鍼治療やマッサージ治療の後に生じる筋肉痛の原因
手技療法の後に出る筋肉痛を意味する「揉み返し」ということがよく話題になります。
結論を先に申し上げますと、
治療後の筋肉痛、いわゆる「揉み返し」は鍼やマッサージに限らず様々な手技療法の翌日に筋肉痛が残ったりする場合を指しますが、良いことなのか?悪いことなのか?論者によって結論が分かれていますが、論者の思い込みがそのまま科学的事実であるかのように書かれているものもあり、議論が錯綜しています。
一般的か分かりませんが、個人的には「下手な所で受けると揉み返しになる」、「治療後に痛みや出さるさが残るのは施術者が下手だから」という文脈で見聞きすることが多いです。半分正しく、半分誤りです。
また、論者が任意に定義したうえで、「好転反応」は良いが「揉み返し」は悪いという話も散見されます。
概観すると、良いとされる「好転反応」はいわゆる自律神経症状(眠気やだるさ、発汗、微熱など)を指し、悪いとされる「揉み返し」は筋肉痛を指しているように思えます。
自律神経症状は一時的でしばらくすれば治まるものなので、表現したいことは大筋では分かりますが、好転反応かどうかは結果として後で分かること(ex. とても強い自律神経症状もありうるし、意味のある筋肉痛もある)であって、その場で区別できる事柄ではないので施術者が都合よく使えるマジックワード的な概念になっている感が否めません。
そして何より、悪いとされる「筋肉痛」ですが、
「筋細胞の損傷によるとされるような筋肉痛(*1)」と、
たとえ強い筋肉痛であっても「正常な生理的治癒過程で生じる筋肉痛」があり、
区別することは、理論上はできますが、多くの場合、実際に生じている筋肉痛が良いものか悪いものかを確実に区別することはできないと考えたほうが良いです(ある程度経験を積んだ施術者が治療の様子を見ていたり、あるいは治療内容を詳細に聞けば、経験から「推測」はできますが、極端な例を除けば「確定」することはできません。)。
(*1)このタイプの筋肉痛でさえ、海外のトリガーポイント療法やドライニードリングのテキストでは、この筋線維や周囲組織の損傷をきっかけにして正常な筋肉細胞への再生がなされるという治癒過程の一場面と考えられており基本的に「悪」とはみなされていません。
・たとえば、トリガーポイント療法の世界的な標準的テキストであるTravell,Simos & Simons’ の『The Trigger Point Manual』(第3版, p757.)では「通常、鍼などで治療後に筋肉痛が出る」「治療効果は活性トリガーポイントの機械的破壊(mechanical disruption)と不活性化に依存する」と説明されていますし、
・『Trigger point dry needling』(第2版, p.21~23.)では、「鍼治療後の筋肉痛はよくあること(common finding)なので、患者様にはその旨伝えて安心させなければならない」、「鍼は、機械的に異常収縮した組織(サルコメアや運動終板など)を破壊し、…アセチルコリン放出の正常化させると考えられる」のような説明がなされています。
・『筋筋膜痛の治療』(C,C Gunn, p.43.)では、程度の悪いコリへの鍼治療として「全ての触知できる圧痛のある帯状域に鍼を刺入すると、異痛症や関節可動域は数分以内に改善する。鍼治療による軽度の不快感が1、2日続くかもしれない事と、痛みが良くなる前にいったん悪化することがあることを患者には話しておくべきである」と、メカニズムについては触れていませんが、治療後に出る不快感・痛みは治癒過程で生じうる当然の現象として記述されています。
当院ではこの筋肉細胞の損傷タイプの筋肉痛のうち、「正常な筋肉の筋細胞の損傷」によって生じるような筋肉痛は、不必要な強い刺激によるものであり、避けるべきだと考えています。(詳しくはマッサージ後の筋肉痛と血中ミオグロビン値をご参照ください。)
鍼やマッサージの治療後に生じる筋肉痛の話は鍼は痛いのか?という議論とよく似ていて常に悪、常に善と一言では言えない問題です。
患者様の体質や症状の軽重、初めて治療を受けるのか受けなれているのか、その日の体調や気候の具合など、
治療師側の施術の問題として、使用する鍼の太さや深さ、マッサージの刺激の強さと刺激時間、悪いところアプローチできているのか、
そもそもの治療の目的が(一時的な)鎮痛にあるのか、コリの除去(による鎮痛)にあるのか、体質改善か、など様々な要因が関係してきます。
