コリの正体 – 鍼灸マッサージの治療対象
肩こりや首こりで悩んでいらっしゃる方は大変多いですが、
「コリ」は、刺激する場所を間違えず丁寧に施術を行っていけば、ほぼ確実に柔らかくすることができます。その変化は、決して我々治療師だけが分かるというレベルではなくご本人や他者が触っても分かるレベルのものです。
ではその「コリ」とはどのようなものなのでしょうか?
コリがなぜできるのか?どのような状態なのか?については日本でも欧米でも盛んに研究されています。
それらをまとめると、
コリは、回復限度を超えた過使用(*2)、あるいは全く使わない廃用、冷え、…などの理由で筋肉内・筋肉周囲の虚血(血行不良)が生じ、
筋肉(筋線維=筋肉細胞のこと)が収縮したままロック(*3)がかかってしまった状態
ということができます。
(*1) 筋肉が収縮する時は、まず細胞膜から活動電位が発生し、それが引き金となり筋小胞体という小器官からカルシウムイオンが放出され、太いフィラメントの間に細いフィラメントが滑り込みます。間に滑り込むことでお互いの距離が縮み筋肉の長さが短くなります=筋収縮
つまり、脳からの命令が運動神経を通って筋肉に伝わり、最終的にカルシウムイオンが引き金となり筋収縮が起こります。
(*2)たとえ弱い力でも長時間に渡れば過使用になる可能性がありますし、短時間であっても通常の筋肉の能力を超えた強い力を出す場合、特にそれが遠心性収縮(力が入ったまま筋肉が引き延ばされるような動き)である場合などが過使用の典型例です。
前者の例としては、移動時に荷物を握り続けている、デスクワークなどでずっとうつ向いたままの姿勢でいるなどが挙げられます。荷物や頭の重さを支え続けるために力を出し続けることになります。動きのない姿勢は、筋肉の収縮・弛緩のポンプ作用による血液還流がないままなので余計にダメージがひどくなります。物を配送する仕事の方よりもタクシーの運転手、デスクワークのような座業の方のほうがひどい腰痛になりやすいという報告もあります。椅子に完全に寄りかかり切りでない限り腰背部の筋肉に力が入り続けているので血行不良がひどくなりやすいことが一因と考えられます。歩き回るよりも動きの少ない立ち仕事がつらいのも同様の理由です。
また、精神的ストレス・緊張で無意識に筋緊張のレベルが高い状態が続く場合も同じことになります。
筋肉の基本的な機能・構造と作用でご紹介したように筋肉は(ex.上腕二頭筋)数千本の筋肉繊維(=筋肉細胞)で構成されており、その一本一本の線維に毛細血管が張り巡らされて絶えず酸素をはじめとする栄養・老廃物の運搬を行っています。筋肉に少しでも力が入ると筋線維が毛細血管を絞る状態となります。個体で例えれば首を絞められて息が出来ない状態となります。
後者はとても重いものを持ったり、普段使わない筋肉をしっかり使うような作業が該当します。遠心性収縮の例としては持った物を下ろす動作や、山や階段、坂道を下るような動きが典型例です。通常の歩行動作でも前脛骨筋(有名な足三里のツボがある筋肉)などは遠心性収縮を頻繁に行うのでたいていの人でコリが触知されます。(もし前脛骨筋に力を入れずに歩くと前に出した足のかかとが地面についた後、足底がパタンと地面にぶつかるような歩き方になります。)足三里は、指圧やマッサージ、鍼の刺激により強く響くことで有名ですが、強い響きが出るのは通常使用でもコリが溜まりやすい部位であることが一因と考えられます。
遠心性収縮がなぜ筋肉に大きな負担をかけるかと言いますと、このような場面においては関与する筋線維の数を減らされるので、働いている個々の筋線維からすると極めて大きな力を発揮しながら無理やりに引き延ばされている状態になるためです。
(*3)収縮したままロックがかかった状態
筋収縮は、ミクロレベルではミオシンという分子の頭部が、アクチンという分子に結合した状態を意味します。
生物の細胞のエネルギーはATP(アデノシン3リン酸)です。
ミトコンドリアという細胞小器官がATPを産生していますがそのためには酸素が必要で、酸素を運んでいるのが血液です。
