTR)が引き起こること、

皮下への刺入あるいは痛み(響き)のない刺入では有益な結果が得られないこと、

 

を報告している。

 

Paulett JD: Low back pain. Lancet 2: 272–276, 1947.

 

Karel Lewit, 1979.

1979年にはKarel Lewitがdry needling のランドマークとなるべき論文‘‘The Needle Effect in the Relief of Myofascial Pain’’を発表しました。

 

・効果は悪い部分に当てられるかという鍼操作の正確性に依存している

・筋肉に限られない(腱や靭帯なども対象):今で言うfasciaも治療対象となる

・dry needling で生じるような痛みの除去を刺して「鍼の効果」the needle effect と呼んだ

 

既述の通り1940年代には既に今で言う筋筋膜性の疼痛に対して局所麻酔など注射(wet needling)をすると効果的であること、そして注射する薬液の種類や濃度が鎮痛効果に影響しないらしいことに気づき始めていました。

体液と同じ濃さの生理食塩水(要するに薬ではなく「水」)でも同等の鎮痛効果があり、そして何も注射しないで注射器を刺すだけでも同じ効果が出る、このようなことが報告され、それならば鍼治療で使用している鍼(dry needling)の方が身体に対する侵襲性の少ない鍼 の方が適しているという事になりました。

 

Dry needling の神髄については1979年のKarel Lewitが記した論文にすでに明らかにされています。

「The effectiveness of treatment was related to the intensity of pain produced at the trigger zone, and to the precision with which the site of maximal tenderness was located by the needle.」

→ 要するに、「どれだけ正確に悪い部位に刺激を入れられるかにかかっている」という事です。これは当院の臨床経験上、まったくその通りで当たれば瞬間的にコリが緩みます。もちろん慢性的なこじれた疼痛は別ですが、通常の筋筋膜性の疼痛であれば即時に痛みは消えます。

浅い鍼などでは生じえない劇的な効果で、プラセボ効果などと間違う余地のないレベルの明確な変化です。

 

 

この論文では、241人の慢性痛患者を対象に調査を行い、

最も顕著な圧痛点に鍼が当たった時に、86.8%のケースで即時の鎮痛が観察されました。

288か所の痛みポイントのうち、92か所で永続的な痛みの消失、58か所で数カ月単位の消失、63か所で数週間、32か所で数日間痛みが消失しました。

 

「the input produced by stimulation appears to be a critical factor. Intensity of the painful stimulus seems indeed to be crucial for producing the NE.」

この、彼が言う「鍼の効果(NE : needle effect)」を反応を引き起こすために重要な強力な刺激(Intensity of the painful stimulus)というのは、この論文ではそれ以上触れられていませんが、現在までの生理学的研究で明らかにされていることを合わせて考えると「感作されたポリモーダル受容器に刺激を入れる」という事になります。決して物理的に強力な刺激(太い鍼を使うとか、乱暴な刺し方をするとか)が必要ということではありません。

 

「The effectiveness of treatment was related to the intensity of pain produced at the trigger zone, and to the precision with which the site of maximal tenderness was located by the needle.」

最大の効果を引き出すためには悪い部位のポリモーダル受容器を正確に当てるという「鍼操作の正確性」が求められます。

 

また、筋肉組織に限らず、靭帯や骨膜の異常による痛みにも効果的であると述べています。

 

「after immediate relief, a reactivation of pain may occur several hours later or the following day. This usually lasts for 1 or 2 days, and only then is the full therapeutic effect observed.」

 → 即時の症状改善の後、痛み(いわゆる揉み返しなどと呼ばれる治療後の筋肉痛)が数時間~1,2日ほど生じる。その後に完全な治療効果が得られる。

 

これも現在であれば、ポリモーダル受容器が刺激を受けたことで神経性炎症が生じ組織の修復が行われているため起こる現象であること説明できます。

 

 

Lewit K: The needle effect in the relief of myofascial pain. Pain 6: 83–90, 1979.