たとえば、「施術が効きやすい体質」で「鎮痛目的」や「体質改善が目的」の患者様にひどい筋肉痛を出してしまうようでしたらそれは明らかに用いる手技や刺激量の選択を誤ったと言えるでしょう。
また、凝ってもいない筋肉に強い刺激を入れて筋肉痛が出た、というような場合、特にマッサージなどによる場合、筋肉組織および筋膜にとっては打撲等のケガと同じことになります。
これらは悪いタイプの筋肉痛と考えられます。
マッサージなどの手技療法の場合、筋組織を圧迫することになるので鍼よりもこのリスクが高くなりますが、どの程度が「不必要に強い刺激」にあたるのかは、明確な基準があるわけではなく、冒頭で申し上げた通り結果として後で推測されるしかないので、結局のところ、経験を積んでこのタイプの患者様(筋肉の質やコリの程度)ならこれくらいまでの刺激が適量だ、という感覚を掴んでいくしかありません。
そしてある程度経験を積んだ治療師ならば、ほとんど避けられるはずです。
しかし、他方で
*以下の議論は基本的に鍼治療でもマッサージ治療でも同じ理屈です。
チェコの学者 Karel Lewit が1979年の名論文『The Needle Effect In The Relief Of Myofascial Pain』で明らかにしているように、「筋筋膜性疼痛への鍼治療の効果はひとえにどれだけ正確に悪い部位を刺激できるかにかかっている、そして、それがなされれば即時に疼痛の除去が得られる」ことを報告していますが、同時に、
「after immediate relief, a reactivation of pain may occur several hours later or the following day. This usually lasts for 1 or 2 days, and only then is the full therapeutic effect observed.」、
つまり、治療後の筋肉痛が数時間~1,2日続くことがありその後に完全な治療効果が認められる、と述べています。
これらは当院での臨床例とも一致しています。
「ある程度以上に筋肉が凝っていて」、「一時的な鎮痛ではなくコリを取って痛みを無くしたい」と希望される患者様に、コリにしっかりアプローチをかけた場合、鍼の治療後にもみ返し(筋肉痛)が出るのは基本的に避けられません。特に初めての場所に治療する場合はその可能性が高くなります。
マッサージ治療であればほぼ回避できますが、その分、必要な治療回数が多くなりますし、腰や首などの部位の深いところに痛みの原因や筋硬結がある場合はマッサージや手技療法での根治は難しいです。(←往々にして、深い部分にあるコリをマッサージや指圧で無理に刺激しようとして表層の筋肉を傷めて表層筋に「もみ返し」がでる、という悪いパターンに陥りがちです。)
このタイプの筋肉痛は、治療効果と裏腹なので原理的に避けることが難しいです。筋肉痛の程度を上手にコントロールしてソフトランディングを図るというのが現実的な道筋になります。
治療後に筋肉痛が起こる仕組み
欧米のトリガーポイント療法やdry needling の文献・教科書では、post needling soreness あるいはpost injection pain(soreness)という語が良く出てきます。鍼治療の後に出る筋肉痛、という意味です。やたらと太い鍼を使用するせいか分かりませんが、これらのテキストでは上記の通り「鍼が痛いのは当たり前」、「鍼を打った後に痛いのも当たり前」という印象を受けます。少なくとも治療後の筋肉痛ことがすなわち治療の失敗、不適切な治療、ということでは語られておらず、むしろ成功的な治療効果に至るまでに生じる一時的な筋肉痛という扱いです。
そしてこの「筋肉痛」を筋組織の損傷によるものと説明している文献が結構あります。海外で使用されているような太い鍼は、実際に筋組織を損傷し痛みを引き起こしているのかも知れません。そして、悪いこととみなされていない理由として、筋組織(やその周辺組織)の微細な損傷が起こすことで異常組織が再構成され、正常な筋組織になり痛みが消えるという説明がなされています。
筋力トレーニング後の筋肉痛から超回復に至る過程の説明と似ています。
どんなに細くても微細な穴は筋膜や筋肉に空くのでミクロの「損傷」は生じています。それは事実ですが、それが治療後に出る「痛み」の原因ではない、という事です。
これは実は簡単な実験で調べることができます。
