顎関節症の鍼治療
顎関節症
鍼は、咀嚼に関連する基本的にすべての筋肉に直接アプローチできる手段ですので、鍼灸師がもっとも活躍出来る症状の代表的な疾患です。
症状
顎関節症は顎関節やその周囲の軟部組織に現れる痛みや障害の総称です。
代表的な症状は、1・あごが痛む「顎関節痛」、2・口が開かない「開口障害」、3・あごを動かすと音がする「顎関節雑音」です。この3つのうち1つ以上の症状がみられれば、顎関節症の可能性があります。
ただし、現在では症状が「顎関節雑音」だけの場合は治療の必要はないとされています。
また、症状がひどくなると顎関節だけにとどまらず、めまい、頭痛、首の痛み、肩こり、背中の痛み、腰痛、腕や指のしびれ、頭痛、耳や鼻の不快感や違和感など全身に症状が現れることもあると考えられています。
(*関連症状・全身症状については科学的実証が十分ではない、という指摘もあります)
顎関節の構造
顎関節は、頭蓋骨(側頭骨)と下あごの骨(下顎骨)とをつないでいる関節です。
靱帯(じんたい)、腱、筋肉がこの関節を支え、あごを動かしています。
顎関節は、体にある関節の中でも最も複雑な関節の1つと言われ、蝶番のように開閉できるだけでなく、前後左右にずらすこともできます。
顎関節には、クッションの役割をする関節円板と呼ばれる高密度の繊維性組織があり、頭蓋骨と下顎骨が直接こすれ合わないようになっています。
< 閉口時の顎関節 >
< 開口時の顎関節 >
(図:ATLAS OF ANAROMY グラント解剖学図譜:医学書院より)
開口時に下顎骨頭が関節円板を上手く越えられないと異音や開口制限、痛みの原因となります。
罹患の傾向
症状の軽重を問わなければ一生の間、二人に一人は経験すると言われているほど多くの方が経験します。
他の多くの関節症の如く女性に多い疾患ですが、年齢は10歳代後半から増加し、20~40歳代に多い症状です。
顎関節症の分類
顎関節症のタイプには以下の5つがあります。
顎関節症I型:咀嚼筋障害 (咬むための筋肉の障害)
顎関節症II型:関節包・靱帯障害 (関節周囲の組織の障害)
顎関節症III型:関節円板障害 (関節の中の組織の障害)
顎関節症IV型:変形性関節症 (関節の形の変形があるもの)
顎関節症V型:I~IV型に該当しないもの
顎関節症の原因
実は、顎関節症の原因はまだ完全には解明されていません。
従来は噛み合わせの悪さが原因だと考えられてきたが、近年の研究で、噛み合わせは原因の一つに過ぎないという事が分かってきました。つまり、寄与因子が複数関与した結果生じる(多因子病因説)と考えられています。
このようなことから、“厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト”でも、
「顎関節症の原因は不明ですので、咬み合わせが悪いとか、体のバランスに問題があるとか、いかにも原因治療としている宣伝に安易に惑わされないことを勧めます。」
と注意喚起しています。
とはいえ、危険因子はある程度分かっていますので悪化を防ぐ保存療法や治療、日頃の行動の注意・改善もそれらに対して行っていくことになります。
特に、噛み締めのクセは大きな原因になっていることが指摘されています。
顎関節は、口を閉じていても上下の歯は接していないのが本来の姿ですが、顎関節症患者さんの多くは口を閉じているときに上下の歯が接している(噛んでいる)というクセを持っていることが報告されています。
この癖があると顎関節や筋肉に持続的な負担をかけることから、顎関節症を引き起こしやすくなります。
そしてこの癖を治すと、多くの方の症状が改善されることも明らかになっています。
顎関節症の治療
以下の治療が一般的に行われていますが、それぞれの治療法の実績・証拠が乏しく、顎関節症の効果の高い治療方法が明確となっていないのが現状です。
薬物療法:顎の痛みを薬で抑えます。
理学療法:通電やマッサージで顎周辺の筋肉の緊張を解き、血流を改善しすることで痛みの軽減をします。
運動療法(リハビリ):ずれている関節円板を元に戻すための運動
スプリント療法:マウスピースを使用する方法。
手術、噛み合わせ治療
顎関節症に対する鍼治療
咀嚼筋は、側頭筋、咬筋、外側翼突筋、内側翼突筋の4つの筋肉で構成されます。
(図:NETTER ネッター解剖学アトラス:南江堂より)
この他にも咀嚼に関連する筋肉があります。顎二腹筋、顎舌骨筋など。下図参照↓
(図:プロメテウス 解剖学アトラス / 頭頚部・神経解剖 :医学書院より)
閉口: 側頭筋、咬筋、内側翼突筋
開口: 外側翼突筋、舌骨上筋群、舌骨下筋群
前突: 外側翼突筋、咬筋、内側翼突筋
後退: 側頭筋、咬筋
側方(すりつぶし)運動: 同側の側頭筋、対側の翼突筋、咬筋
(ATLAS OF ANATOMY グラント解剖学図譜, p663より)
1型の顎関節症は、まさにこれらの筋膜・筋肉のコリを取り筋短縮を改善することが根本的な治療となるものです。
鍼は、咀嚼筋すべてに直接アプローチできるので、これらの筋肉の筋硬結・筋短縮を解消することが出来ます。
指で外から触れたりマッサージ治療ができるのは側頭筋と咬筋です。(外側翼突筋も工夫次第でごく一部だけマッサージ治療で刺激が入れることが可能です)
鍼より細い指の人がいれば別ですが、鍼はもっとも小さい侵襲性で直接効果を上げることが出来ます。
冒頭で、顎関節症の罹患率は2人に1人という調査結果を挙げましたが、顎関節症の自覚症状がなくとも、肩こり・腰痛などのほとんどの患者様で咬筋・側頭筋に筋硬結が見られるので(一生の間で、臨界点を超えなければ発症しなかったというだけで)現代人は大多数の人が顎関節症の予備軍の状態にあるのではないかと思われます。
そして、2型や3型、4型(4型についてはケガや先天性のものは除いて)についても、“関節症”である事についての一般的な原則、つまり、基本的にほとんどの関節症は、それを取り巻く筋肉・軟部組織の異常緊張やアンバランスが基礎にあるためアライメントが崩れたり関節を圧縮するような強い力がかかり続けたりすることによる(→ 筋肉内刺激法(IMS)について を参照)と考えられるので、1型以外の顎関節症に対しても、結局は、咀嚼に関連する筋肉の異常緊張や血行不良を丁寧に解消していくことがより根本的な治療法になると当院では考えています。
咀嚼筋の作用する方向(図:プロメテウス 解剖学アトラス / 頭頚部・神経解剖 :医学書院より)
特に、側頭筋、咬筋、外側翼突筋の筋硬結を解消すると(内側翼突筋がどの程度関与しいているのかは分かりません)顎を動かしたときの軽さと頭のスッキリした感じに驚かれる方が多いです。