鍼灸・マッサージ治療のスタイルによる棲み分け
トップページの記述の通り、いわゆる日本鍼灸と称される日本における鍼治療のメインストリームは鎮痛が目的の「痛くない鍼」です。
ただ、確実に言えるのはどんな極細鍼でもコリの芯(およびそれを包む筋膜)に当たれば「痛い」です(響きます)。当院は、長らく「当たれば痛い」というところからスタートして、ただし、上手くそれをコントロールできたときに硬いコリが解けてフニャフニャになる、そのギリギリの線を模索しながら日々の治療に当たらせていただいております。出張治療からスタートしましたが、当時からの患者様にフィードバックをいただきながら研鑽に努めてまいりました。
このスタイルはどう考えても日本鍼灸的な文化的背景のメインストリームの中では患者様に一般受けするものではなさそうですが、
ひどいコリに悩まされ、一時的な鎮痛ではなく根本治療を望んでおられる方への選択肢が広がること、
施術者側としては自分が信じ、得意とするフィールドで人の役に立つことができ治療院としてやっていけるという棲み分けになると思っております。
当院は当ホームページで述べている捉え方が、コリの解消や痛みの除去に関して一つの正解(それが言い過ぎであれば、かなり正解に近いところ)にいる、と信じていますが、それは鍼灸師、マッサージ師に限らず整体などの施術者さんもご自身の行っている方法に対して同じ思いを抱いているはずです。
人体の複雑さを考えれば正解は一つだけとは限りません。
このページは、どの治療院の考え方、やり方が良い悪い、正しい正しくない、といった「価値」判断の話ではなく、
症状や受ける処置によって町医者と大学病院を通い分ける訳ですし、メタボ予防なら近所のフィットネスクラブに行くべきで、コンテスト・ボディビルダーを目指すならゴールド・ジムのようなハードボイルドな所に行くべき、といった
あくまでも「棲み分け」の話だとして捉えてお読みいただければと思います。
正規分布図
正規分布の問題としてごく単純に捉えてみます。
以下、鍼を中心に進めて参りますが、マッサージも基本的な考え方は一緒です。
ご周知のとおり、多数を集めてある視点で統計を取ると世のほとんどの現象はこのような正規分布の様子を示します。ここでは肩こり・腰痛の症状の重さ、とか、治療の効きやすさという視点から多数を調べたとしましょう。
大きな山の部分(ex: 緑の70%)に入る多数は、鍼でもマッサージでも整体でもストレッチでもおよそどんな治療であれ常識的な処置を受ければ効果が出る群です。大きな山の部分に入る集団にとっては「痛くなくて心地よい鍼」で身体が楽になった、という結果になります(*)。
(*)決してプラセボ、気のせいだと言っているわけではありません。
神経生理学的にみると、浅い鍼であっても取穴を含めた一連の治療行為の中で様々な受容器が興奮します。たとえ鍼を刺さない場合でも、ある一定以上の強さで皮膚を押せば皮膚のポリモーダル受容器が興奮する訳ですから、これで一定の効果が出ることは生理学的にも説明がつきます。ポリモーダル受容器以外にも触刺激から始まる生体反応もありますからそれらの効果もあります。
それで十分な患者さんに対して必要最小限の刺激(痛くない鍼)で結果を出している鍼灸師さんは間違いなく名医です。当院でも、このような場合は軽い刺激で済ませます。
問題は、山の端の方にいる集団(ex: 緑の範囲内に収まらない集団)です。
コリの程度が重く、汎用の治療法では効果を見ない集団です。
痛みの根源となっている感作したポリモーダル受容器の部位を避けて治療していると、必ずこの集団にとっては「鍼は効かない」「その時は楽になるがすぐ痛くなる」ということになります。
コリの解消はコリ治療に特化した治療院に
当院の目的はそのような患者様を対象に治療を提供させていただくことです。
今まで従事してきた出張治療で、他での鍼灸治療院での経験者(長い人は都内の有名鍼灸院で25年以上にわたり鍼灸経験あり)の方達からご依頼いただいてきましたが、お身体を触らせていただくと、体中コリだらけであったという経験がたびたびありますので「その患者様に立てた何らかの「証」に対して行う経穴刺激(あるいは鎮痛効果を引き出すための刺激)」と、「実際に筋肉の固まりを緩解させるための刺激」は異なるのだと理解しています。