凝っていない筋肉を細い鍼でいくらズブズブ刺しても別に後に残る痛みや重だるさはありません。(場所によっては2番鍼くらいの太さであっても全く何の痛みも残らない事があります。)
ところが同じ細径の鍼をコリの芯やそれを取り巻く筋膜に当てて先ほどと同じ操作を加えたとしたら、かなりの確率で後に痛みや重だるさが残ります。
もし、鍼により生じる筋損傷が筋肉痛の原因であるならば、刺鍼の対象となる筋肉が凝っているか凝っていないかに関係なく常に筋肉痛が出ないと理屈に合いませんが、現実は刺される筋肉の側がどの程度硬くなっているかで、その後に痛みが出るか否かが決まります。
余談ですが、
このことは、ある程度以上悪いコリを狙って鍼を打っているのに、打っている時も終わった後も何も感じないようでしたら残念ながら当たっていないという悲しい現実を意味しています。
K. Lewitが1979年にすでに指摘しているように、
— The effectiveness of treatment was related to the intensity of pain produced at the trigger zone, and to the precision with which the site of maximal tenderness was located by the needle. —
鍼の効果はどれだけ正確に悪い部位を刺激できるかにかかっています。
また、ある程度治療が進んで良くなってくると同じ部位に鍼が当たっても嘘のように全く痛くないですし、もちろん治療後に筋肉痛が出ることもありません。
では筋損傷によるのではないとしたら何が施術後の筋肉痛を引き起こしているのでしょうか?
鍼であれ、マッサージであれコリが刺激を受けると、(=過敏になったポリモーダル受容器が刺激を受けると)
ポリモーダル受容器が刺激を受けて興奮し、軸索反射などと呼ばれる過程を経て受容器末端から伝達物質であるサブスタンスPやカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)などの神経ペプチドが放出されて、それにより鍼先の周囲の小動脈の拡張、小静脈の血管透過性の増大、血漿タンパクの漏出、肥満細胞の脱顆粒による血管拡張などの炎症反応(=神経性炎症)が誘起されます。
要するに鍼先で血管が開いて血行が良くなり様々な物質が集まってきます。
つまり、(こって「くすぶり炎」とも言われる慢性炎症状態にあったものが(*1))急性炎症状態になり組織の治癒工程が進行していきます。
よく鍼を打っているとしばらくしてその部位がみるみる暖かくなって(というかカッカと“熱く”なってくることがあります)少し膨らんだ感じになることがありますが(内出血しているわけではありません。)この反応が起こっているためです。
このように、局所で急性炎症が生じているために筋肉痛として感じられるわけです。
運動をよくなさる方はお分かりだと思いますが、感覚としては運動後の筋肉痛とまったく同じです。
鍼の場合、直接ポリモーダル受容器を刺激するので生じる反応が強くなります。少しの刺激でも筋肉痛(ないし違和感)が出ることがあります。
マッサージの場合、皮膚・皮下組織を通しての刺激になりますので直接ポリモーダル受容器を刺激する事は出来ない分、反応は弱くなり、(正常な筋細胞を損傷するような刺激を入れれば別ですが)常識的な刺激量でのマッサージ治療では起こそうと思っても強い筋肉痛は起こせません。逆に言えば、このことはマッサージ治療が出せる効果の限界を規定する根拠にもなります。
特に首や腰などのように、筋肉に厚みがある部位で、深層の筋膜、筋肉、じん帯、骨膜等にコリや痛みの原因がある場合、その部分のポリモーダル受容器が十分に興奮するような刺激を指で入れることは不可能です。もし、少しでも奥に届かせようと無理に力をかければ皮膚・皮下組織、表層の筋膜・筋肉組織が負けてしまい冒頭の「悪いタイプの筋肉痛」に陥ることになります。
深い部位での凝りを除去して痛みを取りたいという場合は、生体組織に対する損傷が最小限で患部のポリモーダル受容器を直接に刺激できる鍼がとても優れている手法です。
また、筋肉痛とは別に、ぼうっとしたり、眠気、だるさを感じることもありますが、これは刺激により自律神経が大きく影響を受ける(ポリモーダル受容器の興奮は自律神経に大きく影響します)ためです。温泉や長風呂の後のいわゆる「湯あたり」も同様(この場合、熱刺激が自律神経に作用する)の状態です。普通は少しの間静かにしていれば治まります。