*論文をこのコンテンツの最後に添付いたしました。ご興味ある方はお読みください。

 

Frost, 1980

これまで様々な薬液注射、濃度などで実験が行われてきたが、条件がコントロールされていたものはなかったので、コントロール下で行った。

被験者53名

全4回

0.5%メピバカイン注射 28人

生理食塩水注射 25人

 

改善

食塩水注射グループ: 68%が改善を報告

メピバカイングループ: 34%が改善を報告

 

著しい改善・完治

食塩水注射グループ: 48%

メピバカイングループ: 42%

 

 

生理食塩水注射の方が効果が高い傾向があった。

痛みの軽減は局所麻酔によるものではない。

 

この結果からすると生理食塩水注射の方が、副作用が少ないことからも推奨される

メカニズムが問題となるが刺すことに意味があるならトリガーポイントに鍼を刺す行為も同様である。

 

F.A.Frost., B.JessenJ.Siggaard-Andersen; A Control, Double-Blind Comparison of Mepivacaine Injection Versus Saline Injection for Myofascial Pain; The Lancet., Volume 315, Issue 8167, 8 March 1980, Pages 499-501.

 

Garvey, 1989

ランダム化二重盲検法による質の高い研究として

 

63名の腰痛患者

以下の4グループ

・リドカイン(局所麻酔薬)

・ステロイド+リドカイン

・鍼

・冷却スプレー+指圧

 

改善

薬物注射なし(therapy without injected medication):63%

薬液注射あり(therapy with drug injection):42%

 

トリガーポイント療法は腰痛の治療に有効である。

トリガーポイントへの直接的な機械刺激が症状改善に効果的なのであって、注入される物質は明らかに重要な要因ではない。

 

 

Garvey TA, Marks MR, Wiesel SW. A prospective, randomized, double-blind evaluation of trigger point injection therapy for low back pain. Spine 1989;14(9):962-4.

 

Cochrane review, 2008.

これまでに発表された様々な研究結果から質の高いものだけをピックアップしてまとめられたシステマティックレビュー

*コクラン共同計画(Cochrane Collaboration; CC)とは、医療情報(治療や予防に関する情報)を吟味し、人々に伝えるために世界展開している組織で、“エビデンスに基づく医療”(evidence-based medicine:EBM)を実践するための, 最も有用な情報源のひとつとされ、提供されるコクランレビューは権威ある、重要かつ信頼性の高い科学的根拠(エビデンス)をとされています。

 

現在までの結論:

どの薬液(各種麻酔薬・ステロイド剤・ボツリヌス毒素・生理食塩水など)・生理食塩水が一番優れているか、そもそも薬液療法が他の療法(dry needling )より優れているかも言えない。

 

J Bart Staal,corresponding author Rob de Bie, Henrica CW de Vet, Jan Hildebrandt, Patty Nelemans, and Cochrane Back and Neck Group; Injection therapy for subacute and chronic low‐back pain., Cochrane Database Syst Rev. 2008 Jul; 2008(3): CD001824.

 

Kobayashi, 2016

二重盲検試験

生理食塩水 (PS)pH6.0

0.5%メピバカインン(MH) pH6.0

リンガー液 (BRS) pH 7.4 …(体液と同様のイオン組成・浸透圧をもつ生理的塩類溶液)

 

41名のMPS患者を対象に、2回実験を行った

1回目

20名をPSグループ

21名をMHグループ

 

2回目

21名BRSグループ

20名PSグループ

 

PSが最大の鎮痛効果(ただし、MHに比べて強い注射時の痛み)

BRSはPSと同等の鎮痛効果でありながら、注射時痛は少ない

よってBRSが推奨される

 

Tadashi Kobayashi, Hiroaki Kimura, and Noriyuki Ozaki1; Effects of interfascial injection of bicarbonated Ringer’s solution, physiological saline and local anesthetic under ultrasonography for myofascial pain syndrome -Two prospective, randomized, double-blinded trials., J Juzen Med Soc 125(2) 40-49(2016).

 

 

The_Needle_Effect_in_the_relief_of_myofascial_pain