この辺りは、変な価値判断に持ち込まずに、同じ球技だからと言って野球とサッカーを比べても仕方ないように、「鍼」という金属の針金を用いることくらいしか共通点がないという理解の仕方の方が良いでしょう。
筋硬結を取って痛みを無くすことをご希望されるならば、それに特化した鍼灸治療やマッサージ治療の方が絶対に確実です。
コリも治療し始めのうちは大きいです(cmの単位)から初心者治療師でも何度か打ち直せば必ず当たりますが、治療が進んできて筋束レベル(たいてい5mm幅以下)まで小さくなってくると、これに対してコンスタントに当てていくというのは結構難しいです。
人間の身体、特に上半身は細やかな曲線を抱いていますし、皮膚やその下の筋肉は結構動きます。そこをしっかり固定したとしても自分も患者さんも呼吸をしているのでお互い微妙に動いていますし、一番表面の層が凝っているとは全く限りません。ポリモーダル受容器の受容野が1~2平方mmと言われている中、筋硬結(こり)をなす筋束およそ直径5mmの右側がより怪しいのか、左側がより怪しいのかということも問題となりますし、ここだという所にぴたりと定めても鍼管の直径がだいたいどのメーカーさんも2mmくらいありますので鍼先は(必ずしも鍼管の中心にあるとは限りません)その時点ですでに最大2mmズレている可能性があります。そのリスクを少しでも下げるためにはできるだけ細い鍼管のメーカーを選択するなど見えない工夫が必要になりますし、たとえ表層では正しい刺入であっても(エコーで確認すると分かりますが)筋肉内を必ずしも鍼がまっすぐ進んでいるとは限りません…etc。
コリがだんだん小さくなり、最後に太さ1mmくらいの糸のような芯が残ることがありますがそうなるとかなり当てるのが難しくなってきます。
こういったマニアックな問題点を一つ一つクリアしながらコリの芯に充てて解消に導くという目的を達していきます。つまり、本気で当てようとしたら普通の鍼の技術とはまったく別の技術が求められ、いきなり簡単にできることではありません。したがって、鍼が痛いのは下手だから、という言説はまったくナンセンスです。
そしてこのような芯に当てる技術を得るということは、ある意味「劇薬」を手にしたようなものなので、今度は逆にそのまま希釈せずに使用する訳にはいかない、という効かせ過ぎない方法を模索する必要性に直面することになります。
もちろん、エコーに頼ってしまうという手も一つです。見て分かるのですから悪い場所が分かっているなら(鍼先を見失ったなどがない限り)外すことはなくなりますが、鍼は片手での操作になりますので必然的に操作の容易な太い鍼の選択(太い方が鍼先が視認しやすいことも理由としてあります)を余儀なくされますし、準備や刺入行為そのものに対しても貴重な時間を消費するので、もし指の感覚で行けるなら指で行った方が圧倒的に効率的に効果を出せます。この先意見が変わるかもしれませんが現段階では、患者様の利益を総合的に勘案するならば、最後に残った1mm、2mmみたいなコリがどうしても痛いようだ、というような場合に限定した方が良いのではないかと考えています。
すでにたくさんの治療院さんがある中で、今さらメインストリームに乗った鍼灸院が一軒増えたところで仕方ありませんから、当院としましては、残念ながら上の正規分布図の端に入ってしまう方に喜んでいただけるよう当頑張っていきたいと思います。
* 当院で過敏になったポリモーダル受容器と表現しているのは、「コリの芯をなす、あるいはその筋肉を包む筋膜上のポリモーダル受容器」という意味です。
ポリモーダル受容器は体中にあるので皮膚にももちろんポリモーダル受容器はあります。浅い鍼も当然それを刺激することになります。
ただ当院はそういった皮膚のポリモーダル受容器と、コリ(筋肉・筋膜)にあるポリモーダル受容器では刺激によって引き起こせる反応が全く違うという考えのもと、後者を治療の対象としています。
* 骨格筋・横紋筋(いわゆる「筋肉」)は筋束が集まったものですが、それぞれの筋束はおよそ100くらいの筋線維(筋肉細胞)からできています。そしてそれぞれの筋線維(筋肉細胞)は約1000-2000の筋原線維からできています。つまり筋肉→筋束→筋繊維→筋原線維のフラクタル構造です。臨床上は、「筋束」レベル(幅5mm前後)のコリをしっかり緩めていけるかがカギになります。詳しくは筋肉の基本的な機能・構造をご参照ください。