つまり、細胞が活動するのに必要なATPをミトコンドリアが作るためには酸素が血液から供給されないといけません。
意外に聞こえるかもしれませんが、収縮時のみならず、筋肉は弛緩するときにもエネルギーが必要です。
筋収縮のスイッチが入るにはカルシウムが必要ですが、今度、弛緩するときにはこのカルシウムが除去される必要があります。
カルシウムは放っておいて勝手に無くなる訳ではないのでエネルギー(ATP)を使って回収することが必要(カルシウム回収の場面)で、さらにアクチンとミオシンの結合がくっつきっぱなしにならずに離れさせるため(結合を解く場面)にもATPが必要になります。つまりATPというエネルギーがあって初めて筋肉(筋節)のロックが外れ弛緩できます。
カルシウムイオンを除去する能力には個体による遺伝子レベルでの差があるのでそれが同じことをしていても凝りにくい人と凝りやすい人が出る一つの原因と考えられます。詳しくは凝りやすい体質についてをご参照ください。
ちなみに、死後硬直も(血行不良というか血行ゼロ)によるエネルギー(ATP)不足で生じます。あえてキャッチーな表現をすれば、程度の悪いコリは生きながらにして死後硬直、のような状態です。
通常、臨床的には正常な柔らかい筋肉はお刺身のような適度の弾力を伴いつつもフワッとした感触ですが、硬くなった筋肉は消しゴムみたいな感触です。
少々極端な例ですが、かつお節のような状態がイメージしやすいかもしれません。かつお節はご存じの通り、魚の「筋肉」をカチカチになるまで乾燥させたものです。
そして、
虚血状態になれば、筋肉組織は正常な状態を維持できなくなるので損傷され炎症が生じます。慢性炎症、くすぶり炎などと言われることもあります。(詳細は血行不良はなぜ悪いのかをご参照ください。)
病理組織学的所見によれば、このような凝った筋肉の周囲では炎症物質であるヒスタミン・血小板などの増加、ブラジキニン、プロスタグランジン、ヒスタミン、カリウムイオン、セロトニンなどの発痛物質の蓄積が認められます。
炎症物質や痛み物質により痛覚線維が興奮すると血管収縮反射が生じ血流がさらに阻害されます。そして血流が阻害されるとATPの産生が減少しさらにエネルギー不足に陥り…と悪循環に陥ります。自己解決できない状態になっています。
ポリモーダル受容器の説明の所でご紹介しましたように、このような化学物質・炎症物質にさらされるとポリモーダル受容器は敏感になってきますから肩こり・首こり・腰痛…のように「痛く」なってくるのです。そして指で押されたり、鍼が当たると響きや痛みが出ることになります。(詳しくは鍼は痛いのか?をご参照ください。)
ところで、「炎症」そのものは医学的には悪ではありません。組織が損傷した時には炎症反応がスムーズに進むことで治癒することができるのです。鍼やマッサージでコリが解消できるのもポリモーダル受容器が刺激されて神経性炎症という治癒の過程が始まるからです。(詳しくはポリモーダル受容器についてをご参照ください。)
そして、治療後に痛み(筋肉痛)が出ることが悪いことではないことも、それが神経性炎症(という治癒過程)によるものであることから説明できます。(詳しくは鍼灸マッサージの治療後の筋肉痛をご参照ください。)
しかし、何らかの理由で炎症過程が治癒に至らず、途中で止まってしまっていれば慢性炎症であり、これは悪です。
コリとは、虚血によりこのような慢性炎症に陥った状態です。
コリを取る、とは、手指や鍼を使用してポリモーダル受容器を刺激することで、この慢性炎症を、いったん急性炎症の状態に引き戻して正常な治癒のルートに乗せるという作業です。したがって、マッサージ治療と鍼治療との間に質的な違いはありません。
参考)
『 Travell & Simons’ Myofascial Pain and Dysfunction 』 David Simons, 2018.
『シンプル生理学』(改訂第7版)貴邑冨久子, 根来英雄, 南江堂, 2018.
痛みとハリ治療, 日良自律4号1(93)一, 滋賀医科大学第一生理 , 横田敏勝.
『筋肉学入門 : ヒトはなぜトレーニングが必要なのか?』 石井直方, 講談社, 2009.