筋肉痛の持続時間は、たいていは数時間、程度の悪い部位に初めて刺激が入るような場合は翌日の午前中くらいまで、というのが一般的だと思います。じっとしているよりも多少痛くても軽く動いた方が早く消えていきます。血流に乗って炎症物質が流されていくからです。あるいは筋収縮が下降性疼痛抑制と呼ばれる鎮痛システムのスイッチを入れることも考えられます。(詳しくは鍼鎮痛についての一連のコンテンツをご参照ください)
「痛み」の持つ意味
さて、
そもそも痛みには、一次痛と二次痛がありますがそれぞれ役割が異なります。
ここで、ポリモーダル受容器が興奮することの意味をもう少し考えてみます。
本来、自然界において、深部組織のポリモーダル受容器(侵害受容器)が刺激を受ける場合はかなり深刻な状況であるはずです。骨を折ったとか、動物の角が腹に刺さったとか、大きなけがを負ったような場合です。つまり、ポリモーダル受容器が興奮するということは、生体にとって「深刻な傷害を負ったから治るまで動き回らないように」という意味を持つということです。
鍼は人工的・疑似的にこの状態を作ることで、生体に修復作業に行わせる手法ということが出来ます。
この状態は錯視に似ていると思います。
通常、遠いところにあるものは小さく・近いものは大きく見える、あるいは、物は上から下に落ちる、光が上からくれば影は下にできる、など自然界を支配している法則に則った現象を素早く効率的に処理するよう進化してきた視覚システムの隙間をピンポイントで狙って「不思議な」視覚体験を生じさせてしまうの錯視といえますが、それと同様、
生体が「深部組織のポリモーダル受容器の反応」を「深部組織に損傷が起こったシグナル」とみなす仕組みになっているいるところに、鍼は人工的に疑似的な損傷シグナルを誘発してしまうので重だるさにつながってしまうのです。
まとめ
異常があるとすればそれは、ごく軽微な鍼刺激でポリモーダル受容器が反応してしまうように追い込んでしまった生体(筋肉・筋膜)環境の方にあります。
しかしそうはいっても、主観的には不快な体験なのは事実ですので当院ではなるべく施術後の筋肉痛・重だるさが残らない刺鍼法を研究し続けています。
限られた場合においてはかなり響きを出しても筋肉痛が出にくい状態に導くことに成功していますが、コリの程度があまりにも悪い場合で、特に初めてその部位に刺激が入る場合などはちょっと鍼が触れただけでも結構感覚が暴れて後に筋肉痛や違和感が出てしまうことがあるので非常に神経を使う場面です。
無理な我慢は決して良くないので患者様からの正直なフィードバックもとても貴重な情報です。
程度のひどいコリには、まずマッサージで地ならしをしてポリモーダル受容器の閾値を上げてから鍼治療に移るのが良いと考えています。
(*1)多くの筋性疼痛状態において(慢性)炎症像は見られないという報告もあるので付記しておきます。
(*2)一般的なイメージでは炎症=悪いもの、となっていますが、急性炎症は損傷組織治癒のための医学的に正常な過程です。慢性炎症は、一般のイメージ通り、医学的にも「悪」です。
(参考文献)
『 TRIGGER POINT DRY NEEDLING An Evidence and Clinical-Based Approach 』; Jan Dommerholt, Elsevier, 2018.
『 Travell & Simons’ Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual 』 ; David G. Simons MD、 Janet G. Travell MD, Wolters Kluwer,3rd Editon, 2019.
『 Medical Acupuncture: A Western Scientific Approach 』 , 2e ; Filshie MBBS FRCA DipMedAC, Elsevier, 2016.
『筋筋膜痛の治療』:ハリ治療の西洋医学的手法, C. Chan Gunn, 1995, 克誠堂出版株式会社.
『The Needle Effect In The Relief Of Myofascial Pain』; Karel Lewit, Pain, 6 (1979) 83-90, 1979.
「鍼灸刺激の末梢受容機序におけるポリモーダル受容器の役割」川喜田健司:明治鍼灸医学 6号:23-35(1990).